第25話


 颯爽とギルドを出たセカンドは、途中で目覚めた三馬鹿を引き連れて歩く兎亭へと戻って来ていた。


 「アニキすまねぇでヤス……」

 「面目ねっす……」

 「不甲斐無いです……」


 「いいから入れ。アンデルさん、客を連れて来た」


 丁度暇をしていたのか、アンデルはシャーリーとボードゲームをしていた様だ。


 「おっ、セカンドさん、お帰りなさい。そっちは新顔だね、泊まりかい?」


 しかしお金を持っていない三馬鹿は不安気にセカンドを見つめている。

 

 セカンドは内心、『仕方ないな』と思いながらも、先程ギルドで受け取った金貨の半分をアンデルに渡した。


 「これでこいつ等を暫く泊めてやってくれ。余りはシャーリーの薬代にして欲しい。ほら、お前等も挨拶しろ」


 セカンドに促されて三馬鹿が元気よく挨拶をしていく。

 シャーリーとアンデルは久しぶりのお客に喜んでいる様だ。


 「ヤスさん、サブさん、それにハチベェさんですね。ようこそ歩く兎亭へ、ごゆっくりして下さいね。シャーリー、部屋へ案内してくれるかい?」


 『はーい!』と元気よく三馬鹿の手を引くシャーリーは、ずいぶんと調子が良さそうだ。


 「だいぶ調子が良さそうだな」

 

 「はい。しかし、いつまた昨日の様な発作が起きるか分かりません……。ですがセカンドさんのお陰でまた薬を買えそうです。本当にありがとうございます」


 しかしアンデルも、それでは引き延ばすだけでなんの解決にもならない事が分かっているからか、冴えない顔を浮かべている。


 「安心しろ。ピリンキが戻り次第、塔へ向かう。俺達二人が揃って、達成出来なかった任務は無い」


 セカンドの実力を知らない人からすれば、『なにを大口を……』と蔑まされるところだ。

 アンデルもその一人だったが、不思議とこの謎の旅人がかもし出す雰囲気と、眼光の力強さに『もしかしたら……』と希望を見出みいだした。


 「お父さーん! 案内して来たよ! あれ? どうしたの二人共、そんな真面目な顔して……似合わないよ?」


 ふふふ、と笑うシャーリーの頬をセカンドがつねっていると、部屋で休んでいたはずの三馬鹿が、意気消沈した姿で降りて来た。


 「どうしたお前等……。ああ、さては腹減ってんだろ」


 しかしいつもの威勢は何処へやら、三馬鹿は目に悔し涙を浮かべて終始無言を貫いている。


 「どうやら、色々思う所があるみたいですな。どれ、私はビーフシチューでも温め直してくるとしましょう」


 「わ、私は散歩してくる!」


 空気を読んだアンデルとシャーリーがいなくなると、三馬鹿がポツリポツリと喋り出した。


 「……こんな事、いきなり言われてもアニキは困ると思うでヤスが……」


 「俺達……悔しくて、悔しくて……。……強くなりたいっす!」


 「だから……兄貴の弟子にしてくれませんか!」


 しかし、セカンドはそんな三馬鹿に厳しく言い諭す。


 「お前等、悔しがるだけ何か努力したのか? いいか、お前等が毎日十キロを走り、剣を千回振り、戦術について数時間も話し合っているなら……なるほど、悔しがるのも頷ける。だが……ただ食って寝てるだけの奴が『喧嘩に負けたのが悔しいです』なんて言われて誰が同情するんだ? どうだ、お前等は人に誇れるだけの事を何かして来たか?」


 セカンドの質問に、ようやっと返って来た三馬鹿の声はとても弱く、か細い物だった。


 「なんもしてねぇでヤス……」

 「返す言葉も無いっす……」

 「こ、この話は忘れて下さい……」


 部屋から降りて来た時よりも更に暗い顔をして戻って行こうとした三馬鹿を呼び止めたのは、温かいビーフシチューをカートで運んで来たアンデルだった。

 

 「待ちなさい。お腹が空くと気分も落ち込みますからね。食べて行きなさい」


 一瞬、断ろうとした三馬鹿だったが、とても我慢出来る匂いでは無かったのかヨロヨロと席に座ったかと思うと一心不乱にシチューを食べ出した。

 一口食べた瞬間、涙が止まら無くなった三馬鹿のシチューは少ししょっぱくなっていた事だろう。


 「ははは、こんなに美味しそうに食べて貰えると料理した甲斐があると言う物です。それでセカンドさん、この三人は私に任せてくれませんか?」


 「いいのか? 本当なら少し反省させてから俺が見るつもりだったが、シャーリーの事もあるしな……。暫く頼むよ」


 セカンド達の会話を聞いていた三馬鹿の顔に少しだけ活力が戻って来た。

 そして、それを見計らった様にシャーリーがコソコソと外から戻って来たと思ったら、三馬鹿の顔を見て笑い声を上げた。


 「プププ、ひどい顔……。でも……いい顔だね!」


 「シャーリー、お前こっそり聞いてたな?」


 笑顔で『知らなーい』としらばっくれるシャーリーに皆んなが癒されていると、窓ガラスを開けて一匹の猿が中に入って来た。


 「お待たせしました。出来るだけの事はして来ました。それとシャーリーさん、この薬を受け取って下さい」


 中型星間遊泳船ニンジャから戻って来たピリンキが小さなガラス瓶に入った薬錠をシャーリーに手渡した。


 「ピーちゃん、これは何?」

 

 「それはこっそり拝借したシャーリーさんの薬を改良した物です。それを飲めば現状維持とはいかないまでも進行を非常に緩やかに出来るはずです」


 「仕事が早いな。自立型次元管理AI《マザー》の超量子コンピュータを使ったのか?」


 『ええ、時間がありませんでしたので」と答えたピリンキは、すぐにでも塔に行かんとばかりにやる気に満ちていた。


 「セカンドさん……やはり危険ではないですか? 私達に良くしてくれるのは大変ありがたいですが、これでもしセカンドさん達に何かあれば……」


 アンデルの心配を他所に、ピリンキを抱いてご機嫌なシャーリーが一喝した。


 「大丈夫だよ! セカンドおじちゃんとピーちゃんなら、ヒュッて行ってパッと帰ってくるよ! なんかそんな感じがするんだ!」


 ニコニコとそう言い切るシャーリーの頭を、セカンドが優しく撫でる。


 「ふっ、お前が言うなよ。まぁ、その通りだけどな。そうだろピリンキ?」

 

 「そうですね。しかしここまで言われて失敗しました、とは言えません。再度見落としがないか確認してから出発しましょう」


 

 そう言ったセカンドとピリンキの目にはやる気の炎が漲っていた。

 

 その後は、皆んなで晩餐を囲んで、笑いあり涙ありの一日が終了した。


 それから紆余曲折ありながらも七日後、全ての準備が整った一人と一匹はシャーリーの薬を手に入れる為、【星降りの塔】へと出発した。

 

 

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