第6話 私は臆病だけど。一緒なら。

……うん。多分世界中の人が同じ状況になったら私と同じ事を言うと思う。

 「まぁ変身だしな。髪型もちげぇし 部屋にある姿鏡の前にエンジェルンが立ってる。

だから私はより詳細に格好をーーううん、魔法少女姿を、見る事が出来た。

クロスしたバックルが幾つも付いたゴシック風のロングブーツと黒いタイツ。

アシンメトリーにあしらわれた前と後ろで丈の長さが違うスカートとそこから覗くホットパンツ。

対に分かれた鋭い裾のワイシャツ風の服はタイリボンが胸元に添えられていて、肩から肘に近づくにつれて緩やかに袖が膨らんでる半袖。

そして右手にはトゲトゲの付いた手袋のようなのを嵌め、左手にはリストバンド風に巻かれたチェーンと普通の黒い手袋。

更に言えば、釘みたいな見た目のバッテンの髪飾りが右の前髪に付けてある。

それらは桃に近い赤色を基調に統一されていて、見た目以上に可愛らしい雰囲気があった。

…………でもそれだけじゃない。

大きく変わっていたのは服装だけじゃなくて、ただでさえ主導権が変ると見た目が変っていたのに今度は胸まで大きくなっていた。

元々私はB……Aカップなのに、今はE~Fくらいはある。

 《も、もう、私じゃないよね……これ?》

じっくりと鏡で自分の姿を見て最初に出てきた感想はそれだった。

、変わってないのは性別くらいか?」

 《乗っ取られたぁ!?》

意識体だけどその場に膝を付いて涙目になる。

これが、これが本当の意味で魔法少女に変身した時の姿……?

エンジェルンが今考えている通り、万全に戦えるために私の身体を主軸として再構築された身体と服装……?

 「ま、そこに関しては俺の憶測だけどな。ミヨん時はもっと落ち着いた色で機能性だけを追求してたぜ」

 《そんなのどっちでもいいよ!なんで、こんな……》

魔法っていうのはどこまでも人の考えを超えてくる。

だって再構築とか意味分からない。全てのモノは原子の結びつきで出来てるのは知ってるけど、分解して再構築してなんて事が出来ないから瞬間移動とかタイムスリップとかできないんじゃないの!?

 「そりゃアレだ。原子に魔力で形状を記憶させたり上書きしたりしてだな……」 

 《だから!どっちでもいいの!!そこは!!意味が分からないのは変わらないんだから!!》

焦って混乱してる私なんかと違って冷静なエンジェルンは補足のように教えてくれるけど説明してもらったってなんにも分からない。

………だけど、どんなに叫んで混乱しても現実は変わらない。

変ら、ない。

 《う、うぅ……。なんで、こんな事に……》

 「な、泣くなよ相棒。これからその説明してやっから」

 《……うん》

思考力のキャパシティを完全にオーバーした私は感情が追い付かなくなって涙を流してしまう。

それをエンジェルンは少しだけ慌てた様子でなだめて、変身した理由を教えてくれた。

 「ここ一週間で俺達が片付けたもめごとは今日のも含めて五十件を超えてる。それが異常なのは分かるよな?」

 《うん…。殆どスラムだと思う》

 「…スラムってのはよく分かんねぇが、異常は異常だ。どう可愛く見積もっても常軌を逸してる。そんな異常事態を、人為的に引き起こせるのは何だと思う?」

 《………犯罪、組織とか?》

 「正解だ。だが普通の犯罪組織が一週間もかけるような回りくどい方法で事を起こすとは思えねぇ。……ってなるとだ。なんか引っかかんねぇか?」

そんな風に聞かれて自然に首が傾く。

引っかかる…っていうのはつまりさっきのエンジェルンの話を聞いて何を思ったのかって事だし……。

 《…………。…!みんな、普通の人だった!》

ほんの少し話を思い出し、一緒に今日までの事件を思い出して、総合して考えて出た推測はそれだった。

確かに、言われてみればここ一週間のもめごとは全部一般の人……もっと細かく言うなら、学生や主婦や仕事帰りっぽいおじさんに高齢者だけ。

所謂ヤの付く人とか指名手配犯、いかにもな見た目の人はいなくて、いいところが不良だった。

そんな人達を使って犯罪を起こそうとする組織なんか聞いた事無い。

 「そうだ。そりゃあ本気でデカい組織が動いてんなら一人二人が一般人に扮装してってのも考えられるかも知れねぇが、五十ってなると流石に無茶苦茶だ。この短期間ってのも考えりゃほころびが出てねぇのもおかしい」

