第21話


「実はね……私もお母さんと同じ病気になっちゃったみたいなの……」


 暗い表情を浮かべたシャーリーの目から、ポタポタと涙が溢れ始めた。


 「母親と同じ……ね。通りで最近無理してるなと思っていたんだ。ちなみになんて言う病気なんだ?」


 しかし、シャーリーは涙で言葉が詰まって上手く話す事ができない様だ。


 「ここからは私が代わりましょう」


 その時、調理場で洗い物をしていたアンデルがひょっこりと顔を出した。


 「頼む」


 アンデルはシャーリーの隣にドサリと座り、シャーリーの肩を抱きながらポツポツと喋り出した。


 「シャーリーの病気は……魔経絡硬化症です。……と言っても病名だけ言われても分かりませんよね。魔経絡硬化症とは、全身にある魔力の通り道みたいな物が硬くなってボロボロになる病気なんです」


 セカンドは思わず舌打ちが出そうになった。

 何故なら、大抵の病気の治療薬は常備してあった為、どうにでもなると高を括っていたからだ。


 魔経絡硬化症なんて言うこの世界特有の病気の名前を出されればもう打つ手が無くなってしまった。

 

 「治療法は無いのか?」


 「今の所は見つかっていません。ですが、セカンドさんのお陰で進行を抑える薬を買えそうです。その間になんとしても……」


 アンデルの目には決意の色が浮かんでいた。

 恐らくはシャーリーの為に何か危険な事をする気なのだろう。


 「アンデルさん……あんた塔に行くつもりだな?」

 

 セカンドの言葉を聞いたシャーリーが、不安気な顔でアンデルを見つめていた。

 しかし、アンデルはまるで心配ないよと言わんばかりにシャーリーの頭を撫で始めた。


 「やれやれ、セカンドさんには全て見透かされてしまいますなぁ。私の方が歳上のはずなのに、お恥ずかしい限りです」


 実際にはセカンドの方が歳は上だったが、セカンドには歳なんて概念は最早どうでもいい事だった。


 「何も恥ずかしい事なんて無いさ。アンタは立派に自分の勤めを果たしているよ。それで……あるんだな? シャーリーの病気を治す方法が……あの【塔】に……」


 セカンドが指差した先にある塔を窓越しに見ながら、アンデルが深々と頷いた。


 「あります……。これは公式の記録では無いのですが、この国の建国当初に実在していたSS級攻略者の【勇者アレス】が、どんな傷も病も治す奇跡の秘薬をあの塔で手に入れた事をこの国の全員が知っています」


 「ねぇ、お父さん……。それって勇者と王様の恋物語の事? あれって童話じゃなかったの?」


 シャーリーの疑問に答えたアンデルが言うには、あれは実話を元に作られた本当の話との事らしいが、その内容を知らないセカンドとピリンキには何の事やら状態だった。


 「とりあえずその童話は後で読むとして、その薬が何層にあるのかは分かっているのかい?」


 「いえ。……私も昔の仲間や伝手を使って色々調べてはいるのですが……。ですが記録から見て48層より上の階層になるのは間違い無いでしょう」


 公式の最高記録である48層以内で見つかっていない以上、あるとすればそれより上の階層になるとアンデルは踏んでいる様だ。


 「セカンド、ドローンの調査は今の所50層迄は終わっています。……ですが、それより上に行った全てのドローンが何かに破壊されてしまいました」

 「そうか……。どうやら油断はできんな」


 セカンドの顔に一瞬だけ浮かんだ不安気な顔を見て、アンデルとシャーリーも段々と気持ちが落ち込んで来ていた。


 「いやはや、少し喋り過ぎましたかな……。ところで、最後にセカンドさんにお願いがあるんですよ」

 

 アンセムの死を覚悟した決意溢れるその顔を見て、セカンドはアンデルが何を言わんとしているか察したが、アンデルが言い終わる前に強く否定した。


 「断る! アンデル……お前の仕事はシャーリーの側にいてやる事だ。それは知り合ったばかりの他人の俺に出来る事では無い」


 ハッとした顔を浮かべたアンデルが、抱き締めていたシャーリーを更に強く抱き締め直し、涙を流して謝り続けた。


 「ごめんなシャーリー……。お前を一人にする所だった……。マーラとの約束を破る事になってしまう所だったよ……」


 「お、お父さん……苦しいよ……」


 暫く泣きながら抱き合っていた親子だったが、突如シャーリーの容態が急変し始めた。


 「シャ、シャーリー! た、大変だ! すぐに薬を!」


 激しい咳と共に発熱を発症したシャーリーは、辛いはずなのに心配をかけまいと明るく振る舞おうとしたいた。


 「だ、大丈夫……。こんなのすぐ良くなるよ」


  アンデルが持って来た薬を何とか飲み込んだシャーリーは、徐々に容態が落ち着き始めた様だ。


 しかし、もう時間が無いと悟ったセカンドは、シャーリーの手を握りしめ、いつもの調子で語り掛けた。


 「そう言えば塔の説明をしてくれたがまだだったな……。シャーリーは何が欲しいんだ?」


 セカンドの"何でもいいぜ"的な、適当なのか傲慢なのか分からない態度を見て、シャーリーもありったけを望んだ。


 「────たい。私は……生きたい!」

 

 「……ああ。その任務クエスト……受注完了だ」


 その時、いつもならセカンドを止める役のピリンキにもスイッチが入った様だ。


 「……そうなると時間を無駄にしている暇はありません。セカンド、私は一度船に戻り準備を整えて来ます。ついでにシャーリーさんの病気についても色々調べたいですし」


 そう言ったとたんはやぶさの姿に変わったピリンキが窓から勢い良く飛び出した。


 「ふん、珍しくあいつもやる気だな。とりあえずアンデルさん、塔について知ってる事を全て教えてくれ」


 『と、鳥になった……』と驚いている親子をなんとか正気に戻して、深夜遅くまで話し合ったセカンド達だった。

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