第27話 ★


 ツェン・ペェーラ王国に居を構えるバレット城の一室に、黙々と書類と睨み合いを続ける金髪の美丈夫が黒髪の若い執事と談笑を交わしていた。


 「ふむ。また民から税の引き下げの陳情ばかりか。馬鹿の一つ覚えだな」


 金髪の美丈夫こと第一王子のカルバレン・バラ・サザーランドが溜め息混じりに書類を握り潰した。


 「おやおや、殿下もお人が悪いですね。民にとっては死活問題みたいですよ。知りませんけど」


 筆頭執事であるサーガ執事長がまるで興味無しとばかりにおざなりに返答を返した。


 「クククッ、貴様も大概だなサーガ。だが、そろそろ限界かもしれんな。計画を少し早めるか……」

 

 「……いつでも動ける様に準備は整えています。ですが、今は明日の大塔礼会議に注力した方がよろしいかと」


 第一王子であるカルバレンは明日の大塔礼会議の全てを取り仕切る責務を、父親であるフォルダレン・A・サザーランド王から与えられていた。


 「ふん、分かっておるわ。しかし、毎年この時期になると胃が痛くなるな。あの化け物共の機嫌を損なう訳にはいかぬとはいえ……何故この私が……」

 

 「ふふっ、殿下の心中お察しします。ですがこの王国の基盤を支える大事な方々ですので無碍には出来ませんので」


 この王国には初代国王と共にこの国を発展させて来た由緒正しき家系が数十と存在している。

 その中でも特に秀でた者には初代国王から称号を与えられ、その習慣は十六代目の王に変わった今でも続いていた。


 「だがなサーガ、【七聖人】だの【五神剣】だの大層な呼び名をしてる割には、先の戦争では大した戦果もあげておらぬではないか。初代様もあの世で泣いておるに違いないわ」


 「しかし殿下、魔族側にもこの世の理を超えた存在……【超越者】が数多くいるのはご存知でしょう? むしろよく引き分けにまで持ち込めたと、私は感心した程ですよ」


 サーガの言葉にあまり納得していないカルバレンだったが、そんな二人の会話を中断するかの様に床に影が出来たかと思うと、一人の男がその影からそろそろと現れた。


 「……第三王女の暗殺に失敗した。ガーランドも逝ってしまった……」


 急に現れた黒いフードに全身を包んだ男がポツリとそう言うと声を出して泣き始めてしまった。


 「おやおや、【三絶】の一人であるノイエス様とは思えない失態ですね。殿下、如何いたしましょう」


 「馬鹿な! あの出来損ないの妹にガーランドを倒す力がある訳が無い! ノイエス、何があったのかしっかりと聞かせろ」


 ノイエスと呼ばれた男が泣き止むと、ダンジョンであった事、そして先程送り込んだ輪廻の構成員数十名が全滅した事を事細かに話し出した。


 「俺がガーランドの目を通して見たのはそこまでだ……」


 話し終えたノイエスは再度泣き始めてしまった。


 「黒い鎧な様な物を身に付けた、空飛ぶ冒険者ですか……。その様な手練れがまだこの王国にいたとは思いませんでしたね」


 「チッ、流れの冒険者が手間を掛けさせおって。しかしガーランドは危険度にしてSS級は優に超えていた筈だ。ならばその冒険者は確実に超えているな……この世の理を」


 「確かガーランドはノイエス様の一番のお気に入りのガルム種でしたね。それを一方的に殺せる冒険者ですか……。敵に回したくはありませんね」


 しかし、サーガの言葉を聞いたノイエスが急に泣き止むと激しく怒り出した。


 「……奴は俺が殺す! 王女の事は輪廻に任せておけ! 元々道端の石ころ程にも価値の無い女だ。俺が出るまでも無かったんだ……。貴様の頼みだからと安請け合いした結果……ガーランドが……」


 カルバレンもサーガも超越者の一人であるノイエスの本気の怒気に当てられて少し怯んだが、そこは上位者としてなんとか体裁を取り繕った。


 「少し落ち着け。城中の衛兵が貴様の魔力に反応して集まってくるぞ。まぁいいだろう、妹の事はこっちでなんとかしよう。だから貴様はその冒険者を排除しといてくれ。イレギュラーはなるべく少ない方がいいからな」


 「そうですね。ルシア様は輪廻に任せておけば何も心配はありませんね。あとノイエス様、こちらの魔石をお受け取り下さい。ガーランド様の代わりに……とはいきませんが、魔族との戦争で得た数少ない戦利品の一つです。何でも珍しい魔物の核だとか……。ノイエス様なら有効に活用できましょう?」


 勝手に自分のコレクションを贈られたカルバレンの頬は引き攣っていたが、魔石を贈られたノイエスはその魔石の輝きに目を奪われていた。


 「……素晴らしい。王子よ、俺はやる事が出来た。明日の護衛には別の奴を送る」


 ノイエスはそれだけ言うと、また影の中に入って姿を消してしまった。


 「やれやれ、本当に自由な奴だ。しかし人生とはままならんものだな。なぁ、サーガよ」

 

 「そうで御座いますね。さぁさぁ殿下、明日の大塔礼会議の準備に見落としがないか確認に向かいましょう。その後は王への謁見、それから【十賢人】のサルバトラスト老との会談も控えております。それから────」


 サーガの、まるで上級魔法の詠唱の様な言葉を聞き流しながらカルバレンは大きく溜め息をついた。


 「本当にままならんな……」



 

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