 《私もそう思う。犯罪組織に詳しいわけじゃないけどドラマとか映画でも聞いた事無いもん》

 「そりゃそうだろうな。なにせあまりに現実味がねぇ。……だが、そんな無茶苦茶を引き起こす方法があるとしたら?」

何処か誘導染みた会話の最後。エンジェルンは僅かに強くなった語調で私に質問した。

そしてその答えは、さっきのように考えるまでも無く分かった。

 《…ま、まさか!?》

 「御名答。魔法だ」

それは今の私にとっては最も近くにある異常の存在。

だけど、私にとっての魔法はエンジェルンが使ってくれたモノだけで[誰かに害を与えるナニカ]だとは少しも思っていなかった。

 《そ、そんな事って本当に出来るの?》

私達の考えを否定して欲しくてそう聞いてたけど、望みとは裏腹にエンジェルンはすぐに頷く。

 「催眠魔法ってのがある。が、これはどんな大魔法使いでも一度に操れてせいぜいが五、六人。今回の話にゃ出番はねぇ。だが、大多数を操れる手段そのモノってなると二つだけあるんだ」

 《そ、それって……?》

 「一つは禁忌とされる手段で永続的な催眠を掛けて結果的に複数人を配下に置く方法。もう一つは、強力で絶大な魔力源を礎に区画丸ごとを包む結界を張って最終的に結界内の全員を操る方法だ」

何処か含みのある言い方をしてエンジェルンは私の表情を伺うようにして心を向けてくる。

すごく、冷たい感触だった。

何かにーーきっとその含みのある部分にーー強い憤りを感じていて、怒りが頂点で固定されてる。……そんな冷たさだった。

 「どっちもかなり時間がかかるが、前者は準備期間が、後者は結果が出るまでが長い。…んだが、後者の区画ごとってのは結界と魔力源さえどうにかしちまえば後は維持させるだけで寝てる間に事が進むんだよ。……少しずつ進行していくこのカンジが今回の件にムカつくくらい一致してると思わねぇか?」

同意というよりも意見を求めるような問いかけだった。

そこには少しの嘘も無い怒りと……落胆の感情が纏われている。

 《で、でも、その魔力源ってすごいのが必要なんだよね?ど、どうやって用意するの…?》

今日までに彼女が怒ったような口調になるのは何度も見て来たけど、ここまで露骨に感情を漏らしているのは初めてだ。

私に向けられた憤りじゃないのは分かってる。でも、それでも私はエンジェルンの感情を直接浴びているせいで怯えた口調になってしまった。

だからエンジェルンは少し落ち着いてから目星を口にした。

 「ステッキだ」

 《す、ステッ……?》

答えを聞いて最初に私が想像したのはジェントルマンが持つようなステッキだった。

でもそれをエンジェルンは首を振って否定して、だからすぐに想像が付いた。

そのステッキは、私とエンジェルンが出会った時に使った魔法のステッキの事だと。

 「ああ。そもそも魔法のステッキは本来俺とは別にあと三つある。そのうちのどれかが、なんらかの理由でこっちの世界に残っていたままで、そして利用されている。……或いは、考えたくはねぇがテメェの意志でこんな大それた計画を実行している」

 《じゃ、じゃあ。じゃあ!!》

嫌な予感が頭を過った。

……けれどそれは私の感じた予感ではなくて、エンジェルンの考えで。

 「ああ。十中八九、戦う」

 《そ、そんな……!》

絶対に私には出来ないと、最初に否定した行為だった。

 「魔法少女同士の戦いなんて一回こっきりだ。しかもロクなモンじゃなかった。……島が一つ消えるかもしれなかったからな」

 《ま、待ってよ!それじゃおばあちゃんはそんな戦いをしたの!?》

エンジェルンの言葉と同時に過ったナニカの映像。

そのナニカはまるでアクション映画のような激しさがあって……何よりエンジェルンの言った『島が一つ消えるかもしれなかった』という言葉が、以前聞いたおばあちゃんの話と一致していて。

……とても、嫌な想像をしてしまった。その[魔法少女との戦い]をしたのが、おばあちゃんだったのかもしれないと。

 「ああ。前に話したよな?島を消す原因に成り得た張本人の一人がミヨだったって。…つっても、アレで消えたとしても不可抗力だったろうけどな」 

 《そ、そんな……!》

エンジェルンが少しだけ教えてくれたかつての魔法少女の戦い。

その口ぶりは決して誇張や比喩表現なんかじゃなくて。

むしろ、真実をありのままに話したくても状況が苛烈過ぎて説明できない。そんな感じの話し方だったのを覚えている。

だけど[島の消失]と[魔法少女同士の戦い]がイコールだったとは教えてくれなかった。

教えて……くれなかった……。

 「……なんにせよだ。本当に他の魔法少女や魔法を知る誰かが俺の予想通りここら辺の町の人間を操ろうとしているんだとしたら戦いは絶対に避けられねぇ。そんでもって相手がこれだけ大掛かりにやってるんだ、どれだけの規模で被害が出るか想像もつかねぇ」

