第15話


「はい、セカンドおじさん! こっちが看板メニューのビーフシチューに自家製の白パンだよ!」


 歩く兎亭に帰ったセカンドを待ち受けていたのは、一階の食堂で暗い顔で俯いているシャーリーとその父親だった。

 どうやらセカンドの帰りが遅いから何かあったのでは無いかと心配していたとの事らしい。


 「おっ、これは美味そうだ。それにしても別に待って無くてもよかったんだぞ?」


 「だめだよ! ご飯は一緒に食べる方が美味しいんだから! それにこんな豪華なご飯を食べれるのはセカンドおじさんのお陰なんだから……」


 やはり歩く兎亭の外観から察するに、あまり経営は上手くいってはいない様だった。


 「ほらシャーリー。喋ってばかりだとせっかくのシチューが冷めてしまうよ。セカンドさんもどうぞ召し上がって下さい」


 その強面の風貌からは想像出来ない程穏やかな性格の店主に、セカンドは一瞬笑みが溢れそうになるが、グッと我慢して誤魔化す様にシチューに手を伸ばした。


 「んっ……美味いな。この付け合わせのベーコンが良い味を出している」


 「でしょ? お父さんのビーフシチューは世界一なんだから! ほらセカンドおじさん、パンも食べて食べて!」


 急かすシャーリーとそれを優しく嗜める父親を見てると、どこか懐かしい感じを思い出すセカンドだった。

 そして一頻り食事を終えた三人は食後のティータイムと洒落込んだ。


 「正直に言うとあまり期待して無かったんだが、良い意味で裏切られたよ。……だからこそ他に客がいないのが不思議でならないな」


 セカンドが何気無くそう言うと、それまで笑顔を浮かべていた二人は暗い顔で黙り込んでしまった。

 暫く気不味い沈黙が三人を包んだが、店主が意を決した様に重い口を開いた。


 「……そう言えば、自己紹介がまだでしたな。私はシャーリーの父親のアンデルです。こんな話はお客さんにする物ではないんですが……。 はてさて……どこから話したものやら────」


 元々攻略者をしていたアンデルは結婚を機に引退を決めた。

 そして念願だった宿屋を開業した当初は、攻略者時代の仲間や後輩達が客として大勢押しかけ、順風満帆な脱攻略者生活を送っていた。

 だが五年前……シャーリーが五歳になった年に母親のマーラが不治の病に倒れ鬼籍に入ってから全てが崩れ出したそうだ。


 「更には魔族との戦争の為に税を値上げすると御触れが出てね。ここ数年は食うにも困ってしまう程だったのさ」


 「お客さんもぜーんぜん来てくれなくなったの……。お父さんの料理こんなに美味しいのに……」


 今日偶々知り合った人達にこんな重い話をされて正直言えば困ってしまっているセカンドだったが、自分から話を振った手前なんとか次の言葉を探し出すしか無かった。


 「それで戦争はどうなったんだ? 今日街を見た限りじゃ戦争してる雰囲気は無かったがな」


 「ほへー。セカンドさん、あんた何処の山奥出身だい? 魔族と王国の戦争は大陸中が注目していたって言うのに」


 「んもう! 失礼だよお父さん! あのねセカンドおじさん。戦争は……なんだったかな……あっ、思い出した! 引き分けだよ! 一年前に終わったの!」


 引き分けと言えば聞こえは良いが、莫大な戦費と人的資源を消耗したうえ、相手側から賠償金や領土を取れない時点でどっちも負けと言う方が正しいだろう。

 

 「とりあえず戦争が終わって良かったな。後はこの国お偉いさんが上手くやる事を祈るばかりだ」


 『まぁ、朝見た兵士の感じでは厳しいだろうがな』と心の中でこぼすセカンドだったが、わざわざ二人が落ち込む様な事を口に出したりはしなかった。

 その後はアンデルの攻略者時代の話を少し聞いてその日はお開きとなった。


 「セカンドおじさん、おやすみなさい」

 「ああ、おやすみシャーリー」


 部屋まで送ってくれたシャーリーを見送り、セカンドもどさりとベットに倒れ込んだ。


 「身体は疲れないけど、なんだが気疲れしたな」


 「仕方ありませんよ。今日は色々とありましたからね。それに貴方は私以外と話す事自体、久しぶりなんてものではないのですから」


 どうやら先にこっそりと部屋に戻っていたピリンキは塔で得られた情報を解析している様だ。

 更にはエンペラーガルムからドロップした巨大な魔石と根本から切り落とされた大きな角を身体に取り込み始めた。


 「あの翼竜が落とした魔石よりデカいな。まぁ、それも納得だ……。あの狼野郎の最後の攻撃……直撃してたら俺もどうなったか分からん」

 

 セカンドの脳裏に、エンペラーガルムが最後に放とうとした特大の魔力弾が直撃した自分の姿がよぎった。


 「……ならば尚更、あらゆる情報を収集して全てにおいて対抗策を身に付ける必要がありますね。貴方を守るのが私の仕事ですので」


 『いや、別に当んねぇけどな』と言うセカンドの言葉をサラッと流したピリンキは、より一層解析に集中し始めた。


 手持ち無沙汰になったセカンドも仮眠モードに切り替えて目を瞑ってしまう。

 


 こうしてセカンド達の長い一日が終わっていった。


 

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