第14話


「ピリンキ、そっちの二人は大丈夫か?」


 今だにエンペラーガルムがいた場所を見つめたまま、セカンドが振り返る事無くそう言った。


 「ええ。二人には止血剤と増血剤を投与しました。それに傷の処置も終えています」


 『そうか……』と呟きながらセカンドがゆっくりとピリンキ達の方へ近づいて来る。

 そしてルシアの顔をまじまじと見て驚愕の顔を浮かべた。


 「馬鹿な……大佐なのか……。いや、ありえない……」

 

 セカンドの上官であり親代わりでもあった大佐にそっくりなルシアを見て、過去の思い出がフラッシュバックしたセカンドだったが、こっちの方がだいぶ若いかなと思い、不思議と笑みが溢れた。


 「見れば見るほどそっくりですね。……あの虹色の光から始まり、そして大佐に瓜二つな女性との邂逅……。すべてを偶然で片付けるのは少し無理があるかもしれませんね」


 しかし、セカンドはピリンキの言葉に返事をする事は無く、スヤスヤと眠っているルシアの頭を愛おしそうに撫でていた。


 「帰るか……。早くしないとシャーリー御自慢の晩御飯に間に合わなくなる」


 十分に満足したのか撫でる手を止めて立ち上がったセカンドが、カプセルホイホイから何かの装置を取り出した。


 「まさか、簡易ワープ装置を使うつもりですか? まだこの星で安全に使えるか分かりませんよ」


 「大丈夫だ……多分な。お前も塔の階層を越える度に違和感を感じただろ? 気づいたんだよ、宇宙船でワープ移動した時と同じ感覚だってな」


 セカンドがワープ装置の設定をいじりながらそう答える。


 「……なるほど。その仮説が正しければ、この塔内なら安全に使える可能性が高いですね」


 『いざとなれば安全装置が働くだろ』と少し投げやりに言い放つセカンドが、小型のワープ装置を設置して起動ボタンを押した。


 「起動までもう少しかかるな」


 「セカンド、途中で倒れていたあの筋肉達磨を回収しなくてよろしいので? 多分この二人のお仲間だと思いますよ」


 『あっ、やべ。忘れてた』と少し焦ったセカンドが横穴の入り口の方まで走って行った。

 

 そしてものの数分もしない内に戻って来たセカンドの背中には、右手と左足を失ったヴォルヴァリーノの姿があった。


 「念の為近くに転がしといて助かったな。おっ、ワープ装置の起動も完了したみたいだ」


 見ると、小型のワープ装置の上に直径三メートル位の黒い穴が生成されていた。

 

 「こっちの二人は私が運びます。それで、どこに出入り口を設置したんですか?」


 身体をラクダの姿に変えたピリンキが、今だに意識の無いルシアとソフィアを背中に乗せながらセカンドに問いかける。


 「一層の中間辺りだ。少し高めに設定したから出る時気を付けろよ」


 そう言って迷い無く黒い穴に入って行ったセカンドの背中に続き、ピリンキもすかさず黒い穴に飛び込んだ。


 問題無くワープに成功した二人は、一層の生い茂る草原の上に軽やかに着地を決めた。

 見たところ他の攻略者達の姿はない様だ。


 「見たかピリンキ。俺の予想は大正解だったろ? 塔の中でワープ装置を使えるのは大きなアドバンテージになるぞ」


 「それは大変喜ばしい事ですが。……一つ忘れてはいませんか? このまま戻ると私達が勝手に塔に入ったとバレますよ」


 『うーん。まぁコイツら助けたからチャラだろ』と悪魔でもあっけらかんとしたセカンドの態度に溜め息が出るピリンキだった。

 

 そのまま暫く歩いて塔を抜けたセカンド達は、すぐに攻略者ギルド会館の扉の前まで辿り着いた。


 「よし聞け、ピリンキ。作戦はこうだ。扉を開ける→騒がしい攻略者達は俺達に気付かない→コイツらをこっそり置く→ステルス機能を使い立ち去る→宿屋に帰る→晩御飯が美味しい……だ! これで行くぞ」


 「…………」


 もはや全てを諦めたピリンキは黙ってセカンドに従う事にした。

 そしてセカンドがそおっと扉を開けると、数時間前までの騒がしさは鳴りを潜め、一人の女性の怒号が攻略者ギルドに響き渡っていた。


 「何故だ! ここにいるのは腰抜けばかりか! 私と共に来てくれる勇敢な戦士はいないのか!」


 攻略者ギルドの中央では、朝に見た盗賊シーフの見た目をした女性が、再度救助隊を募ろうと声を枯らす勢いで叫び続けていた。


 「フォスカさん! 落ち着いて下さい! エンペラーガルムに対抗できる攻略者は今は皆んな出払っています! 貴女は二次被害を引き起こすおつもりですか!」


 眼鏡をかけた職員らしき男性がフォスカをたしなめるが、感情が昂っているフォスカに正論は逆効果だった。


 「そんな事は分かっている! 何も戦えと言ってる訳じゃ無い! 万が一を考えて三人を運べるだけの人数が欲しいんだ! もしかしたらエンペラーガルムの気が変わって何処かに行ってるかもしれない……その時私一人じゃ三人を守れ無いんだ……」

 

 大粒の涙を溢してそう訴えるフォスカに、男性の職員もこれ以上強く言える筈も無い様子だった。


 その時、その状況を静かに伺っていた一人と一体が顔を見合わせて頷きあった。



 「……作戦開始」

 「……了解」


 行動を開始したセカンド達はまず、ルシア達を床にコッソリと降ろす事に成功した。

 全ては注目を集めてくれたフォスカのお陰だろう。

 そしてすぐにステルス機能を使い姿を隠すと、床を強めに踏んで大きい音を出しこちらに視線を集めた。


 「な、なんだ突然」

 「み、見ろ! 革命者の連中だぜ!」

 「ははっ! 奴等自分で帰って来やがった!」

 「凄え奴等だ! こりゃあ今日の酒は美味いぞ!」

 「馬鹿野郎! すぐに救護室に運べ!」


 そして絶望に伏せっていたフォスカがいの一番に駆け寄り、三人が生きている事を確認した瞬間、再度大粒の涙が滝の様に溢れ出した。


 「生きてる……。ちゃんと生きてる! 良かった……本当に良かったよー! うわーん!」


 幼子の様に泣きじゃくるフォスカと、うるさいくらいの歓声をあげる攻略者達を背中に、セカンドとピリンキは攻略者ギルドを出て帰路に着いた。

 

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