第4話  過剰防衛っていうのがあるんだけど……。そんな事が言えるのは今だけかもしれない。

 波乱しかなかった学校が終わって放課後。

 《……本当に、約束だからね?》

 「(わーってるって。俺は嘘は吐かねぇ主義なんだ。…冗談は言うけどな)」

 《だから不安なんだよぉ……》

朔間ちゃんの一件で私はエンジェルンと保健室のベッドの上でよく話し合った。

その結論として今後一生学校内やーーバイトをするかもしれないと思ってーー職場とかでは絶対に入れ替わらない事を誓わせて、その代償として放課後から家に帰るまでの時間は私の身体を自由にしてもいいという決まり事を作った。

……土日は応相談だけど。

 「(それよりよぉ。ちょっと思ったんだが)」

 《なに?》

とにもかくにも放課後になったので約束通り主導権を入れ替えてのパトロール中。

 「(なんか、ロクでもねーヤツ多すぎじゃね?)」

エンジェルンは学校の最寄駅から一駅乗ったところにある商店街を歩きながら辺りを見回しながらそんな言葉を漏らした。

 《あ、あはは。私もそう思う》

傍にあったコンビニでお茶を買って、近くのベンチに腰掛けつつそのお茶を口に運ぶエンジェルン。

私もエンジェルンと同じ感想だったので困り笑いを浮かべながら頷いた。

彼女の言う通り、ここに来るまでの間に駅で一人、商店街内のお店で二人迷惑客を撃退してる。

迷惑な人が実際はどのくらいいたら多いとかは分からないけど、場所を移動しながらとは言え大体三十分くらいの間に三人もいるんだろうか。

 「(ミヨの時もいるにはいたが、規模がデカい代わりに数はそんなでも無かったんだよなぁ)」

 《そ、そうなんだ…》

脚を大きく広げて片腕を背もたれに乗せて座りお茶を半分ほど飲み干すエンジェルン。

その様子は格好に違わず疲労しているようだった。

…ちなみにはしたない格好についても口を出すつもりはない。

勿論言いたい事はあるけど、主導権を握っている間の行動にはお互いに口を出さないのも約束の一つだから。

 《意識してみると……って感じじゃない気はするね》

 「(あぁ。こう短時間に三人だとよ、流石に疲れるぜ)」

 《まぁー……うん。毎回毎回あの調子で相手してたらそうだよね…》

初めて私が目撃した時のように徹底した撃退方法を(人や状況によってそれぞれやり方は違うとは言っても)毎回するんだから疲れるのは当たり前だと思う。

…そもそもそのやり方を代えればいいんじゃないかなーなんて思うけど、言っても聞かないんだろうなぁ……。

 「(おう。当たり前だろ。疲れるのは疲れるが行い自体は間違っちゃねぇからな。俺が頑張ればいいだけなら頑張るだろ、当然)」

もう一度お茶を口に運んでからエンジェルンはそう言う。

彼女から感じる心からは大げさな様子も強がっている様子も無い。

……つまり、本心から言っている事になる。

こんなに疲れて、時には嫌な顔だってされるのに、どうして迷わずに出来るんだろう?

