第18話 ★


 あれだけあった料理を全て平らげた四人は、あの時生きて帰って来れて本当に良かったと、しみじみ思い返していた。


 「あー生きてて良かった! これはルシアちゃんが見たって言う、私達を助けてくれた攻略者にお礼を言うまで死ねないね!」


 「うーん。ルシアの言う事は信じたいが、そんな攻略者とはすれ違わなかったんだよなぁ。それにあんた達がギルドに倒れ込んで来た時も近くには誰もいなかったしさ」


 ルシアは、皆んなに自分達を助けてくれたピリンキニウムと名乗ったお猿さんと、名前は分からないがエンペラーガルムを瞬殺する程の強さを持つ男の攻略者の事を包み隠さず話していた。


 「私も……エンペラーガルムに手足を噛みちぎられたところまでは覚えているんだけど。その後は気付いたらギルドの救護室にいたわね」


 「だが……確かにいたんだ」


 不思議に思ったルシアも、後日ギルドの職員に入退記録を確かめて貰ったが、そんな人物は確認出来ませんと言われてしまっていた。


 「なる程な。ヴォルヴァリーノ、お前エンペラーガルムにやられたのか。情けねぇ……筋肉が泣いてるぜ」


 いつの間にか現れたアンデルが、いつもの礼儀正しさは何処へやら、ぶっきらぼうにそう言い捨てた。


 「ちょ、ちょっと店主さん! ヴォルちゃんは私達を逃す為に一人で囮になってくれたんだから! ヴォルちゃんを虐める奴は私が相手だよ! ほら……シュッ、シュッ! デュクシッ!」


 そんな絶対にダメージが通らなそうなシャドーボクシングをしているソフィアの頭をスパーンとフォスカが叩く。


 「本当に馬鹿ね! 見なさい、あの店主さんの顔を! 店主さんも悲しんでるのよ……」


 見るとアンデルの目と上腕二頭筋から一滴の雫が落ちようとしていた。


 「……すみませんね。つい、目頭と筋肉が熱くなってしまいました。お客様に不快な思いをさせたお詫びとして、こちらのモンブラン・ソビエンテはサービスとさせて頂きます」


 目の前に並べられた精巧な菓子細工を見て、女性達はゴクリと固唾を飲んだ。


 「これは何なの……?」


 「フォスカ……今はこれを食べる事だけに集中して。じゃないと……飲み込まれるわ……」

 

 一行は綺麗に磨かれた銀色のスプーンに手を伸ばすと、小さな一軒家の形に作られたモンブラン・ソビエンテにスプーンを優しく入れた。

 そして、今まさに口に入れようとした瞬間、店の扉が勢いよく開かれた事により、ルシア達の心臓は口から飛び出た。


 「お父さーん! ただいまー! お腹空いた……って、お客様ですか!? はわわわ! ご、ごめんなさいです……」


 「だから言ったろシャーリー。淑女たる者、何時いかなる時もお淑やかでいるべきだと。ほら見ろよ、心臓が口から飛び出してるじゃねぇか」


 シャーリーは何とかみんなの心臓を身体に戻して蘇生する事に成功した様だ。


 「こらシャーリー。ダメじゃないかお客様を驚かせたら。あっ、セカンドさん、わざわざすいませんね。買い物なんかに付き合わせちゃって」


 『別に構わないよ。それより昼飯を貰えるかい?』と言って、シャーリーと一緒にルシア達とは少し離れた席にセカンド達は座った。

 

 「死、死ぬかと思った! ビックリするじゃないの!」


 「そ、そんなに怒ったらダメだよフォスカちゃん。まだ子供じゃない」


 どうやらフォスカはシャーリーに怒っていると言うより盗賊シーフの自分が、誰かの接近に気付かなかった事に対して怒ってるみたいだった。


 「シャーリーちゃん……。大きくなったわね。段々と母親に似て来たわ」

 

 唯一シャーリーの事を知っていたヴォルヴァリーノが優しい眼差しを向けるが、どうやらシャーリーは知らなかったみたいで視線を逸らされてしまった。


 「ちょっとルシア……大丈夫? さっきから全く動かないけど。心臓痛いの?」


 そのフォスカの言葉にも反応を示さず、今さっき店に入って来た男を凝視したままルシアは固まっていた。


 「おい、あんた。確かに驚かせたのは悪かったが、そんなに睨む事はないだろう。謝るから許してくれないか?」


 そう言ってシャーリーと共に頭を下げるセカンドに、硬直を解いたルシアが慌てて弁明する。


 「ち、違うんだ。その……あれだ、偶々知り合いに似ている奴がいてな。……その、不躾だが……貴殿とは何処かであった事はあるか?」


 実はルシアは、激しい戦闘中と言う事も相待って、セカンドの顔をしっかりと確認してはいなかったのだ。

 しかも、あれから日にちが経ってる事もあって更に記憶が薄れて来ていた。


 「うーん、無いな。あんた見たいな美人を忘れる筈も無いんだが……」


 そのあっけらかんとした態度に、流石のルシアも人違いかと思い直した。


 「そ、そうか。いや変な事を聞いてすまなかったな。こちらも謝罪を受け入れるよ。特にシャーリーちゃんに嫌われたらこの店に来づらくなるからな」


 そう言いながらモンブランを食べるルシアの顔はどこか晴れない様子だった。

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