第39話


「……猿? よもやセカンド殿の使い魔か? 通りで凛々しい顔をしておる」


 騎士に褒められたピリンキはこれ以上無いくらいに得意気になっていた。


 「いえいえ、貴方も残忍そうで狡猾そうな……では無く、精悍な顔付きでいらっしゃる。私はPRI703こと、ピリンキニウムと申します。以後、宜しくお願い致します」


 「これはこれはご丁寧に。私は第二王子指揮下の清流騎士団所属……バルトロ・フォーマッカ……って、何故猿が喋っておる!」


 セカンドは、ピリンキと相対した人がみせるいつも通りの反応を楽しんでご機嫌に笑っていた。


 「バルトロさん、ピリンキは特別でね。それより、何があったのか聞かせて貰えるか?」


 「私も気になる。なぜ、攻略者でもない騎士とやらが塔の奥深くまで来て死にそうになっているの?」


 バルトロは、ナビアの質問に一瞬言葉を詰まらせたが、命の恩人に報いるためにとせきを切ったかの様に喋り始めた。


 「……本来なら、いち攻略者に話すべきではないのだがな。実は、先の大塔礼会議で王太子の選定があってな────」


 バルトロは細かい詳細こそ話してくれなかったが、長い話をまとめると、要するに塔にいる魔物から、とあるドロップアイテムを手に入れた者が王太子に認定されるとの事らしい。

 

 それで第二王子のアルスニクスは、自分を支持する清流騎士団を引き連れて塔に入ったのがおよそ十日前との事だ。


 「なるほどな。それでバルトロさんはここで負傷してリタイアしたんだな。それともまさか……置いて行かれたのか?」


 「馬鹿者! ……いや、すまない。だが、第二王子はそんなお方では無い。これは我等が殿しんがりを務めたゆえだ。私の第一小隊がエンペラーガルムの群れを引き受けたのだ……。そして、そこに寝ている二人以外は……」


 バルトロはそれ以上言葉を続ける事は出来なかった。

 

 「……悲しまないでバルトロ。大丈夫……魔力は大地を巡り、大切な人のところへ必ず戻る。だから、元気を出して」


 一瞬、聖母の様に見えたナビアに目を擦りまくるセカンドだったが、その後に鳴り響くナビアのお腹の音を聞いて、ナビアはやはりナビアだなと思い直した。


 「……ありがとうお嬢さん。そう言えば食べ物が残っていたな……ダメだ、血で全てやられてしまったわ」


 バルトロは赤く染まった乾物を地面に投げ捨てた。


 「……安心して。わたし専属の料理人シェフがいるから。セカンド、すぐにディナーの用意を……」


 セカンドは、これでもかとナビアの頬をこねくり回してから夕食の準備を始めた。


 流石に、このままバルトロ達を残して行くのは気が引けたので、バルトロの部下が目覚めるまで一緒にいる事にした様だ。


 「たくっ、わがまま姫が。バルトロさん、出来合いの物ですまないが食ってくれ。特製のカツ丼だ」


 セカンドはリュックに常備してあるカプセルホイホイから三つのカツ丼を取り出して配り始めた。


 「一体何処から……。いや、それよりもこれは美味そうだ。是非頂こう」


 「パクパクムシャムシャ……。バルトロ、遠慮はいらない。モグモグ……ゴックン。おかわりもある」


 セカンドに『落ち着いて食え』と言われながらも、ナビアは餓鬼の様にカツ丼を貪り食う。


 「ほら、ご飯粒がほっぺにつきまくってるじゃないか。それより、バルトロさん達はこれからどうするんだ?」


 それまで美味そうにカツ丼を食っていたバルトロが、セカンドの質問にフォークを置いた。


 「……その事なんだが、セカンド殿たちに頼みがある」


 セカンドはバルトロの頼みに大体の予想はついたが、地に頭を擦り付ける様に頭を下げるこの騎士の男を蔑ろにする訳にはいかないなと頭を悩ませた。


 「……予想すると、バルトロの頼みは塔を出るまでの護衛? それとも食糧?」


 「……両方だ。すまない、厚かましいのは分かっておるんだ。しかし、この部下だけでも生かして帰したい。そして、私は殿下の元に駆けつけたい。きっと今も苦労しておるはずだ……」

 

 バルトロの強欲な願いに、セカンドは大きな溜め息が溢れるのを止める事ができなかった。

 

 「バルトロさん。貴方の身体は手当をしたとはいえ、万全には程遠いいです。その身体で、先に進む第二王子達に追いつけると思うのですか?」


 ピリンキに諭されたバルトロの目には悔し涙が溜まっていた。


 「……分かっておる。無理な事は私が一番分かっておるわ……。ただ一言……無念だ……」


 バルトロは冷めてしまったカツ丼を一気に流し込むと、星がまたたく夜空を見上げて動かなくなった。


 「バルトロさん、あんたにはまだやるべき事があるだろ」

 

 「……そう、そこの女の子達をちゃんと家に帰さなきゃダメ。安心して、わたし専属の執事セカンドが手を貸すことを約束する」


 案の定、ドタバタと鬼ごっこを開始したセカンド達を見て、今まで落ち込んでいたバルトロも笑いを堪えられなかった。


 「ハハハハハッ! 二人には敵わんな! よーし言質は取ったからな! 私はもう遠慮はせんぞ! 部下を救う為に何でもして貰うから覚悟せよ!」


 「ああ」


 バルトロがそう冗談ぽく言うと、ナビアに制裁を加えようとしていたセカンドが足を止めて頷いた。

 


 その後、第二王子が如何いかに素晴らしい御仁かを力説し始めたバルトロに付き合い、眠っていたバルトロの部下が目覚める頃にはすでに朝日が登ろうとしていた。


 「第三王女のルシア様さえ現れなんだら……むにゃむにゃ……」


 仮眠を取っていたバルトロの寝言が、セカンドの脳内で何度も繰り返されていた。

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