 《……行動はともかくだけど、その気持ちはすごいと思う》

 「(っは!なら真似してもいいんだぜ?どうせ俺はお前だ。やってやれねぇ事はねぇ)」

楽しそうに笑いながら茶化すけどすごいと思ってるのは本当だ。

自分の信じた事を一念をもって続けるっていうのは並みの事じゃない。

[友達を作る]。ただそれだけの事も出来ない私にしてみれば、エンジェルンのこの行動力と意思は私の心構えの遥か上に存在する覚悟だと思う。

 「(んな大げさに考えるから駄目なんだよ。毎日風呂入んのと同じなんだよ、継続なんてな。習慣付けちまえばなんだってできるもんさ)」

 《……友達も?》

 「(そりゃまた別の話だなー。相棒はそれ以前の話だぜ)」

 《え、えぇ…。おだてたのに…?》

 「(っは!。んじゃ行くか!)」

エンジェルンは楽しそうに笑い声を上げて話をはぐらかして立ち上がる。

……これも思いつきの行動で、さっきの良い風な話は単に私の事をからかっただけだったんだろうか。

 「(からかっちゃねぇさ。ただ本当に友達を作るってのはな[信じて続ける]って事だけじゃねぇからだ)」

 《じゃあ、何よぉ》

 「(そいつぁ自分で気付かねぇと駄目だわな。第一、言われたからって出来る事でもねぇ)」

コンビニの近くにあるペットボトル用のゴミ箱に飲み終えたお茶を捨てながらまた笑うエンジェルン。

結局は私をからかってる……って感じではないけど、教える気が無いなら言ってもしょうがないんじゃないの……?

 「(バカだなぁ。知らないを知ってると知らないを知らないじゃ天と地の差があるんだぜ?)」

 《……無知の知?》

 「(あぁ?それはしらねーが知らないを知ってると意識が変わる。意識が変わると何が正解なんだろうと探すようになるって事だ。……ほらな?全然違う)」

 《……なんだか分かるような分からないような……?》

 「(あぁ?……あー、ま。理解しなくてもいいか)」

 《えぇ…?じゃあどうしろって言うの?》

ずっと曖昧な言い方をするエンジェルンは話に疲れたのかぶっきらぼうに締めて歩き出す。

結局言いたい事が理解できなくてもどかしいけど、エンジェルンが話を切り上げてしまったのならもう聞く手段は無い。

それともエンジェルンは私に考えさせるためにあえてあんな話の終わらせ方をしたのかな?

……どっちなのかは分からないけど時間も時間だし、帰るように促すだけにして質問するのは別の機会にしよう。

 「(まぁー、そうだなぁ。流石に疲れた……し?)」

 《…どうしたの?》

帰宅を促す会話の途中、急に口を噤んだエンジェルンは商店街の道の中央で足を止める。

どうしたんだろうと思ってエンジェルンと同じ方向に視線を向けるとその先は路地裏で、そして……?

 《か、カツアゲ……!?この時代に!?!?》

学ランを着たいかにもな三人組が、多分同じ学校の生徒なんだろう少年に言い寄っている姿だった。

 「(……おいおい。こんなに発展した世界でこんな原始的な手段で金巻き上げる奴がいんのかよ)」

 《わ、私も驚きだけど……。エンジェルン、悪い事は言わないからあの三人に絡みに行くのは……》

 「(やだ)」

 《だよね……》

もしかしてと思ってやってみた忠告も何のその。エンジェルンは脇目も振らずに裏路地へと向かって歩き出す。

 《……大丈夫かなぁ。この時代にあんな事するって事は何か裏があったりとか……》

 「(知るかよ。だったらそのバックもつぶしゃいい。そのための魔法だ)」

 《魔法少女二日目だけど絶対違うのだけは分かるよ……?》

 「おいコラ」

 《もーー……》

路地裏際に到着しての最初の一言。

それはどう聞きとっても喧嘩を売ってるようにしか聞こえない言葉。

 「あぁ?んだお前」

 「…虹島ぁ?おりこうな進学校様がなんか用か?」

 「こっちは忙しいんだ。逆ナンならメシ種作ってる途中だから待ってな」

だから当然三人の男子生徒は最初から臨戦態勢のような雰囲気でこちらを向き、エンジェルンが女の子だと分かると少しだけ声色を変えつつも睨みだけは利かせる。

 《うわぁ……。返答もなんていうかそのまんまな感じだ…》

 ーーつーかお前の高校賢かったのかよ。なんで馬鹿だなんて言ったんだ?

 《い、今それ!?………勉強しかできないからだよ……》

 ーーはーん?よく分かんねぇな。

それに対してエンジェルンはまるで聞こえていないように振舞って完全に三人を無視した。

そんな鳥肌が立ってもおかしくない状況なのに、そんなに慌てていない私がいた。

もちろん、今が怖くないかと言えば嘘になるんだけど、逸れ以上に『またかぁ…』と思ってる私もいて。

……馴れって怖いんだなと思い知った。

 「おい、話聞いてんのか。邪魔だからどっか行けっつってんだよ」

 「あー、うるせぇうるせぇ。今考え事してんだ。息がくせぇから静かにしてろ」

 「は……あぁ!?」

 《エンジェルン……》

無視されている事に気が付いた一人がエンジェルンに対して強い言葉を浴びせると、彼女はその十倍は強い言葉で応戦する。

そんな事をすれば当然相手の逆鱗に触れるわけで……。

 「おい、こいつ攫うぞ」

 「だな。だいぶ舐めた口利いてくれたからな。お仕置きが必要だわ」

 「ま、どのみち見られてんだから無事だったわけでもねーんだけどよ」

か、かなりマズい雰囲気になっちゃった……!?