それ以上聞きたくなかった。

だってこれ以上話を聞けば私は間違いなく片足を踏み込んでしまう。

後戻りのできない世界に。

私にはきっとできないだろう戦いの世界に。

 「いいから聞け。俺はこれでもリアリストのつもりだ。極論人間は自分の無事のためにしか動けねぇし、動かねぇ。だからお前が嫌だと言うのは分かるし、言うなと言うつもりもねぇ」

 《だったら!》

エンジェルンの言葉を遮るように喉から声が出てくる。

それだけ、嫌だった。

無意識にエンジェルンの言葉をまるっきり否定してしまいそうになるくらい戦うのが嫌だった。

だって怖い。

友達すら作れない私が、誰かのために戦うなんて出来る訳が無い。自分のために自分を動かす事も出来ない人間が見ず知らずの誰かを助けるために命を懸けられるわけがない。

確かにお父さんもお母さんもこの町にはいるけど、だったら別の町に……それこそ別の県にあるお父さんの実家に少しの間だけ帰ってもらうように説得すればいい。

なんて……なんてすらすらと言い訳が出てきてしまうんだろう。

私はこんなにも卑怯で臆病で自分の事しか考えられない……こんな、知らない人の命がたくさん奪われるかもしれないのにそんな人達の平和を少しも考えられない排他的な人間なんだよ…?

なのに、戦えるわけが無い!

闘える訳が無いんだよ……。

だから……だから………!

 「だから最後まで話を聞けっつってんだろ」

 《!?》

ほんの一瞬、頭を小突かれたような痛みが走った。

ど、どういう事?

今の私って意識体だから実体が無いんじゃ……?

 「ちょっとした応用だ。そのうちお前にもできる。ってのはどーだっていい」

エンジェルンの言葉が終わると同じくらいにもう一度頭を小突かれる。

 「誰もお前の事を責めたりしねぇんだよ。普通はそうなんだよ。だから別にお前は卑怯でも臆病でも自己中心的でも、まして排他的な人間でもねぇ」

 《でも、だけどっ!》 

 「だから!!!」

とめどなく溢れてくる私の言葉を、エンジェルンは強く大きな声で制する。

そして口にした。

 「だから、お前は俺に身体を貸せ。全部俺が終わらせてやる」

私が塞ぎ込んでいたとしても関係の無い解決法を。

 「俺はお前ら人間を護るために作られた存在だ。……つっても別次元の人間だがな。だが!同じ人間に代わりねぇ。だからくれてやるんだよ。人間じゃできねぇ無償の正義ってやつを。そのために俺に身体を貸せ、相棒」

エンジェルンの言葉は力強かった。

それまでの鬱屈していた私の気持ちすら晴らすような。そんな力を持った言葉だった。

それと同時に、やっと分かった。

エンジェルンの優しさの秘密を。

彼女は見返りも無く人間を救うために行動できる存在だったんだと、彼女の発言からようやく理解する事が出来た。

でもそれは決して誰かに教え込まれたとか、そういう機械的な思考からきてるモノでもないんだって分かる。

だってもしもそうだとしたらこんなに怖くて混乱していた私をたった一言で前に向き直す事なんて出来ない。

…………なら。私は。

 《…エンジェルン》

 「あぁ?」

呼びかけて、彼女は笑う。

 「答えはいらねぇぜ。もう知ってる」

 《……そっか。そうだよね。わざわざ言う必要、無いんだよね》

 「厄介な事に全部解っちまうからな」

エンジェルンの言葉に小さく笑って感覚だけしかない手を握りしめて拳を作る。

……戦う。私も、エンジェルンと一緒に戦う。

きっと怯えているだけだと思うけど、それでも彼女の隣で一緒に戦う。

彼女のようになりたいから。

誰かを助けるために本心から行動できる強さと、誰かのために戦える本当の優しさを知りたいから。

 「……つー事でだ。これからはちっとハードに行くぜ。弱音吐くなよ?」

 《分かってる。……けど、出来ればお手柔らかにね……?》

不敵に微笑むエンジェルンに返せたのはどこまでも情けない返事だったけど、でも。

……私は。




to be next story.

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