第5話  信頼はしてるけど流石に最初に言ってほしかったかな!?

 その日は明らかに異常だった。

勿論、今日に至るまでの数日間もおかしかったけど、今日は特にだった。

学校に行くまでに六件。学校が終わって家に帰るまでの間に十件。

一つ一つの規模はまばらだけどどれも軽犯罪と呼べる出来事で。

だけど、その日最後の一件は明らかに。

 ーー……強盗、だよな。これ。

 《う、うん……。本当に、起きる事なんだ……》

どんなに好意的に受け取ろうとしても絶対に許されない犯罪だった。

 ーーなぁ、相棒。

 《やめて……って言ってもやめないもんね。良いよ。大丈夫だって知ってるから》

先週少年を助けた商店街の端にあるコンビニ店。その少し離れた位置から私達が覗き見たのは目深にフードを被り、大きめのマスクで顔の殆どを隠した誰かが店員の男の人に包丁を向けている姿。

そんな場面を見てしまえばエンジェルンが黙っていられるわけがない。だからこの後の事は任せるつもりでエンジェルンに返事を返したんだけど、今回は少しだけ事情が違うみたいだった。

 ーーそう言ってくれてありがとよ。…じゃあ信頼ついでに、俺がこの後する事には目を瞑ってくれるか?

 《目をつむ……まさか!!》

 ーーバッカ!殺すわけねェだろ!!ただ、普段とは手法を変えるって言ってんだ。

 《な、ならいいけど……でも、何でそんな事を……?》

 ーーそりゃ当然、変身すっからだっよ。

 《へ、変し……?》

一瞬意味が分からず聞き返そうとした時、彼女は『言質は取ったからな』と言って、胸に手を当てる。

それとほぼ同時に何か不可思議な感覚が襲ってきて……!?

 《な、なに!?目の前が急に…!?》

視界が一瞬だけ真っ白くなる。

唐突で異常なそれは、でもまばたきをすると元の視界に戻っていて……。

でも、なんて言うか……明らかに、感覚が変っていた。

 ーーわりぃが鏡を見せてる暇はねぇ。俺自身に余裕がねぇからな。

 《ま、また見た目が変ったの!?》

 ーー話は後だ。久々の臨戦態勢だからな。加減できるか分かんねぇからよ。ちっと真面目にやるぜ。

 《り、りんせん……!!??》

私がエンジェルンに聞き返そうとした時。

視界は再び変わった。

遠目だったコンビニが、目の前にあった。

なのに次の瞬間には店内にいて、気が付くと文字通り目と鼻の先には強盗犯の後頭部が目と鼻の先にあった。

 「おうコラあんちゃん。そりゃ簡単に人をぶっ殺せるシロモンだ。おいたに使える便利なおもちゃじゃねぇんだぜ?」

エンジェルンが何を言っているかよりも、さっきまでの一瞬で何が起きたのかを脳が理解できなかった。

多分、一秒もかからずにエンジェルンはコンビニの外の離れた場所から強盗犯の真後ろにまで移動した。

それが、どうしても理解できなかった。だって私達の人知を超えた移動速度と手段だから。

 「三秒だ。死にたくなかったら三秒数える間に包丁を手離せ。……首の骨は脆弱だからな。余計な事したらどうなるか分かんねぇぜ?」

当時者の私が理解できないんだからいきなり後ろに立たれた強盗犯が理解できるはずが無い。

彼は、いつの間にか真後ろに立って首元に手を回していたエンジェルンに驚き、何故と聞くよりも前に提示された条件が決して冗談ではないと気が付いて息を呑んだ。

 「わ、分かった……!離す、離すからやめてくれ」

 「……一」

 「や、やめろ…!」

私も強盗犯も、意味が分からない中で数えられた数字に嫌な汗を掻いてしまう。

エンジェルンが提示した条件は本気だった。本当に三秒数えるまでの間にナイフを手放さなければ首の骨を折るつもりだ。

確かに強盗は悪質な犯罪だし、法律的な意味でも重い罪を科せられる。だけど、エンジェルンがここまで目の色をか変える程の事とはどうしても思えなかった。

 「……二」

怯えて震えた声を出す彼にエンジェルンは言葉ではなく行動で示せと言わんばかりに一秒を刻み、強盗犯は生殺しのように首元に回された腕から言葉の真実味をより強烈に感じ取ったのかすぐに包丁をカウンターに落とす。

……それで事件の山場は終わりのはず。

なのにエンジェルンは包丁を手離させる時よりも真剣な表情で犯人に問いかけた。

 「いい子だ。……で、あいつらの仲間か。ここら辺の町に何をした」

 《え、エンジェルン……?》

私の声に返事は返ってこない。

聞こえるのは犯人の『知らない』って言葉と『許して』っていう言葉だけ。

初め、エンジェルンはそれを聞いても『しらばっくれるな』としか言わなかったけど、再三の質問をしてもそれ以上の返事が返ってこなかった事に奇妙さを覚えてそれ以上の追及はしなくなる。