 ーーなぁおい。……せいとうぼうえい、だっけか?アレってどうされたら成立するんだ。

 《え、え?確か暴力を振るわれたら……って!エンジェルン!前!!前!!》

状況を理解してないのかエンジェルンはそんなおかしな質問をしてくる。

それと同じくらいのタイミングで三人組の一人が助走を付けながらパンチを……!?

 ーーおーけーおーけ。要は先手取らせりゃ後は何してもいいんだな。

 《は、話してる場合じゃ…っ!!》

なんて慌ててはいても、エンジェルンはなんなくパンチを避けられるんだと思ってた。

でも、実際はそうじゃなかった。

 「はぁ!?イキってたくせにモロかよ!」

 「しかも顔面だからなぁ。かわいそー」

 「あんまりやり過ぎるなよ?どうせヤるなら美人のままだろ、やっぱ」

 「わーってるって!」

鼻筋に走る微かな鈍い痛み……。

入れ替わってるからなのかは分からないけどその痛みは小さくて私でも耐えられるくらいだった。

でも、相手のパンチがエンジェルンの顔の真正面に当たった事に変わりはない。

だとすれば肉体の主導権を持っているエンジェルンの感じる痛みがこんなに弱いはずない。

 《え、エンジェルン!?大丈夫!?!?》

 ーーガタガタ騒ぐな。

 《!?》

私なんかよりもっと痛いハズだと思って声をかけると強い言葉と冷静な口調で制される。

たったそれだけで私は次に続く言葉が出てこなくなってしまった。

 「おうコラ腐れガキ共。ヤるだヤんねぇだ喧しいんだよボケ。この俺がテメェら三下に本気で負けると思ってんのか?あぁ??」

 「はっ!まだイキがれるんか。根性だけはいっちょ前か?」

 「だったら嘘かどうか教えてやるよクソボケが」

エンジェルンが三人組を挑発した瞬間だった。

 「あ……?」

最初にパンチをしてきた男の子の頭にエンジェルンの左拳が振り落とされたのは。

 「は、はぁ!?」

 「なん……!?」

拳の風圧でエンジェルンの髪が大きく揺れる。

その少し後に攻撃の音と風の音がコンクリートの破片と共に辺りに飛び散った。

何故なら、その殴られた男の子が足首の辺りまで地面にめり込んだから。

だけどエンジェルンはたったの一度もまばたきをせず。大きく吊り上げた口と微笑んだような目元を一つも崩さなかった。

それは、まるで鬼神のような。そんな、威圧感と恐ろしさがあった。

 「て、テメェ!!」

 「なにしてくれてんだ!!」

 「先にやったのはテメェらだ!」

仲間がやられた二人は同時にエンジェルンに攻撃をしてくる。

でも、その拳はどっちも届く事は無かった。

それよりも早く、二人の頭にエンジェルンの拳が振り落とされたから。

 「……ったく。これに懲りたらもうちっとまっとうに金稼ぐんだな。タコ助共」

感覚で言ってしまえばそれこそ一瞬の出来事だった。

エンジェルンは三人の男子生徒をたった一撃でーー立った状態でめり込んではいるけどーー倒してしまった。

 「あ、あの!」

 「……あん?そういやいるの忘れてたわ」

そうして、彼女はカツアゲをされていた少年を助けた。

 「あの、ありがとうございまっ!?」

 「テメーにも拳骨だ。バカタレ」

 《え、えぇ!?》

はずなのに、何故か強めのゲンコツを少年の頭に落とした!?

