第10話 私は、私は……!
私達が朔間ちゃんとマジカルンのお家に到着してから大体一時間。
着いてから今まで、回復魔法の込められた魔具だという羽根ペンで描いた蒼っぽい光を放つ魔方陣の上にずっと座っていたからかかなり思い通りに身体が動かせるようになり、見た目に関しては全くの無傷と言っていい程傷口が塞がった。
「す、すごいね、この魔法……。全治何か月?みたいな怪我してたのにもう…」
「そうね。私も初めて使ったけど、こんなに効果てきめんだとは思わなかった」
体育座りをしている私は少しだけ朔間ちゃんと身体が触れ合う近さで座っていて、一時間も経ってようやく出て来た言葉がそれだった。
本当はもっと言うべき事があるはずなのは分かってる。
すごく部屋が広いねとか、ベッドが大きいんだねとか、シンプルな飾りつけが好みなんだねとか、そんなどーでもいい事じゃなくて、もっと大事な話があるはずなのに。
それを言うのがどうしても怖かった。
『どうして助けてくれたの』って。
ただそれだけの……聞く事の方が自然なその言葉を出すのが怖かった。
だってもしも、朔間ちゃんの考えは変わって無くてただの気まぐれで助けてくれたんだとしたら。
だとしたら私達はまた戦わなきゃならなくなる。今度こそ止まる余地のない殺し合いをしなきゃならなくなる。
そんなのは絶対に嫌だ。だから……とても怖い。
《はぁ。ったく。お前はまだそんな腑抜けた事を…》
ーーだって!……もうあんな風になるまで戦ってほしくない。朔間ちゃんもマジカルンも勿論エンジェルンだってボロボロになるまで戦って……。そんなのもう…!
《なら聞きゃあいいだろ。どうせ遅かれ早かれ分かる事なんだ。いつ知ったって一緒じゃねぇか》
ーーそれは、そうかもしれないけど…
エンジェルンと心の中で話をしてみるけどどうしても踏ん切りがつかない。
なのに気持ちばかりが焦っていて、とてもじゃないけど落ち着いてられる気分じゃなかった。
というか、どうしてエンジェルンはそんな無関係ですみたいに言えるの!?ついさっきまで戦ってたのエンジェルンなんだけど!!
《うるせー。そんなしょうもねー事は忘れたんだよ》
ーーどの辺がしょうも無いの!?
……はっきり言えば意味なんてまるでない言い合いを心の中で続けて。その片隅でどうしようかと頭を悩ませる。
エンジェルンの言い分が正しいのは間違いない。……のに。
「……聞かないの。『どうして助けたんだ』って」
そんな私の気持ちが漏れていたのかな。
膝に隠れかけていた私の顔を朔間ちゃんは覗き込んで聞いてくれた。
「……そ、それは」
「別に、当然の疑問じゃない?逆の立場だったら助け起こされた時に聞いてるわ」
「あ、あはは…。確かに、そうかも」
傷も汚れも無くすっかり元の綺麗な顔に戻っている朔間ちゃんに覗き込まれ、同性同士のはずなのに心臓が急に高鳴り始める。
わ、分かってた事だけど、やっぱり綺麗だよね、朔間ちゃんって……。嫉妬とか、悔しいとか、そんなの思えない次元の綺麗さだ。
《おいおい、そりゃあ俺に話しかけてんのか?相手が違うだろーがよ》
ーーちょ、ちょっと!覗き込まないで!?