 「……分かった。とりあえず信じといてやる。だが、嘘だと分かったらその時は容赦しねぇ。分かったか」

 「は、はい!分かってます!分かってます!二度とこんな事しませんから!!」

 「……良し。おい、店員。ボサッとしてねぇでワリに連絡入れろ。その間に縛っといてやる」

 「あ……!わ、分かりました!」

エンジェルンの言葉にそれまで固まっていた店員さんは事務所の方へと向かう。

その後、店員さんの姿が完全に消えたのを見ると、エンジェルンはどこからともなく長い紐を取り出して手際よく犯人をぐるぐる巻きにした。

 「……まぁこんなところか。おい!俺は帰るからな!首尾よくやれよ!!」

そう店員さんに向って大声を出すと、エンジェルンはカウンターの包丁を拾い上げてぐるぐる巻きの犯人の心臓の真横の床に強く……それこそ先端が突き刺さるくらい強く振り落とす。

…その瞬間に見えたのはエンジェルンの手にはめられた手袋……?のような何か。

 「……さっきのアレ、脅しじゃねぇからな?くれぐれも忘れるなよ」

でもそれは手袋というには頑丈過ぎるように見えて……。どちらかというと剣道とかで使う籠手を薄く下モノに見えなくも無かった。

 ーー……わりぃな。この格好の説明は家でじっくりと、だ。俺自身、まさかこんな疑問を抱えるとは思ってなかったからな。

 《え、エンジェルンが不安……!?そ、それってもしかして……》

 ーーそれも含めてお前の部屋でだ。

事態を眺めるしかできなかった私にそう告げてエンジェルンはコンビニの外へとまばたきのような速さで移動する。

そしてまた目の前が切り替わると足元にはさっきのコンビニがあ……って………??

 「気にすんな。下の奴らは俺を鳥か飛行機だと思うようにしてある。新聞なんかに取り上げられるこたぁねぇよ」

 《い、いやそうじゃなくて……》

立て続けに起きる理解を超えた現実にさっきまで起きていた混乱が過呼吸になりかけて胸元にまでせり上がってくる。

 「……ま、面倒だし単純詠唱でいいか。そこまで鈍ってるとも思えねぇし」

でもそれをここでエンジェルンが取り除いてくれるはずがない。……だって、さっきの話だと答え合わせは私の部屋でする事になっているから。

 「久々に飛ばすぜ、相棒。……【展開】【用意】……感覚戻すなら【閃光】あたりか」

 《え、え、えぇ!?》

エンジェルンが口にしたのは多分呪文か何かだったんだと思う。

だから、ホログラフィック的に、足元から、白光する羽根が幾つも沸き上がってくる。

なんにもないはずの空中なのに。

 「こんな事でいちいち驚くなよ相棒。……下手すりゃ魔力砲だからなぁ」

 《わ……わけわかんないよぉぉぉ……!》

一瞬だけエンジェルンの鋭利な視線が空の先に向けられる。

それに合わせて上空へ緩やかに舞い上がっていた白光色の羽根は速度を静かに増しながらエンジェルンの視界の先へと傾いていく。

でもそれはエンジェルンの踏んでいる空中が下から横になっていったからそう見えただけで。

つまり、それは……。

 「…久々だとやっぱ発動がおせぇな。……飛ぶぜ」

 《え、え……えぇ!?》

深く、膝を曲げたかと思うと勢いよく脚を伸ばして。

ーー飛んだ。

まるで流星を思わせる光の軌跡になって。

 《あ、あははははは。もーわけわかんないや。あははーー》

刃に姿を変えて全身を襲う風。

集束していくように眼前に迫る視界。

そんなエンジェルンに纏わる白光色の羽根達。

それらはきっと一秒も満たないないうちに消えたんだと思う。だって、いつの間にか私の部屋の窓の前に着いていたから。

でも、その時の映像や感覚は暫くのは忘れられそうになかった。

それくらい、異常な瞬間だったから。

でも・・・…もっと異常だと思ったのは。

 《な、ななな……!何この格好!?》

部屋の窓に映ったエンジェルンのーーつまりは私の姿を見て、自分でも知らなかった大声が出る。

だって、それこそアニメに出てくる魔法少女のような可愛らしい格好で、なのにそこはかとなく狂気を感じる装飾品を身に着けていたから。

お世辞にも大きいとは言えなかったはずの私の胸が十倍にも百倍にも大きくなった状態だったから。


to be next story.

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