 「い、痛い……!」

 「ああ。いてぇだろ。それがさっき俺の受けた一発だ」

 「……!」

そんな意味不明な事を言ってエンジェルンは少年の頭に手を置く。

 「けど、ここにはお前の代わりに殴られてやった俺の痛みしかねぇ。……どういう事か分かるか?」

 《ちょっと!?エンジェルン!!》

 「わ、分かりません……」

尚も意味不明な発言を続けるエンジェルン。

そのせいで少年は眼元に涙を浮かべて俯いてしまってる。

 「なら教えてやる。もし仮にさっき金を取られてたとする。そしたらその金を得るためにしたこれまでの行動が、或いはくれた人の優しさが、無駄になるんだ。こんなしょーもねぇゴミ馬鹿共のせいで、お前の大切が穢されてたんだ。それを、お前は理解してたか?」

 「それは……。いいえ」

 「ああそうだ。お前は理解してなかった。だからもしあのままお前を返してたら元の木阿弥。同じ目に遭ってまた泣いて、誰かが助けるのを待つだけだった。……違うか?」

 「……分かんないです。…でも僕、今までも何回もあの人達にお金取られてたから。多分、そうだったと思います」

 「…そうか。ならなおの事だな」

言って、エンジェルンは少年の頭の上に乗せたままだった右手で何度か撫でる。

 「いいか?二度とこんな奴らに舐められるな。付け入ってくる野郎がいっっち番悪いのはそうだが、付け入られるような素振りを見せてるのもわりぃんだ。金目のある家の玄関がこれ見よがしに開けっぱだったら盗まれたって文句言えねぇのと一緒だ。……だから」

 「……だから?」

 「そういう奴の目を見て『二度と俺の前に現れるんじゃねぇぞクソ共が!次手を出してみろ!あらゆる手段でテメェらの人生ぶっ壊してやるからな!!』って、そう言ってやれ」

エンジェルンは少しおどけた様子を交えながらも少年を真剣に想った声色でそう告げる。

 「……はい!!」

それを少年は……どこまで本気にしたのかは分からないけど、ついさっきまでの怯えた瞳の色を輝きに変えてエンジェルンの言葉を受け容れた。

 「おう、いい返事だ。…あ、勿論本当にヤバイ奴らにはそんなこと絶対言うなよ?下手すりゃ家族ごと海の底だからな」

 「は、はい!」

……んだけど、割とすぐに出たアドバイスを否定する言葉に戸惑いながらも少年はもう一度頷いた。

 「……じゃ、帰るわ。お前も気を付けて帰れよ」

言いたい事を言い終え、乗せていた手を降ろしたエンジェルンは立ち上がりながら踵を返す。

  「あ、あの!ありがとうございました!」

その時に少年は深く頭を下げてお礼を口にした。

エンジェルンは少年のお礼を聞いても振り返ったり言葉を返したりはしなかった。

でも、軽く開かれた右手を少しだけ上げて別れのジェスチャーを見せた。

 《…さっきのアドバイスはどうかと思うけどさ》

 ーーあぁ?

裏路地から離れて、さっきまでいたコンビニよりももう少し先まで行ったところでエンジェルンに話しかける。

 《あの子、強くなれると良いね》

 ーーっは。そこまでは知らねぇよ。

なんて、エンジェルンは鼻で笑うけど。

そんな彼女の仕草や言葉に、私はまたエンジェルンの中にある優しさを垣間見た気がして嬉しくなった。

そんな嬉しさを、きっとこれからもこんな風に彼女と過ごしながら感じるのかなってふと思った。

確かにエンジェルンは乱暴だし口は悪いし厄介事に首を出すと手段を選ばずに解決するけど、でも彼女は優しくて、あくまでそんな風になってしまったのはステッキの副作用もあるから私の性格が一因でもあるわけで……。

だから、とにかくエンジェルンの行動の根幹には人を想える優しさがあるんだしこんな毎日もいいのかななんて思った。

だけど。そんな日々はそんなに長くは続かなかった。

……次の週には、もう、何かが違うと気が付いたから。

世界がーーつまりは私が関わっている範囲の全てに何か言いようのない暗がりが近づいている事に気が付いたから。



to be next story.

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