「……私は無視で蛮族とお話?つれないじゃない」
《あぁ!?誰が蛮族だゴラァ!?!?》
「ほら、今は私とのお話でしょ?気にならないの?助けた理由」
エンジェルンの暴言を他所に、何処からか私の膝をすり抜けてくる朔間ちゃんの右手。
彼女の声は驚く事も忘れるくらい澄んでいて心の中でわめいてるエンジェルンとは比較もできない。
《あぁ!?》
「あ。あのそそ、それは……!」
するすると、どんどん合間を見つけて膝の中に右腕を入れてきた朔間ちゃんはとうとう私の顎先を人差し指で少し強く持ち上げると、吸い込まれそうになる碧い目で私の目を見つめる。
「……聞きたい?」
「き、……聞きたい、です……」
どぎまぎとした気持ちのまま半ば誘導されたように言葉が口を吐く。
と、当然聞くべき事だったし不満は何も無い。どころかむしろ感謝までしているけど……。
《かぁ~~~!!なんだこの女!キザッたらしい!!》
エンジェルンのイラっとしてる言葉通り、少し……ううん、かなりキザに感じた。
…嫌じゃないのは、ちょっと問題かもしれない。
《はぁ!?!?》
「勿論、いいわよ。でも、その前に」
にこりと笑って答えた朔間ちゃん。
でも彼女はあんなに親密な寄り添い方をしていたのに、何事も無かったかのように私から離れると何もなかったはずの空間からバスタオルを取り出して私に投げた。
……投げた!?
「え!?」
目の前で大きく膨らみ、視界全てを覆って私の顔目掛けて飛んでくる白いバスタオル。
あんまりに突然過ぎて何の対応もできなかった私は成す術もなくタオルに覆われて、どころかその勢いに負けて後ろに倒れてしまう。
「私もだけど、女の子がこんなに汗かいたままは問題よね。だからまずはシャワー。先にどうぞ?」
「ぷふ…!さ、朔間ちゃん!?」
「浴室はこの部屋を出て右側。着替えは私のを適当に着ていいわ。洋服は適当に見繕っておくから」
「あ、えぇ!?」
成す術もなく。
困惑している私を流れるような手つきで立ち上がらせて部屋の外へと押し出し、説明された脱衣所へと連れていかれる。
「タオルもアカスリも好きに使っていいから。それじゃあごゆっくり」
「は、はい……?」
ガランと、山折りになっていた二つ折りの半透明な扉が閉められる。
扉越しに見えるシルエットの朔間ちゃんはすぐに部屋に戻っていってしまって、私は理解が追い付く間もなく一人きりになった。
「……朔間ちゃんって。結構アグレッシブ……?」
とにもかくにも、シャワーを浴びなければならなくなった私は若干の戸惑いを残しつつも服を脱いで浴室へと向かった。
……着替え用の朔間ちゃんの下着を確認してから。
《っは~。こいつは中々マセてやがんな」
「あ、アダルティー………」
ーーーー
無理矢理とは言えあんまりくつろぐのも変だと思って手短にシャワーを終えて。
脱衣所にあったドライヤーを使うのは許可を貰ってないので遠慮して、貸してもらったバスタオルで髪の水分も拭いつつ脱衣所を出る。
…借りた下着は新しくも古くもなさそうな紺の上下。
絶対私は着ないタイプのシースルー系なせいでスースーして全然慣れない……。
《ぶはは!ダメだ!やっぱ痴女じゃねぇか!》
ーーちょっと!!
堪え切れなくなったエンジェルンは私を指差しながらお腹を抱えて笑い出す。
本当はすっごく恥ずかしいんだからやめてよ!
って言うか、なんでこんなにスケスケなのに大事な部分は全然見えないの?魔法?だ、だから朔間ちゃんは進んで着てるの?
……なんて。まさかそんなわけないよね。多分好きなだけだよね……。
知らないだけで下着の技術って進んでるんだなぁ……朔間ちゃんと同じで。
私も、もう少し頑張った方がいいのかな……。
《まぁ、クマとかウサギはねぇわな。流石にちょっと引いたぜ?》
ーーう、うるさい!!
エンジェルンに出会った日にお風呂で言われた事と全く同じ事を言われて尚更顔が赤くなってしまう。
だって仕方ないじゃん。可愛いんだから。
「ホントに…もう……!」
私を茶化したいだけのエンジェルンとこれ以上話していても意味が無い。
そう思って一度深呼吸をして心を落ち着けた後に朔間ちゃんが待ってる部屋の扉を開ける。
「さ、先に戴きました…」
下着を貸してもらっているのになんとなく身体を両腕で隠しながら部屋に入るのは許して欲しい。
「……あれ?」
恥ずかしくて俯いていた私は…友達かって言うとよく分からない関係とは言えさっきの雰囲気的に返事があるんじゃないかな~と思って話しかけながら部屋に入った。
でも、返事らしい返事は全然なくて、それで少しずつ顔を上げてみたら。
「さ、朔間ちゃん!?」
なんでか朔間ちゃんは部屋の真ん中辺りでどっ、土下座の姿勢で私の方を向いてた!?
