第28話 ★


 新魔陽暦1997年風の月の18日、日の出と共に大きな祝砲が打ち上げられ、その衝撃音が王都中に響き渡った。


 「毎年ながら見事な物だな。褒めて使わすぞクリフト」

 

 立派な顎髭を蓄えた宮廷魔術師長のクリフトが超級魔法の行使を終えてゆっくりと振り返った。


 「ヒョッヒョッヒョッ、戦争が終わってからこのレベルの魔法を使う機会もとんと無くなりましたからのぅ。久しぶりにスッキリしましたですじゃ」


 「流石ですね、クリフト様。御年98にしてますます技の切れが上がっているのを感じます」


 『世辞はよせ』と少し照れたクリフトが自慢の顎髭を軽く撫でる。


 「おい貴様等、ダラダラと喋ってる暇は無いぞ。やる事は山積みだ。クリフトも今日は一日、私の護衛に付いてもらうからな」


 「分かっておりますじゃ。老体には少しきつい日になりそうですのぅ」


 『戯言を……』とカルバレンは小さな声で呟くと二人を引き連れ城の中に戻っていった。


 その後は今日の予定を一つずつこなしていき、時計の針が九時を回る頃、大塔礼会議まで残り一時間となったの確認したカルバレン達は、今日の会議が行われる【審問の間】に移動を開始した。


 「さぁ、あと少しですよ殿下。大塔礼会議さえ始まってしまえば、殿下の役目はほぼ終わりで御座います」


 「だといいがな……。何か嫌な予感するわ。おっ、ラキュアではないか。息災そくさいか?」


 カルバレンに声を掛けられた審問の間を守る為に整列をしていた聖騎士長ラキュアがすぐに膝を着いた。


 「これは殿下。私なぞに労いの言葉を頂き、深く感謝致します。我等白百合聖騎士団、審問の間の警護全て抜かり無く……」


 「うむ。今日だけは万が一の失敗も許されぬと知れ。私はこれより一足先に中に入り賓客の対応する。扉を開けよ」


 『はっ!』と勢いよく返事をしたラキュアが自分の部下に審問の間の巨大な扉を開ける様に命令を降す。

 すると整列していた騎士が、五人がかりで扉に魔力を注ぎ始めた。

 

 審問の間の扉は込められた魔力により開閉する特別な魔道具になっているようだ。


 「ヒョッヒョッヒョッ、情けないのぅ。此れ位一人で開けれる様にならぬか。どれっ」


 必死に頑張っていた騎士達を押し退け、クリフトが軽く手を触れると扉が勢いよく開き出した。


 「お見事です、クリフト様。歴代最強の名は伊達ではありませんね」


 見目麗しいラキュアに褒められたクリフトが、上機嫌になって自慢の顎髭を撫で回していた。


 「ふっ、貴様の様な化け物と比べられる者の身にもなれ。ほれ、早く行くぞ。ダラダラしてたら扉が閉まってしまうわ」

 

 白百合聖騎士団の団員に色目を使うクリフトを強引に引っ張り、カルバレン達は審問の間に足を踏み入れた。

 

 基本的に年に一回の使用しか許されない審問の間には、なんとも言い知れぬ特別な何かが満ちているのをカルバレン達は毎年感じていた。


 「やはりここに来ると身が引き締まる気がしますね。ねぇ殿下……殿下?」


 サーガが返事の無いカルバレンの方を見ると、審問の間に飾られている巨大な初代国王の絵画に深く御辞儀をしている所だった。

 毎年動向を共にしているサーガだったが、カルバレンのこの様な殊勝な行動を見るのは初めての事だった。


 「……気にするな。もしかしたら今年中に王になるかもしれんと思ったらな……不思議と身体が動いたのだ」


 「……殿下ならきっとなれます。いや、なりましょう」


 延べ数百人は収容可能な審問の間に響く主従の会話だったが、それを遮ったのは三階席に座っていた小さな老人だった。


 「カッカッカッカ、鼻垂れ小僧が言う様になったわい。だが儂の所には代替わりするなんぞの話は来てはおらんのだがのぅ〜。それに何時いつお主が王太子に選ばれたのじゃ? のぅ、カルバレン第一王子よ」


 その老人は立派な法衣に身を包み、目に見えるほどの巨大な魔力を白く輝く聖気に変えて身体から発していた。


 「魔力を抑えろ爺ィ! 殿下に少しでもその魔力を触れてみろ……ただでは済まさんぞ」


 「お前も爺ィだろうがクリフト! バーカ! バーカ!」


 『なにおう!』と応戦するクリフトに目頭を抑えるカルバレンだったが、子供の悪口の応酬を繰り広げる老人達化け物の仲裁になんとか漕ぎ着けることに成功した。


 「両者そこまでだ。それにへポイストス大神官……どうやら誤解を招いた様だな。私はの話をしたに過ぎない」


 しかし、へポイストス大神官の魔法陣が浮かぶ特別な目は、カルバレンの心の中全てを見透かしているようだった。


 「……まぁ、いいじゃろう。ほれ王子よ、客がぞろぞろと来だしたぞ。儂は始まるまで寝かせて貰うとするわい」

 

 そう言って長椅子に横になったヘポイストスを尻目に、カルバレン達は続々と現れる賓客達の対応を開始した。


 賓客の中には、普段なら見向きもしない下級貴族や敵対派閥の貴族も含まれていたが、年に一度の大塔礼会議のホストを任されているカルバレンは表向きは丁寧に対応していった。

 

 「殿下、天聖女様がいらっしゃいました」

 

 サーガの言葉に釣られて後ろを振り向いたカルバレンは、真っ白い布地に金の刺繍を細工された神秘的なローブに身を包んだ女性が立っているのに気が付いた。


 「カルバレン様、ご機嫌麗しゅう御座います。今日は王に代わっての、大塔礼会議の全権代理人と言う大役……ご苦労をお察しします」


 「なに、天聖女と呼ばれ一時も休まる暇も無い貴女に比べれば、私の仕事など児戯に等しいさ。そうだろう? 天聖女……リオネッタ・モンドロール」


 リオネッタは手を唇に当ててクスっと笑うと一つ御辞儀をしてすぐに自分の席へと去ってしまった。


 「相変わらず食えないお方ですね。さあ殿下、惚けてる暇はありませんよ。次は五神剣の────」


 次から次へと訪れる超越者化け物達に対応を余儀無くされたカルバレンは、痛くなる胃を抑えつつもなんとか捌き切る事が出来た。


 「サーガ、もう誰も来ないだろうな? 流石に身体が持たんぞ」


 「はい殿下。七聖人の皆様も五神剣の皆様も全員到着されております。そろそろ我々も席に着きましょう」


 サーガに促されて、カルバレンが貴賓席に着席して審問の間を見渡すと、広い審問の間のほぼ全ての席が埋まっていた。


 そして、時計の針が丁度十時を指すと共に鐘の音が鳴り響き、議長のタリバクライネ審問官が大塔礼会議の始まりを高らかに宣言した。

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