第30話 ★


 いきなり現れた闖入者ちんにゅうしゃに審問の間にいた全員の目が向けられた。

 その中には王女の顔を見て苦々しい顔をする者や嬉しそうに驚く者も多数いた。


 「父……いや、陛下! 突然の無礼をお許し下さい! 今日は私……第三王女ルシア・サザーランドに王位継承権の復活をして頂きたく参上致しました!」


 ルシアが兄と兄の間に立ち、精錬された仕草でひざまずいてそう言った。

 

 「王女よ……いや、我が娘よ……。貴様は王族たる務めを放棄し、俗世に身をやつした愚かな娘だ……。今更言葉を交わす必要も無い……退がれ!」


 分かってはいたが、久しぶりに会った親からぶつけられる非情な言葉に心が折れそうになるルシアだったが、国の為、民の為にと心を奮い立たせる。


 (ダメよ! こんな事で挫ける訳にはいかないわ! 初代様……どうかお力を……)


 「陛下もこう言っておられる! すぐに退がれ愚妹めが! ラキュア騎士団長! どうして此奴を通したのだ! すぐに連れて行け!」


 怒りを露わにしたカルバレンが、いまだ開き続けている扉の向こうに待機している白百合聖騎士団に命令を下した。


 「兄者、少し待って下さい……。妹はまだ何か言いたい様だ。ルシア、ゆっくりで良い……言ってごらん」


 長兄とは違い、いまだに優しく接してくれる次兄に感謝しつつ、ルシアは勢い良く立ち上がると帯剣していた初代様の剣を抜き放ち、思いっ切り魔力を込め始めた。


 (お願い! 初代様! どうか奇跡を!)


 「血迷ったか愚妹め! 神聖なこの場で剣を抜くなど! こうなったら私が────


 剣を抜いた瞬間に、貴族達からの野次と暴言がルシアにぶつけられた。

 そしてカルバレンが自らの魔法でルシアを拘束しようとしたその瞬間、初代国王の剣から溢れ出した魔力が、初代国王が描かれた絵画と共鳴を開始し始めた。


 そして、白く光り輝く神々しい魔力が審門の間全体を覆い始めた。


 「何だこれは! 何が起こっていると言うのだ! 愚妹! すぐに止め────」


 共鳴した魔力の目も開けられない輝きに、審問の間にいる全員が目を閉じると、一つの映像が皆の脳内に流れ込んで来るのであった。


 (何……? これは初代様? これは建国当初? 初代様の隣にいる男の人は……勇者様? どうして勇者様が初代様を……)


 初代国王の生涯を刹那に体感し、現実に戻って来た大半の者の目から止めど無く涙が溢れ出した。


 「な、何だ……。今のは何なんだ! 答えろ愚妹! ……愚妹?」


 正気に戻ったカルバレンが、今の現象を起こした張本人のルシアを見ると、金髪だった筈の髪色が、今し方見た初代国王と同じ銀髪に変化していた。

 更には、内包する魔力が先程とは比べ物にならない程に増えているのを感じ取った。


 その事にルシア本人も気づいたのか、ルシアの目には先程の不安など一ミリも見られない程の強い意志が宿っていた。


 「陛下……それに、十賢人の老人達よ! 私に王位が相応しいと思うならば……立ち上がって頂きたい!」


 いまだ興奮冷めやらぬ十賢人の賢老達が目頭を拭うと、十賢人の筆頭であるサルバトラスト老を先頭に全員が立ち上がった。


 「賛成が過半数を超えた事により、十賢人の長たるこのサルバトラストが、王国法に則り、第三王女ルシア・サザーランドの王位継承の復活を承認する!」


 十賢人全員から視線を向けられた国王がどうするのかと、審問の間にいる全員が固唾を飲んで見守った。

 


 「……良かろう。我が娘……いや違うな。第三王女ルシア・サザーランド……貴様に王にたる資格がある事を認めよう」


 王がそう言うのを聞いたルシアは、胸のつかえが取れたかの様に安堵し、ルシアの仲間達は抱き合って喜んだ。


 「なっ!? 陛下、納得いきません! ならば陛下は誰を王太子に選ぶおつもりか! お答えを!」


 激情のまま叫ぶカルバレンを国王が手を挙げて制すと、少しの間思案した後に重々しく語り出した。


 「初代様がこのツェン・ペェーラ王国を建国しておよそ千年……。苦難も困難も乗り越え、王国はここ迄の強国となった。しかし、先程拝謁した初代様の生涯と、建国当初の有り様を見て、本来の国の在り方と言うのを思い出した。余は……何処かで道を違えたのかも知れぬ。……ルシアよ、初代様と勇者様の恋物語の内容は知っているな?」



 話を振られると思っていなかったルシアは一瞬言葉に詰まりつつも、何とか口から声を絞り出した。


 「は、はい陛下! 存じています!」


 ルシアの返事を聞いて国王は満足気に一度頷くと、次は第二王子へと視線を移した。


 「アルスニクス……国とは何だと思う」


 国王の質問にアルスニクスは迷う事無く答えた。


 「国とは人です。人が持つ一人一人の強固な思いが国たらしめると……私は考えます」


 第二王子の返答を噛み締める様に聞く国王は、少しの間天井を仰いで動きを止めると、次に第一王子へと質問を投げ掛けた。


 「第一王子カルバレンよ……お前の夢は何だ」


 子供の頃に良く聞かれたなと、昔を懐かしみながら、カルバレンが国王の目をしかと見据えて答えた。


 「陛下……父よ、私の夢は子供の頃から変わっておりませぬ。この国の王になり、王国をより強き国へと……」

 

 子供達の成長をまざまざと見せられた国王が、再度大きく頷いた。

 そして次に口を開こうとした瞬間、激しい咳と共に口から大量の血を吐いた。


 すぐに側に居た二人の護衛が国王の肩を支え、退出させようと促した。



 「ゼェ……ゼェ……は、離せ……。も、もう暫し持つ。……聞け! 我が子供達……我が臣下達よ! この国は何時の時代も塔と共にあり! 故に! なればこそ次代の王は塔に決めて貰う!」


 ルシアとアルスニクスは話を中断させて今すぐにでも王に駆け寄りたかったが、カルバレンがそんな暇を与えてはくれなかった。

 

 「陛下! 塔に決めて貰うとはどう言う事ですか!?」


 荒い呼吸を収めつつ、国王が絞り出す様に声を出す。


 「お、王にのみ閲覧が許された勇者の書物に、塔の六十層の階層主……【破滅の悪獅子カタストロイオン】を討伐せし者に、【勇気のメダリオン】が与えられんと記されておる。それを一番に持ち帰った者を時期王と認める。方法は問わん。権力、知力、財力……己が持つ全てを使って構わん。だが、必ず自身も同行するのが条件だ」


 王から出された無理難題に、王子達は思考を逡巡し、傍聴していた貴族達も騒つき始めた。


 「陛下……それはあまりにも────」


 カルバレンの悲痛な陳情は、国王の確固たる声に阻まれた。


 「期限は……余の命が尽きるまでだ! 我が子等よ……失望させてくれるなよ。以上……! これを以て……大塔礼会議の閉会を宣言する!」


 


 国王が言い終わると同時に鳴り出した正午を告げる鐘の音と共に、歴史上最も波乱に満ちた大塔礼会議が終わりを迎えるのだった。


 

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