「本当に、ごめんなさい」
「や、やめてよ!!どうして急に!?」
それまでの恥ずかしさとかが全部どこかにいってしまった私は突き動かされるままに朔間ちゃんに駆け寄る。
それで何とか土下座を辞めてもらうために身体を持ち上げようとするけど朔間ちゃんは全身に力を入れてそれを拒んだ。
「私は……とんでもない思い込みをしていた…!」
「だ、だからって土下座だなんて……!!」
「私は、私の思う正義に酔ってたの…。マジカルンに子細な話を求めず、自分で多角的な情報の精査を行わず、独断と一方的な思い込みで二人に敵対した………!」
姿勢を少しも崩さず、迷いの無い真っ直ぐな言葉で朔間ちゃんは謝罪の言葉を口にする。
「あまつさえ私は、二人を殺そうと……!それどころか血の通っていない冷酷な暴言を幾つも吐いてしまった!!あ……悪魔とさえ……!」
涙で、震えている声だった。
シャワーを借りる前に聞いた……ううん、戦ってる時や学校で聞いていたあの澄んだ声とは似ても似つかないくらい上擦った酷い声だ。
「ほ、本当にやめてよ……。そんな事してもらっても嬉しくとも何ともないから……。ね…?」
「いいえ。それじゃ私の気が収まらない!それこそ口汚く罵ってもらうくらいされなければ駄目。君にはその権利がある!」
「だからそんなのは…」
朔間ちゃんは半ば我を忘れたような勢いで[自分を責めて欲しい]と私に言葉を向ける。
確かに、今日までの出来事はきっと朔間ちゃんが口にした通りの事実があったから起きてしまった問題なんだとは思う。
だけど、だからって土下座なんかされても嬉しくなんかない。
「お願い…。そうでもしてもらわないと私の気が晴れない……!とても、君達に顔向けできないの……!!」
なのに朔間ちゃんは言葉を紡げば紡ぐ程、ただでさえ深く…それこそ床にぴったりくっ付くくらい下げられている頭を尚の事深く下げていく。
《……こいつ、まるで反省してねぇな》
そんなひたすらに土下座行う朔間ちゃんを見ていたエンジェルンは呆れたように鼻で笑った。
ーーそ、そんな事は無いと思うけど……。でも、だからってこれは…
《っは。何言ってんだ。思い込みがどうので謝ってるのにお前がやめろって言っても聞く耳持たねぇじゃねぇか。結局酔ってやがるんだよ、てめぇん中の正義ってヤツに。未だにな》
ーーえ、エンジェルン、確かにそうなのかもしれないけどそんな言い方しちゃ駄目だよ。
《知るか。マジカルンに何を見せられたんだが知らねぇが根本を理解してねぇんじゃ全く意味ねぇ。許すもクソもあるかよ》
私がどうなだめようともエンジェルンは意見を変えない。
それどころか、何も言わずにそっぽを向いてしまう。
ーーエンジェルン……。
だけど、朔間ちゃんの態度が気に入らないからって謝っている人から顔を背けるのは違うと思う。でも、エンジェルンはなんて話しかけてもこっちを向いてくれそうには無い。
だとしたら、私だけでも彼女の思いを受け止めてあげなげないと駄目だ。じゃないと朔間ちゃんはこのままの体勢でいつまでもいそうな気がする。
………でも、どうしてこんなに急に態度が変わったんだろう。
私がシャワーを浴びる前はもっと友達と接するみたいな感じだったのに、せいぜい十数分くらいで何が……?
