第38話


 休憩をとり終え、セカンド達が出発しようと立ち上がると、川上の方から何かが流れてきた。

 

 「ピリンキ、頼む」

 「はい」


 ピリンキが象の姿に身体を変形させ、その長い鼻で漂流物を掴んで地面に優しく降ろした。


 「やはり人か……。格好を見るにこの国の兵士……いや、騎士か」

 

 「息はもうしていませんね。それにしても酷い傷です。お可哀想に……」


 立派な軽鎧に身に纏った男性が、物言わぬ姿でセカンド達を見つめていた。

 その顔は苦痛に染まっている様だった。


 「……十日ほど前に大勢の強者が塔に入ったのは言ったよね? ここ最近、その集団以外塔に入った者はいない。だからこの人もその連れ合いのはず」


 「ああ、アドミンさんが言ってたな。そのせいで塔が活性化して魔物が強くなってるんだったか?」


 『そう、それそれ』とナビアが頷くと、騎士の死体に向かって何やら呪文を唱え始めた。

 すると、騎士の身体から何やら光の粒子みたいな物が抜けて空気中に溶けていった。


 「Ms.ナビア、何をしたんですか?」


 「モンタピレーテ……。安心して、死者を冒涜したりしない。この人の身体に残る魔力の根源を塔に還元しただけ。これも私の仕事の一つ」


 ナビアがそう言い終わると同時に魔法の行使を終え、深く息を吐いた。


 「大変な仕事だな。こんな事を約千年もか……」


 セカンドはナビアの頭を一つ撫でると、騎士の身体を川の底に沈めて弔った。


 「この先、より一層注意して進みましょう。セカンド、私達に何かあればシャーリーさんも助からない事を忘れないで下さい」


 「ああ、分かってる。既に身体制御の誤差もある程度脳内で補完した。同じてつは二度踏まないさ」

 

 互いに見つめ合った二人は一度頷き合うと、次の階層に向かって走り始めた。


 そう、ナビアを置き忘れて……。


 「ま、待ってー! 置いてかないでー! び、びぇーん!」


 ナビアがいない事に気付いたピリンキが急いで戻って来てナビアを背に乗せると、一行は気を取り直して進み始めた。


 そして度々現れる魔物を倒しつつ、数キロは続いた川を登り切ると、最終地点にあった滝の向こう側に見える洞窟の入り口に、四十二層へと続く扉がひっそりと佇んでいた。


 「魔物の数は増えたが、特段厄介な相手はいなかったな。ずっとこの調子なら楽なんだが」


 「そんな訳にはいきませんよ。この国の公式記録でも四十八層までしか行ってないのですから。そうですよね? Ms.ナビア……Ms.ナビア?」


 ピリンキが背中にいるナビアを見ると、もの凄いジト目でセカンド達を凝視していた。


 「……私を置いて行く様な薄情なセカンド達は地獄に落ちればいい」


 「おいおい、まだ怒ってんのか? ちゃんと謝っただろ。ほれ、飴ちゃんやるから機嫌直せよ」

 

 セカンドが取り出したペロペロキャンディーを、ナビアは激しい音をたてながら噛み砕いた。


 「セカンド……子供扱いしないで。私は立派な大人のレディ……いや、レイディ。それにモンタピレーテ、この塔の最高記録は四十八層じゃない。最高到達階層は────」


 ナビアが次の言葉を発するより早く、四十二層へ続く扉が開かれた。

 

 中から現れたのは、先程の騎士と同じ軽鎧を身に付けた満身創痍の男性騎士だった。

 その男性騎士は酷い傷を負った女性兵士二名を抱えていた。


 「だ、誰だ貴様等……。いや、今はそれどころではない。は、早く水で傷口をあらわ……ね……ば……」


 しかし、騎士の男性はそこで気力を使い果たしたのか、その場で崩れ落ちてしまった。

 どうやら酷い怪我を負っているのは女性の兵士の方で、魔物に大きく腹部を切り裂かれたのか、血が止めどなく流れ落ちていた。


 「ピリンキ! お前は黒髪の方をやれ! 俺はもう一人をやる!」


 「了解。セカンド、傷口はしっかり洗って下さいよ」


 セカンドは『分かってるよ』と言うと、すぐに傷口の処理を始めた。

 

 セカンド達は戦闘から日常生活まであらゆる技能をインプットされている為、名医も裸足で逃げ出すほどの医療技術を持ち合わせていた。

 その甲斐もあってか、騎士達は一命を取り留め、今は静かに眠っていた。



 「……すごい。ただの変態鬼畜戦士じゃなかった。何をやっていたのかさっぱりだった」


 「ふっ、そうだろそうだろ。これからは尊敬の念を込めてセカンドさんと────」


 調子にのったセカンドを襲ったのは、ナビアの指から発射される死の光線デスビームの嵐だった。


 「Ms.ナビア……気持ちは分かりますが、少しお静かに。病人が起きてしまいます」


 「……ご、ごめんなさい。あの憎たらしい笑顔を見たら我を忘れてしまった」


 ナビアが元凶たるセカンドを見ると、まるで何事も無かったかの様に真顔で鼻をほじっていた。

 それを見てナビアがまた暴走しようとした時、眠っていた男性の騎士が目を覚ました。


 「……どうやら……命を拾ったらしいな。……礼を言う」


騎士はまだ完全に調子を取り戻していないのか、横になったまま弱々しくそう言った。


 「気にするな。連れの方も傷の手当てはしておいた。まぁ、暫くは安静にしないといけないがな」


 騎士が自分の横にいる女性の兵士を見て驚愕の顔を浮かべた。

 

 「ば、馬鹿な……。あの傷で助かったと言うのか……。神よ……」


 「……神じゃない。全てはセカンドとモンタピレーテのお陰。そこを捻じ曲げてはいけない」


 ナビアが少し不機嫌そうに、未だ神に祈る騎士に向かってそう言い放った。


 「……そうか。いや……そうだな。お嬢さんの言う通りだ。セカンド殿……でよかったか? 改めて礼を言う。そしてモンタピレーテ殿は……何処いずこにおわす?」


 


 騎士の問いに、丁度抱っこしていた猿形態のピリンキを、ナビアが高々と挙げて騎士に見せつけた。

 

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