第13話 ★

 

 ルシアはすぐにでもエンペラーガルムが止めを刺すために襲って来ると身構えていたが、自分達の周りをゆっくりと歩くばかりで無理に攻めて来る様子が無い事をいぶかしんだ。


 「まさか……警戒してるの? 自慢の角を切り落とされたのがそんなに怖かったのかしら」


 せめてもの強がりをエンペラーガルムにぶつけるが、以前劣勢な状況は変わっていなかった。

 

 その時、郷を煮やしたエンペラーガルムが聞いただけで身がすくむ様な遠吠えを一つかますと同時に、黒く高密度な魔力を解放し始めた。

 

 黒い魔力はその姿を体長1メートル位の大きさの狼に形を変え、エンペラーガルムの周りに十匹、二十匹と展開させていく。


 「ひ、卑怯者……。戦士としての矜持はないのかしら……」


 魔物に求める事では無いと分かってはいたが、悔しさのあまり自然と口に出てしまった様だ。

 そしてエンペラーガルムが短く吠えると、分身の狼達は堰を切った様にルシアに襲いかかった。


 ルシアは、半分ほど回復した身体に鞭を打ち、迫り来る狼の群を切って切って切りまくった。

 

 幸いな事に本体ほどの耐久力は無い様で、魔力を通して威力が上がったこの名剣にかかれば一撃で狼を魔力の残存に還す事が出来た。


 「やってられないわね! 消えた端から補充するんじゃ無いわよ! 咲き乱れろ……聖氷の鎮魂歌ダイアモンドダスト!」


 本体もろとも滅ぼさんと、ありったけの魔力を込めた結果、数百という拳大の尖った氷の塊が狼の群を蹂躙し始めた。

 

 更には本体の方にも被害が行った様で、その巨体のあちこちに氷塊が突き刺さって血が吹き出していた。


 「残るはお前だけだ! 勝つ! 私は勝つんだ!」


 しかし、エンペラーガルムが魔力を込めた咆哮をルシアに浴びせると、ルシアは吹き飛ばされ体勢を崩してしまった。


 そしてその隙に、先程の十倍はあろうかという魔力を放出すると、その魔力がエンペラーガルムの身体を包み込み、傷を全て治してしまった。


 「ば、馬鹿な……。確かにエンペラーガルムはAランクに指定されるほどの魔物だが、こんなに強力であるはずが無い……。これではまるでS……いやSSランクを越える魔力だ……」


 そんなルシアの疑問に答える術を持たないエンペラーガルムは、広間を埋め尽くすほどの分身を作ったかと思うと、今日最大の遠吠えを放ちルシア達を処刑する為の合図を出した。


 「ははっ……無念だ……。まさか夢半ばでついえる事になろうとはな……。ソフィア……せめて最後は一緒に……」


 何とかソフィアの元に駆け寄れたルシアは、既に瀕死で意識が無いソフィアを抱きしめて目を閉じた。


 分身の狼達の牙が四肢に食い込む感覚と激しい痛みがルシアを襲い、流れ出る血にルシアは命の終わりを感じた。


 しかしその瞬間、その男は現れた。


 男は手に持っている杖の様な物でルシア達に噛み付いている狼達に何かを発射して、一撃の元に狼達を消し去ってしまった。


 「ピリンキ! あの二人を守れ! 【デュポン】で一掃する!」


 「了解」




 空を飛んでいる男の背中に付いていた翼の様な物が猿の姿に変わったかと思うと、更に身体を変形させルシア達を透明な膜の様な物で覆った。


 「誰……? 一体何が起きているの?」

 

 ルシアは突然の戦況の変化に頭が追いつかなかったが、恐らくは自分達を助けに来たであろうお猿さんにルシアは恐る恐る話しかけた。


 「私はピリンキニウム。私達はあなた方のお仲間の話を聞き、急ぎ救助に駆けつけた者です。それより余り喋ってはいけません。血を流しすぎています……止血剤と増血剤を投与します」


 ピリンキがルシアとソフィアに薬を投与した結果、ルシアの朦朧としていた意識が少しハッキリとしてきた。

 そのお陰で、ルシアはしっかりと空飛ぶ男……セカンドの戦闘を観戦する事ができた。


 「チャージ完了……。発射3秒前……2……1……」


 セカンドは更に高く飛翔したかと思うと、バチバチと発光している【デュポン】の巨大な銃口を真下に向けると同時に、躊躇い無く【デュポン】を発射した。



 しかし、ルシアは一瞬不発かと不安を露わにした。

 何故なら、セカンドが引き金を引いた瞬間、バチバチと音を立てて光っていた砲身の光がスッと消えたうえに、何かが発射された様子も無かったからだ。


 「ね、ねぇお猿さん……。大丈夫なの……きゃあぁぁぁぁ!」


 ルシアがそう問いかけた瞬間……激しい爆音と共に、広間全体を破壊せんとばかりの衝撃がルシア達を襲った。

 

 実際にはピリンキのMAGIフィールドに守られているルシア達に被害は無かったが、襲われたと錯覚するほどの衝撃だった。


 そして砂埃が収まると無数にいた狼の群れは全て消え失せ、本体のエンペラーガルムも見るも無惨な姿になっていた。


 「あとは……あの目標を駆除すれば任務完了だな」


 セカンドが止めを刺そうと、いつの間にか持ち替えた、灼滅放銃【アグニス】をエンペラーガルムに向けた。

 しかし、瞬時に回復を終えたエンペラーガルムがその長く硬い体毛を宙にいるセカンド目掛けて億千と飛ばしてきた。


 「ちぃ!」


 休み無く体毛を飛ばしてくるせいで銃を撃つ暇が無くなったセカンドは、すぐに地上に降りて武器をメビウス合金で作られた刀に持ち替えた。

 

 「斬る」


 セカンドは、一瞬クラウチングスタートの様な低い体制で溜めを作り、目にも止まらぬ速さで突進していった。

 

 そして、切断された角の先端から禍々しく発光する黒く巨大な魔弾を放とうとしていたエンペラーガルムの首を、見事に一刀両断した。

 

 更に二度と回復はさせまいとばかりに灼滅放銃【アグニス】の超高熱火力弾をエンペラーガルムに向かって撃った結果、あの立派な巨体の全てがこの世から消え失せてしまった。


 「任務完了……」


 セカンドの戦闘の一部始終を見ていたルシアはその強さに嫉妬したが、それと同時に襲って来たもの凄い安堵感のせいで気を失ってしまった様だった。

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