「……あ」
そ、そうだ。エンジェルンが言ってた。
『マジカルンに何を見せられたのか』って。
きっとそれだ。私は戦っている時に視たあの映像のどれかか、私も見ていない何かを見せられたのかもしれない。
だとすればこれだけの変化も納得出来る。…あの映像はそのくらい強烈だから。
「ね、ねぇ、朔間ちゃん」
「…はい」
「何を……見せてもらったの?」
「!!!!」
一切姿勢を変えてくれない朔間ちゃんに問い掛けて、顔は見えなかったけど私の言葉に顔色を変えたのが分かった。
それ程、朔間ちゃんの見た映像は衝撃的だったんだ。雰囲気や空気の流れで顔色が分かってしまうくらい衝撃的な何かだったんだ。
「………奴らが、自分達の子供を魔法で爆弾に変えて魔法少女達に突撃させた時の映像だった」
「…え?」
朔間ちゃんの答えに返事をすぐに返せなかった。
私はそこまでの酷い映像は見ていなかったから。
《チッ。野郎》
心の中のエンジェルンが明確な怒りをもって舌打ちをする。
どうしてーー。なんて、聞くつもりは無い。だって多分……ううん、きっと。エンジェルン達が経験した戦いの中で一番残酷な内容に違いないから。
それを私と一歳しか変わらない朔間ちゃんに見せるというのがどんなに酷なのかくらい頭の悪い私でも分かるから。
だからエンジェルンの提案にはすぐに頷いた。
《おい相棒。入れ替わってくれ》
ーーうん。交換、お願い。
主導権をエンジェルンにわたす。
「おい、アリファ」
「…エンジェルン。ごめんなさい。この通り。勿論、許してと言うつもりは……」
「うるせぇ。土下座なんざクソの役にも立たねぇだろが。とっととツラ上げろ」
あまりに強い言葉だとは思った。
でも、今の朔間ちゃんはそのくらい強い言葉じゃないと姿勢を変えてくれないのも事実だと同時に感じてる。だからと咎めたりはしない。
「いいえ、そういうわけには……」
「聞こえなかったのか?…あぁ、それとも何か。もっぺん俺を怒らせてぇとか、そういう魂胆なのか?だったら乗ってやっても」
「そ、そんな!決してそんなつもりは…!」
「じゃあツラ上げろ。いつまでもテメェの正義に酔ってんじゃねぇ。見苦しい。真実から遠い謝罪に価値はねぇんだよ」
「ごっ……ごめん、なさい」
エンジェルンの言葉におびえた様子を見せながらだったけど朔間ちゃんは顔を上げる。
…ただ、その顔は直視できないくらい涙でぐしゃぐしゃになっていて……エンジェルンの心が締め付けられたのを感じた。
「…チッ。まぁしゃあねぇか。あんなもん見せられて、その上お前が俺らに敵対してた理由はガギ共に対する怒りからの行為ときた。無理もねぇ」
言葉は乱暴だけどさっきまでに比べたら全然強くない声色でエンジェルンに指摘された朔間ちゃんは一瞬だけ目を見開くと小さく頬を上げる。
涙で濡れた自虐的な笑みだ。とてもじゃないけど、見ていたくない。
「……そうね。確かに、偉そうな口を利いていたわね」
「あぁ、そうだな」
「滑稽ね。知らなかったとはいえ生徒が教師に授業を付けるだなんて」
「…否定はしねぇがな」
一言ごとに……考えるまでも無く朔間ちゃんの顔が自分自身の言葉で曇っていく。
本当なら羨ましくなるはずの綺麗な顔が、むしろそのせいで、より一層残酷に見えてる。
「……私は、どうすればいいの」
「あぁ?」
「私は、どうすれば償えるの……?」
絞り出すような声で。もう、姿勢を保つ力すら湧かない彼女は背を丸めて、何とか顔が下を向かないように私達を見上げながら言う。
「何を、すれば……」
無力感と切望に満ちてしまっている朔間ちゃんの顔は胸を締め付けてくる。
「ざけんな。そのっくれぇテメェで考えろ。なんのための脳みそだ」
だけどエンジェルンは僅かの間もなく真っ向から拒否した。
答えをくれるはずだと懇願していた相手に取り付く島もなく一蹴された朔間ちゃんの顔からは一瞬で色んな感情が消えしまう。
