第31話 ★


 退出していく王の背中を目で追いながら、カルバレンが隣に並ぶ弟妹に語りかけた。


 「図に乗るなよ……。愚妹……貴様が何を思ってこの場に来たのか知りたくもないが、王とは……気まぐれでなれる程甘い物ではない。特に……一度逃げ出した貴様などもってのほかだ。アルスニクス……貴様も肝に銘じておけ。私は……負けん……」


 それだけ言うと、カルバレンはお供の二人を引き連れて審問の間を後にした。

 

 第一王子であるカルバレンが退出したのを見て、今まで静かに座っていた貴族達もゾロゾロと動き出し、審問の間は徐々に喧騒に包まれていく。


 「ルシア、久しぶりだね。話したい事は沢山あるけど、今は敵同士みたいだ。ゆっくりお茶をするのは全部終わってからにしよう。兄者……私も負けるつもりは無いよ……」


 何時の時も優しかったアルスニクスの少し厳しい視線に悲しみを覚えつつも、ルシアも負けてはいられないと覚悟を決めた。


 「ルシア! やったわね!」

 「おめでとう、ルーちゃん!」

 「ふふふっ。でも問題はこれからよね」


 勢い良く抱き付いて来た仲間達に揉みくちゃにされたが、ルシアも一緒になって喜びあった。

 

 「楽しそうにしているところ申し訳ございません。殿下、少しお話しをさせて頂いても?」


 騒ぎに騒いでいた四人は、自分達に近付いて来た集団に声を掛けられて初めて気が付いた。


 「て、天聖女様! う、うーん……」


憧れの天聖女を見たソフィアが、気を失いそのままパタリと倒れてしまった。


 「ぶ、武聖ビスマルク様! ぜ、ぜひ握手を!」


 いつも冷静なヴォルヴァリーノが子供の様に興奮し出す。

 

 「天聖女に武聖……。それに死聖人のデーラ殿に五神剣のバルヒューム殿か……。私に何か用があるのか?」


 さっきまではしゃぎ回っていたルシアが、恥ずかしさを隠す様に、真っ赤にした顔で毅然と言い放つ。


 「ふふっ。殿下、顔がお赤いですよ?」


 天聖女がクスクスと楽しそうに笑うのを、五神剣のバルヒュームが諌める。


 「リオネッタ、ふざけてる時間は無い。殿下……私共は貴女が王になる為の手助けがしたい」


 バルヒュームの提案にルシアは心の中で狂喜乱舞していたが、それをおくびにも出さずに何とか冷静を保った。


 「う、うむ。かたじけなく御座候ござそうろう


 ……と思っていたのは本人だけだった様で、すでにルシアは喜びの余りパニックに陥っていた。


 「ちょ、ちょっとルシア! しっかりしなさい!」


 フォスカに諌められたルシアは、何とか正気を取り戻す事に成功した。


 「す、すまない! バルヒューム殿! 今の話は真か!? 嘘じゃないのか!? 嘘ついたらドリの実の棘を千本飲ませるぞ!」


 バルヒュームの服の襟を掴んで前後に激しく揺らしながら、ルシアが再度詰問する。


 「う、嘘では無い! お、落ち着かぬか! で、殿下ぁぁぁぁ!」


 バルヒュームは暴れまくるルシアを何とか制して、話を本題に戻す事に成功した。


 「良いか……? 決して暴れるでないぞ? もう一度言う、この七聖の三人と五神剣の一振りが力を貸すと言っておるのだ」


 「ええ、王が出された条件は余りに無謀……。貴方達だけでは……いいえ、私達が協力してなお達成できるかどうか……」


 勇者以外到達した事の無い六十層と言う未知の領域は、王国の実力者である超越者の面々さえ恐れさせる程の物だった。


 「天聖女の言う通りだ。殿下……失礼だがお前さん達だけでは四十層にも到達出来まい」


 今まで黙っていた武聖ビスマルクが上腕二頭筋をはち切れんばかり膨らませてそう言った。


 「ソノトオリネ……。デンカノオナカマハ……アキレルホドヨワイ……」


 死聖デーラに睨まれたフォスカとヴォルヴァリーノは、蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなってしまった。


 「デーラ殿……。私の仲間を馬鹿にしないで貰おう……」


 ルシアが、初代国王の剣と絵画が共鳴した時に取り込んだであろう魔力を解放すると、威圧的でありつつもどこか温かく、優しい魔力が爆発的に広がって行った。

 

 

 「やはり、俺の目に狂いは無かった……」


 ルシアの魔力に何かを感じとったバルヒュームがそう呟くと共に、ルシアに対して臣下の礼をとる。

 残りの七聖もそれに習い、ルシアに対して膝をついた。

 

 「「「これより我等、殿下に対して変わらぬ忠誠を……」」」


 

 自分より遥かに格上であろう実力者たちが跪く姿に焦りを覚えたルシアだったが、彼等を失望させるまいと堂々とした態度で答えた。


 「……許す」

 

 暫らくは沈黙が場を支配したが、最初に口を開いたのは予想外の人物だった。


 「えぇー、いいの? 実はルシアちゃんのお気に入りの服にソースこぼしちゃったんだよねー……ほえ?」


 今まで気を失っていたソフィアが寝ぼけ眼でそう返すと、辺りをキョロキョロ見渡して顔を青くすると再度気絶した。


 「で、では殿下……時間も無い事ですし、すぐに段取りを決めましょう」


 空気を読んだ天聖女が、何事も無かったかの様にルシアに話しかけた。

 

 「そ、そうだな。殿下のお仲間には稽古も必要な様だ。おい、連れて行け」


 後ろに控えていた武聖と死聖の部下達がフォスカとヴォルヴァリーノを強制的に連行していく。


 「殿下は私が鍛えましょう。リオネッタ、貴様はそこの寝坊助を頼んだぞ。スパルタでな……」


 「分かりました、バルヒューム様。では殿下、話し合いはまた夜にでも」


 あれよあれよと仲間と引き裂かれたルシア達は、抵抗する暇も無くそれぞれの稽古場へと散って行った。

 

 審問の間に今だに残っているのは天聖女とその部下、そして今だに気絶しているソフィアだけになった。



 「う、うーん。ル、ルシアちゃん、私の唐揚げ取らないで……」


 天聖女がソフィアをお姫様抱っこで運んでいると、不意に目覚めたソフィアと天聖女の目と目が合った。


 「おや、お目覚めですか? では行きましょうね、ソフィアさん」


 

 ソフィアは永眠した。


 

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