第43話


「セカ子殿、湯浴み場まで用意して貰ってすまないな。それに貴重な食料まで……」


 屋敷に駆け込んだ兵士達は、ずらりと並んだ給仕ロボに出迎えられた。

 そして着替え、風呂、マッサージと一通り介護され、今は全員で晩飯を食べ始めるところだった。


 「スイレンさん、気にしないでくれ。たまにはコイツらにも仕事をやらんとな」


 絶え間無く働いている給仕ロボを見ながらセカンドが微笑んだ。


 「しかしですね隊長! こんな魔道具が存在するなんて聞いた事がありませんよ! しかもこの様な見た事もない料理まで……。どうせ味なんて……美味うま!」


 ニーナが疑惑の目をセカンドに向けながら、料理を次から次へと口へ運んでいく。


 「こらニーナ、あまり失礼な事を言うものじゃないよ。それにセカ子殿がいなかったら、本当に何人かは力尽きていたかもしれない……」


 スイレンが、元気いっぱいに食事をしている自分の部下達を見て優しい表情を見せた。


 「どうしてスイレンさん達は、第二王子様と別行動を取ってるんだ?」


 「まぁ、簡潔に言えば……逸れてしまったんだ」


 「隊長! 簡潔すぎます! いいですかセカ子さん! そう、あれは今日の早朝の事でした─────」


 ニーナの話を要約すると、第二王子と清流騎士隊は早朝に火山エリアの階層主を倒し、四十五層の雪山エリアを少し進んだところで、"霜の巨人フロスト・ジャイアントの襲撃を受けてしまった。


 霜の巨人フロスト・ジャイアントは群れで行動していたらしく、何とか撃退し終えた時には第二王子の姿は見えず、散り散りになってしまっていたらしい。


 「なるほどな。それで、これからどうするんだ?」


 「うぃー! ひょんなのそんなのひゅぐにすぐにじぇんがのもひょに殿下の元に……スピー……むにゃむにゃ……」


 給仕ロボが食前酒にと出した、度数の低いワインをニーナが一口飲むと、呂律も回らない程に泥酔して眠ってしまった。


 「馬鹿者……。あれほど酒は飲むなと言ったのに……」


 「いや、すまない。良かれと思って一杯だけ出したんだが」


 スイレンは頭を抱えながら、給仕ロボに部屋へと運ばれるニーナを見つめていた。

 見ると、兵士達の中にも眠たそうにしている者がちらほらと現れ始めた。


 「今日はもう無理そうだな……。しかし、我等だけこんな良い思いをして良いのだろうか? 殿下達の事を思うとどうにも……」


 スイレンが第二王子達の事を考えながら俯いていると、突然食堂の窓がバンバンと激しく叩かれた。

 セカンドが窓の外を見ると、ナビアが怒りの形相を浮かべて窓を叩いていた。


 「ちっ、もう来たか」


 セカンドが給仕ロボに命令して窓を開かせると、ナビアがもの凄い勢いでセカンドに掴みかかった。


 「セ〜カ〜ン〜ド〜! 表出ろや〜!」


 セカンドが、雪だるまに埋められて怒り心頭のナビアの口にエビフライを突っ込むと、ナビアの怒りは静まり、黙々と晩飯を食べ始めた。


 「ふふっ、随分と仲が良いのだな。しかし今、セカ子殿の事をセカンドと────」


 その時、丁度タイミングを見計らったかの様にセカンドを覆っていた魔力が晴れて、元の姿へと戻っていった。


 「おっ、やっと魔力が切れたか。スイレンさん、改めて初めましてだな。俺はセカンドだ、宜しくな」


 スイレンとまだ食事をしていた兵士達は、言葉にならない程驚いて口を開け閉めしていた。


 「よ、よもや男性だとは……。察するに、それも魔道具の効果か?」


 「そうだ。そこにいるいたずら娘にやられてな。まぁ、良い経験をしたと思えば釣りが来る」


 元凶であるナビアは口一杯に食べ物を入れていて喋れないので、サムズアップで誤魔化そうとしていた。


 「どおりで、喋り方に違和感を感じていたのだ。それとあのトナカイはどうしたのだ? 見たところ厩舎きゅうしゃの様なものは見当たらなかったが」


 「ああ、ピリンキにはこの屋敷の運転をして貰ってるよ。俺達もあまり時間を無駄にできないんでな」


 「運転……? まるで馬車みたいな事を言う……まさか、動いてるのか!? この屋敷が!?」


 スイレンがテーブルをバンと叩いて立ち上がると、窓に顔を貼り付けて外の景色を確認し始めた。


 「やっと気付いたのか? まぁ確かに吹雪で視界が悪かったからな。気付かないのも無理はないか」


 「頭がおかしくなりそうだ……。セカンド殿、あまり私を惑わさないでくれ」


 スイレンは足取りも朧げに椅子に座り直すと、頭を抱え出した。


 「……隊長さん、セカンドについて考えるだけ無駄……。私はもう諦めた」


 残飯をあらかた食い尽くしたナビアが哀愁を漂わせてそう言った。

 

 「俺の事はいい。今はスイレンさん、あんた達について聞かせてくれ」


 「話といっても、何を話せば……。我等には守秘義務が課せられている、あまり多くは喋れないぞ?」


 正体不明の攻略者に対する対応としては当然だなと、セカンドも頷く。

 

 「なら質問形式にしよう。勿論、答えたくない事には答えなくていい。卑怯だが、宿代だと思ってくれ」


 「ふっ、了解だ」


 セカンドの後出しに、スイレンは笑って頷いた。


 「バルトロさんからある程度は聞いたが、三百人の大所帯で攻略を開始したそうだな? ここまで来るのに被害は出たのか?」


 セカンドの質問に、笑顔だったスイレンの顔も急に暗くなった。


 「今回の攻略は、初めからどこかおかしかった……。いつもなら苦戦しない魔物にも手こずってしまってな。それでも数の力で何とか被害無く進んでいったんだが、四十層に入ってから……およそ百名が死んだ」


 スイレンの声は、最後は消え入りそうに小さくなっていった。


 「……隊長さん、元気を出して。でも、これは貴女達が命を賭けてまでやる事なの?」

 

 「……やる事だ。我々は皆、志願してついてきている。我々の思いを、この国の未来を……アルスニクス様に託したのだ」

 

 そう言い切るスイレンの目には活力が戻って来ていた。

 

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