でもすぐにエンジェルンの言葉を飲み込んで理解すると瞳の奥を激しく潤ませながらはにかんだ。
「……返す言葉も無い」
聞くに堪えなかった。
上擦りやえづくような音は何も聞こえなかったけど、許しすらも拒否された今、泣く事すらできないんだと朔間ちゃんが理解したのが私にも分かってしまったから。
それを『違う』と言えるのは私達だけ。許せるのは私達だけだ。
だけどエンジェルンは酷い物言いで突き放した。
彼女の発言が目に見えて辛辣なモノだったのは分かってる。
本当に本心から言っているんだったらそれこそ咎めたりもする。でも『過ちを正すのは自分だけだ』なんて心の声が聞こえたから何も言えなかった。
「少し、時間を貰えないかしら」
エンジェルンの意図を朔間ちゃんが察せたのかは分からない。
「…くれてやってもいいがどうすんだよ」
「マジカルンと考えたい」
だけど朔間ちゃんの目の奥には苦しみ以外の何か決意じみた意思が見えた気がした。
「ま、それが無難だわな。構わねぇか?相棒」
《うん、大丈夫。……待ってるから》
「待ってるだとよ」
「………ありがとう。二人とも」
私達の答えを聞き、もう一度頭を下げた朔間ちゃんは僅かに身体を震わせながら感謝を口にする。
それからほんの少しだけ間があって、気持ちの整理が付いたのか朔間ちゃんはゆっくりと立ち上ると両手首や腕で涙を拭いながら微笑む。
「…もう、時間も時間だから帰った方がいいかもしれないわね」
言いながら立ち上がり、壁に掛けてある針時計に視線を移した朔間ちゃん。
エンジェルンはそれに倣って立ち上がり、私と同じくらいのタイミングで時計を見た。
確かに時間はもう一時を過ぎて十分くらい経ってる。そろそろ帰らないと家を抜け出したのがお父さんとお母さんにバレるかもしれない。
「一時過ぎか。確かにいい時間だな。…帰るか?」
《うん。明日も学校だしね…》
これ以上今の話題は続けるべきじゃない。そう思って冗談気味に学校って単語を出してみる。
するとさっきまであんなに現実味の無かった出来事でいっぱいだった頭の中が一瞬で塗り替わっていくのが分かった。
「あぁ!?お前あんだけ殺り合ったのに学校行くのかよ!」
《そ、そりゃあ!私だっていやだけど……。変に休むとお父さんとお母さんに不思議がられるし…》
「つ、つったてよ、お前なぁ…」
《だって……》
驚かれて、渋られても私は頑なに頷く。
そう、さっきまでにあれだけの事があってすぐの話だ。なのに今は明日学校に行くのが良いとか悪いとかそんな話が出来てる。
死にかけて、殺しかけて……。普通ならあり得ない出来事をした後に、ごく普通の話が出来てる。それを思えば充分だと思う。
今日という一日の終わりはそれで充分過ぎる程完成されてると思う。
「お前なぁ……。マジで能天気かよ。やる事はまだあるんだぜ?」
呆れて出てくるため息を隠す気も無いエンジェルンにちょっと嫌味っぽく言われてウッとなる。
《そうだけど……ね。良いんじゃないかな?気持ちが持たないし……》
分かってる。エンジェルンが言うようにゆっくりしてる余裕なんてない。
朔間ちゃんが分かってくれた今、悪い人達の張っている結界の魔力の供給源が消えた事になるはず。だとしたら悪い人達はいよいよ本腰になって私達を……少なくとも朔間ちゃんとマジカルンを探し始めるだろうし、そうなったら今度こそこの町が大変な事になるかもしれない。
なんて、なんて事は分かってるけど。いつこの戦いが終わるか分からない以上毎日仮病で欠席なんてわけにもいかないし、もしも欠席した時にお父さんかお母さんかに先生から電話が着て学校にも行ってない事がバレたらパトロールなんて言ってられなくなっちゃうかもしれない。
[バレないように日常生活を送らないといけない]今、先を急いだせいで身動きが取れなくなるのは避けないと駄目だ。
