二章 大塔礼会議編

第16話 ★


 【革命者】の奇跡の生還から七日と言う時間が過ぎた。

 ルシア達はこれからの事について話し合う為、四人で間借りしている一軒家のリビングに集合していた。


 「……ねえルシア、ちゃんと聞いてるの?」


 「ルシアちゃんてば、あれからボーッとする事が増えたよね。どこかまだ具合悪いの?」


 すっかり回復したソフィアとフォスカが心配そうにルシアに話しかけるが、その言葉すらもルシアには届いてはいない様だった。


 「ふふっ、乙女には色々あるのよ。ねぇルシアちゃん、そうよね?」


 右手と左足に簡易な義手と義足を付けたヴォルヴァリーノがそうフォローすると、ようやくルシアは自分に話しかけられていると気づいた様だった。


 「ご、ごめんなさい! 私ったら考え事しちゃってたわ! そ、それでこれからどうするかよね……。私としては、やっぱり塔に入るのはまだ危険だと思うの」


 ルシアはあのエンペラーガルムの異常な強さに、何処か嫌な陰謀めいたものを感じていた。


 「まぁ、ヴォルも引退を決めちゃったしね。私もすぐに塔に行くのは反対よ」

 

 「ごめんね、ヴォルちゃん。私が【神級回復術式】を使えたら、ヴォルちゃんの手足も元に戻せたのに……」


 この世界の魔法には階級が定められており、神級は全九段階の上から二番目に位置する程の高難易度の魔法だった。


 「ふふふ、いいのよソフィアちゃん。それに神級なんて、世界に限られた人しかいない【超越者】の中でも更に優れた人にしか使えないらしいじゃない」


 ヴォルヴァリーノは周りに気を使わせない様に強がりの笑顔を浮かべていたが、長い付き合いの三人には全てバレている様だった。


 「ヴォルヴァリーノ……お前が私達の為にとった行動を私は生涯忘れる事はない……。その傷の事も、私が必ずなんとかする。だから私は……一度王宮に戻ろうと思う」


 ルシアの爆弾発言を聞いた残りの三人は、絶対にダメだと言わんばかりに必死に引き止め始めた。


 「何を馬鹿な事言ってるのよ! せっかく生きて帰ってこれたのに……むざむざ死にに行く様なものじゃない!」


 「そ、そうだよ! せめて後継者争いが終わってからにしよ? ねっ?」


 ツェン・ペェーラ王国の第三王女だったルシアは、過激な後継者争いに巻き込まれ、幼少の頃から何度も暗殺の憂るき目に会ってきたのだ。

 

 「いや……。今回の件で決意が固まった。兄は私が何処にいても殺すつもりらしい」


 ルシアは、今日まで黙っていたあのエンペラーガルムの異常さをこれでもかと三人に説明した。


 「そんな……。SS級の魔力を持つエンペラーガルムなんて聞いた事ないわよ……」


 「ど、通りで強いと思ったんだよ! この私が一撃でやられちゃうんだか……痛、痛たたた! 痛いよフォスカちゃん!」


 調子に乗ったソフィアはフォスカに頬をツネツネされていた。


 「ソフィアちゃん……そう言えば聞いたわよ……。怒りに我を忘れて杖で殴りかかったそうね……。後でお仕置きよ」


 頬を真っ赤にしたソフィアは、涙目になってルシアにジト目を向けた。


 「こ、こほん。まぁ、ソフィアを攻めるのはそれ位にして……。今は私が近くにいると更なる危険が及ぶ可能性がある……と言う事だ」


 ルシアは神妙な面持ちでそう言うが、他の三人は何を今更と言う感じだった。

 

 「そんなの分かって一緒に居るんでしょうが! 馬鹿にするんじゃないわよ!」


 顔を真っ赤にして怒るフォスカの目には涙が浮かんでいた。

 

 「わ、私は……またあんな目に遭うのは恐いけど……。ルシアちゃんが居なくなるのはもっと怖いかな……」

 

 「ルシアちゃん……。仲間って言うのはね……迷惑を掛け合って。喜びを分かち合って。喧嘩して仲直りして……そうやって本当の仲間になるものなのよ。だからね、いいの……いくらでも迷惑をかけてもいいのよ」


 仲間達の熱い言葉を真正面から投げつけられたルシアの顔面は、見るも無惨なほど涙と鼻から溢れる液体で酷い事になっていた。


 「び、びんなみ、みんな……ばびばとうありがとう……」


 そんなルシアの顔をみて大声で笑うフォスカに釣られて、四人は暫くの間笑い続けた。

 そしてようやく落ち着いて来た頃、ルシアは再度覚悟を決めて話し始めた。


 「皆の気持ちはしっかりと受け取った。その上で再度言わせて欲しい……。私は王位を目指そうと思う」


 ルシアの真剣な目を見て、今度は誰も止める者はいなかった。

 

 「勝算はあるの?」


 「そもそもルシアちゃんって、継承権を放棄して来たんじゃなかったの?」


 矢継ぎ早に質問する二人をヴォルヴァリーノが優しく嗜める。


 「二人共……まずはルシアちゃんの話を聞きましょう。質問は最後に纏めて……ね?」


 ヴォルヴァリーノに感謝しつつ、ルシアは塔で手に入れた直剣をテーブルに優しく置いた。


 「私が王を目指す決意を固めた最後の切っ掛けは……これだ」


 ルシアが剣に魔力を流すと鞘に刻まれた模様が光輝き、一つの名前が浮かび上がった。


 【アレクシア・A・サザーランド】


 「こ、これって! 確か初代の女王様よね!?」


 「そ、そうだよ! 王国で最初で最後の女性の王様だよ!」


 ルシアは二人の言葉に深く頷き、魔力を流すのを止めた。


 「何故この剣が塔にあったのかは分からないけどね。実は私、この剣と魔力を制御する時に大見得切って言っちゃったの。『私はルシア・サザーランド! この国に秩序と安寧をもたらす者!』ってね」


 今更恥ずかしくなったルシアは顔を真っ赤ににして俯いてしまった。


 「ふふふ、それならやらない訳にはいかないわね。初代様が夢枕に立つ様な事が無い様にしなきゃ」


 「そうね。それに最近の政治家共は少しやりずぎよ。このままじゃこの国も長くはないわ」


 「そうだね。戦争は終わったけど、税金もなかなか下がる気配もないしね。貯金はまだあるからもう暫くは大丈夫そうだけど……」


 王国は今、上がり続ける物価と税金のせいで貧困者が続出している。

 更には【塔】と言う無限に資源を集められる宝箱を所有しているにも関わらず、高過ぎる税金の為に優秀な攻略者は別の国の【塔】へ移動してしまう始末だった。


 「皆の言う通りだ。だからこそ私が王になって全てを変えるしかもう手は無い。父とあの兄が急に変わるとも思えんしな」


 ルシアには少し歳の離れた兄が二人いた。

 実際にはもっといるのかもしれないが、正式に公表されているのは、今年三十歳になるカルバレンと二十八歳になるアルスニクスの二人だけだ。


 「でもルシア。その剣があるとはいえ周回遅れなんてもんじゃないわよ? 支援してくれる貴族にあてはあるの?」


 フォスカのご尤もな指摘に流石のルシアも言葉を詰まらせるが、最後はソフィアのお腹が激しく鳴った事で会議を中断する流れになってしまった。


 「てへへ」

 

 「あんたはまったく……」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る