第12話 ★


「美しい剣だ……。見ているだけで吸い込まれそうになる……」


 まるで誘われる様に広間の中央に歩き出したルシアは、なんの躊躇いも無くその直剣を引き抜いた。

 

 引き抜いた剣はまるでルシアの魔力と同調するかの様に激しく輝いたかと思うと、ルシアの身体から今までに感じた事が無いほどの魔力が溢れ出そうとしていた。


 「はわわわわ。だ、大丈夫なの、ルシアちゃん? そ、そんなに魔力を放出したら危険だよ!」


 どうやらルシアは急に得た膨大な魔力を制御できない様で、可視化出来るほどの高密度の魔力が身体から出て行ってしまっていた。


 「ぐぐぐ……! こ、この程度……。私はルシア・サザーランド! この国に秩序と安寧をもたらす者! 剣よ! 魔力よ! 私に従え!」


 すると徐々にだがルシアの身体から溢れ出す魔力が少なくなり、最後には完全に制御に成功する事ができた。

 ルシアは顔に汗を滲ませながらも、長い息を一つ吐いたあとにソフィアに向かって微笑んだ。


 「す、凄いよルシアちゃん……。さっきまでとは魔力の質も量も全然違うよ! これならA級……いや、もしかしたらS級に手が届くかも……」


 「そうね……。この力を完全に使いこなせたなら……。ッ! ソフィア! 早く退がって!」


 一息つく間も無く、本日最大の脅威が二人を襲った。

 広間の赤い門を潜り抜けて来たのは体長5メートルはあろうかと言う灰色の狼型の魔物だった。

 その魔物は長い間探し求めた獲物の前にゆっくりと近づくと、その血にまみれた口から何かを吐き出した。


 「うわぁぁぁぁ! ヴォルちゃんの手がー! こ、このクソ狼ー!」

 

 大好きな仲間の食いかけの手を見せられたソフィアの怒りが理性を上回った。

 本来なら距離をとり仲間の支援が主な役割のソフィアは、あろう事か持っている杖でガルムを殴ろうと突撃を開始してしまった。


 「ソフィア! 駄目よ!」


 ルシアの静止も虚しく、エンペラーガルムが邪悪な笑みを浮かべると、欠伸が出そうなほどの速さで近づく獲物に鋼鉄並の硬さを誇る自慢の尻尾を思い切り叩きつけた。


 「きゃ、きゃぁぁぁぁ……! ガ、ガハァ……」


 直撃を脇腹に喰らったソフィアは、十数メートルはふっ飛んだあと更に地面を転がり続けた。

 やっと止まったかと思うと、血を吐いて意識を失ってしまった。


 「…………ッ!」


 ルシアは今すぐにでも駆け寄って介抱したかったが、自分を見つめる悪意ある二つの目に怯えてしまい声すら出せない始末だ。

 

 しかも相手は悠長に待ってくれるはずもなく、その額にある長い角で串刺しにしようと、目にも止まらぬ凄い速さで突進して来た。


 「な、は、速! ぐっ!」


 間一髪で避ける事に成功したが、エンペラーガルムの巨大な身体が自分のすぐ側を通った時の風圧で少し吹き飛ばされてしまった。

 エンペラーガルムはすぐに体勢を再度こちらに向けると、距離を詰めようと駆け寄って来る。

 

 「やられっぱなしでは終われん……。せめて一矢報いる! 舞い散れ! 白薔薇の讚歌ローズ・ソング!」


 魔法の氷で形成された白薔薇の花弁がエンペラーガルムを包み込み、身体中を切り刻み始めた。

 ルシアは自分で発生させた魔法に驚きを隠せなかった。

 昨日までの白薔薇の讚歌ローズ・ソングは自分の周りに展開され、近づく相手を切り付けるだけだったのだ。


 それが今は自動で敵に近づいたかと思うと、あのエンペラーガルムの強靭な体毛をものともせずにその灰色の毛を血で赤く染め上げていた。

 

 「いける……いけるぞ! この力があれば……こいつに勝てる!」


 ルシアはこの機会を逃すまいと、今さっき手に入れたばかりの剣に最大限に魔力を流し始めた。

 眩しいほどに青白く光り輝く剣を振り上げ、人間離れした跳躍を見せたルシアは、エンペラーガルムの首を切り落とさんと重力すらも味方につけ勢いよく剣を振り落とした。


 「て、手応えあり……! ぐ、ぐはっ!」


 しかし、切り落としたのは首では無くエンペラーガルムの中で一番の強度を誇る角であった。

 間一髪で致命傷を避けたエンペラーガルムは返す刀で尻尾を思い切りルシアの脇腹に叩きつけた。

 くしくも先程ソフィアが見せた光景を再現するかの様に吹っ飛ばされたルシアは、今だに意識が戻らないソフィアのすぐ側へと倒れ込んだ。


 「ま……だだ……。まだ……倒れる……訳には……いかないんだ!」


 ルシアは最後の気力を振り絞り、剣を杖代わりにしてヨロヨロと立ち上がった。

 自分が倒れれば大事な妹の様な存在のソフィアまで食われてしまう事が確定してしまうからだ。

 しかし、ルシアは既に勝ち目が無い事を悟っており、今更立ったところで何が出来るんだと乾いた笑いが溢れ出した。


 「……ルシアちゃん。……ごめん……ごめんね。こんな事しか出来ないけど……許して……」


 いつの間にか意識を取り戻していたソフィアが、最後の気力を振り絞り【回復術式】と【能力向上術式】をルシアに使う。


 「馬鹿者……。自分も辛いだろうに……」


 ソフィアのおかげでなんとか持ち直したルシアは、勝っても負けても悔いのない様に戦おうと、人生最後になるであろう覚悟を決めた。

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