「……まぁ、いつまでも気ぃ張ってるわけにもいかねぇのはそうか」
私の考えが伝わったエンジェルンは少し不服気味にだけど納得して頷いてくれる。
《……後は、朔間ちゃんと友達になれれば、かな》
その後に、不意にそんな想いが口から漏れ出た。
「あぁ!?おま、こいつと仲良くするつもりなのかよ!!」
《だ、だって!同じ学校だし……。顔合わせた時に気まずくなるの嫌だし……》
自分で言ったくせに驚いて、だけど納得っていうかすっきりっていうかしてる自分もいて。少しだけ心が軽くなる。
「っは。お人好しも大概だな。そーいうのは相手見て選べよ。友情っつーのはタダじゃねぇんだからよ」
《な!最初に親友になれって言ったのはエンジェルンでしょ!?》
自分でもよく分からないまま色々エンジェルンに反論してたらいつの間にか少しムキになってる私がいる。
「忘れたね、そんな事。バァカ」
《!?》
誤解が解けて和解したといってもついさっきまで殺し合いをしていた相手と友達になりたいなんておかしな話だとは思う。おかしな話だとは思うけど、自分でももうどうにもできない。
私はもう、朔間ちゃんと友達になりたいって思ってる。
男の子みたいに『ケンカをしたから』なんていう意味の分からない理屈なのかもしれない。
…だけど。
「けど、だとしたら交換だ」
《自分の口できっちり言いな》
「……うん」
自分に主導権の移った身体で、私達の会話を見守っていた朔間ちゃんの肩に手を置いた。
「……気にしなくて平気だから。これ以上君に迷惑を掛けたくない」
「違うよ、朔間ちゃん」
そう言って。
言葉を続けようとして………心が、詰まった。
「私は…」
本当に口にしていいのか。[それ]が何を意味するのか私は分かっているんだろうか。……って。
私は、私がされた事は許せる。すごく痛かったし本当に死んじゃうかもと思ったけど、生きているんだから責めたって何の意味も無い。
エンジェルンだって…怒ってはいるけど絶対に許せないとは少しも思ってない。
だけど、結果として朔間ちゃんがこの幾つかの町にした事は私一人が許していい事なの?
そして許すって事は、私も同じ罪を背負うって事になるんじゃないの?
それを私は本当に分かって……?
「……うん。無理はしなくて大丈夫。無知の罪を背負うのは無知な人間だけであるべきだから。君には背負わせない」
耽っていた思考から現実に戻った時、私の手は朔間ちゃんの肩から離れてた。
ずり落ちたわけじゃない。朔間ちゃんが、自分で離したんだ。
「さ、朔間ちゃ」
「さ。もう時間だから」
声をかけようとして……だけどもう、朔間ちゃんは私の背に回って空から入って来た時の窓まで押している。
「わ、私は……。私は!」
「大丈夫!」
ひとりでに開いた窓の外。ベランダに片足が押し出される。
満天の星も、輝く月も、確かに目に入ったのに[そんな背景がある]以上の事柄が何もない。
今はただ、もう片方の足が部屋の外に行かないようにする事だけが頭にいっぱいで。
「少しでも……思い付きでもそう思ってくれて、ありがとう」
「ち、ちがっ!」
「また、学校で」
なのに押し出されてしまった私は、振り向いたのにもう……!
「さ、朔間ちゃ……!!」
たった一枚の窓ガラスとカーテンに全部、全部………!
「私は……私は…。……悪魔だ」
膝から下の感覚が消える。
怪我をしないようにって本能的に出た両手が窓ガラスを伝って擦れた音を響かせる。
「何で……!思い付きなんかじゃないのに!どうして……!」
《いいや。立派だった。お前はお前を誇れ。その思考は事実を正しく認識してなきゃ出てこねぇんだ》
「そんなの!!」
分かっててもエンジェルンにあたってしまう。
きっと慰めてくれているだけなのに、私は……。
私は、こんなにも。
……愚かだ。
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