第3話 人の話は最後まで聞こうと思いました。
エンジェルンと出会って一晩が経った。
昨日のお風呂の後、肉体の主導権の入れ替えはエンジェルンの気が済む事で元に戻った。お陰で私は身体の至る所をまさぐられてしまった。
『胸が無さ過ぎる』や『そもそも身体が細過ぎる』や『つーかチビ過ぎじゃね?』と、とにかく散々な言われようの後に『手始めに爆乳にしてやるよ!』と胸を……。
うぅ…。思い出すだけで胸が痛くなってくる。
二度も同じ目に合うのはほんっとうに嫌だったからエンジェルンを問い詰めたところ、正確には肉体の主導権の交代はその時主導権を握っている方が交代を示す言葉を口にし、少しでもその意思があれば成立するらしい。
今後はそれを意識しながら生活しなければならないと強く胸に刻みつつ、任意のタイミングでエンジェルンに言わせるのはそうだけど、私自身が下手をしないと脱衣所の鏡の前で心に誓った。
その後は家族三人で食事をしてすぐに自室に戻った。早くおばあちゃんの話を聞きたかったから。
そうしてようやく昨日……正確に言うと二十四時を回っていたから今日の夜、に教えてもらった話はどれもすごかった。
[百魔滅殺のエレメンター]、[削孔の乙女]、[滅呼者]そして[
どれも魔法少女時代におばあちゃんが背負った二つ名で、実際はそんな言葉では表せないくらいの戦いぶりと戦果を挙げていたんだとか。
エンジェルンの話だと全盛期は島一つを消しかけたくらいらしくて流石に息を呑んだ。
おばあちゃんがそれだけすごい魔法少女だったって事もそうだけど、何より二人の相手していた悪者達がそれだけの存在だったんだとようやく分かったからでもあった。
……本当に、私がその役目に選ばれなくてよかった。きっと何もできずにやられてしまうだろうから。
《…なーなー。前話回想もいいけどよー》
ーー…なに?
今の肉体の主導権は私。だからエンジェルンは心の中で話しかけてくるんだけど、その様子は退屈そのもの。
……まぁ、理由は分かるんだけど。
《なーんでさっきっから読んでもいねぇ小説広げて座ってんだ?昼休みなんだからどっかいけばいいじゃねぇか》
ーーう。絶対言うと思った。
人が気にしている事を事も無げに言い、平然と心を突き刺してくるエンジェルン。
私のいる場所は窓際最後列にある自分の席。そこで私は昼休みが開始してすぐにお弁当を食べ終えて本を読んでいる。……ふりをしている。今日は。
クラスメイトだったりそうじゃ無かったりする生徒達の話す姿を見ているエンジェルンはワクワクした様子だったし、いざご飯が終わってどこか行くんだろうと嬉しそうにしていたところに小説を開きだしたんだから落胆はすごかったんだと思う。
《んだよ。分かってんじゃねぇか。ならよー、購買とか行こうぜ。誰か誘ってさ~》
私の心の声を聞き「よしきた」とばかりに腰を上げるエンジェルン。
でも答えはノー。私の過ごす学校の日常はそれだし今日から卒業するまで我慢してもらうしかない。
《あぁ!?冗談だろ!?何しに学校来てるんだよ!》
ーー勉強だよ!?
《アホか!集団生活だろうが!その上で勉強するんだろうがバカ!!》
ーーうっ!
知らないふりをしていた現実を突きつけられて手から力が抜ける。
そうです。学校では集団生活を学び、その上で勉学や運動に励む場所です……。
《お……お前なぁ》
呆れて肩を落としているエンジェルンがため息交じり私を見つめる。
ーーそりゃあ、私だってお昼休みに楽しくお弁当食べたりとかはしたいけど……
その視線が辛くて、思わず忘れるようにしていた憧れを思い出してしまう。
テスト範囲の予想を交換し合いたい。
班行動で迷う事無く集まったりしたい。
放課後だってお話しながら買い物だってしたいし、お小遣いに困るくらい毎日寄り道したい。
そのくらいの憧れは私にだってあった。
私にだってあったけど……肝心の友達がいないんだもん。やりようがない。
《……あーー。そういやそうだったわ。わりぃ》
思い出してしまった遠い日の憧れを胸の内から読み取ったエンジェルンは静かに謝った。
それが私はとても悲しかった。
あんなに元気のあるエンジェルンをこんなに困らせてしまえる自分の状況が悲しくて仕方ない。
《まぁアレだ。俺がいるから気にすんなよ、相棒。小説よりかはおもしれ―話してやんぜ》
ーーうぅ……っ!!
彼女の優しさが痛い。文字通り言葉の刃が胸に刺さった気持ちになってくる。
ーーそ、そうだよ?だから、学校にいる時は移動教室かトイレ以外席からは動かないの。エンジェルンには辛いと思うけど、我慢してね…?
だけど彼女がそう心変わりしてくれるなら願ってもいない事だ。
自分で言いながら目元が熱くなってくるのは別にして、このまま話を進めさせてもらおう。
……あぁ。もう本の文字が見えなくなってきた。
《どうせ読んでねーんだからいいだろ》
ーーデリカシー!!
《聞いた事ねぇ。ハイカラの仲間か?》
ーーもう!!
なんてつもりだったのにあまりの発言に一瞬で悲しさが何処かへ行ってしまった。
ーーなんにしてもそういう事だから我慢してね!!
沸き上がってくる怒りを何とか収めつつ話の本筋に意識を戻す。
友達がいないのはとにかく仕方ないんだ。今こうやって一人なのは、ただでさえ友達がいないのに入学して最初の一か月間にさえ友達作りを頑張らなかった私が悪いんだから。
きっと班行動で。きっと委員会活動で。きっと部活で。
そんな、いつでも自分の行い一つで壊せる[きっと]を待っていた私が悪いんだから。
《へぇ?委員会と部活はやってんのか》
急に聞かれて、そう言えば一人で考え事ができないんだと気が付いて考え淀むけど隠せるはずが無い。
ーー……委員会も部活も入って無い。
《はぁ……?》
だから全て正直に答える他なかった。
自虐するくらいしか助かる道の無い自分の過去を。
ーー部活は家が遠いから帰宅部にしなさいってお父さんとお母さんに言われて、委員会は決める時に何故か私の希望を示す[正]の一字が消されてて……。
《……そうか。その様子じゃ班行動もいつの間にか終わってましたって感じだな?》
ーー……うん。
自分で言ってて悲しくなってくる。
部活はともかく他の二つはどういう事だったんだったのか今でも分からない。というか分かりたくない。
これ以上辛い思いをしたくないから……。
《そうか。…そうだったんだな。なら小中校もどうせ……》
結局自虐もできず、ありのままに伝えた真実にエンジェルンは俯いて小言で何か呟き始める。
それで、光るモノを目元から一粒だけ溢した。
《っは。……じゃあ俺が一肌脱ぐしかねぇか》
ーー…え?
光るモノは何だったのか。それを尋ねるよりも早く顔を上げたエンジェルンはそう言う。
《ま、それはそれとしてだ。お前、そろそろ弁当箱交換した方がいいんじゃねぇか?》
ーーえ、交換……?
あまりにも急な話題の変化に一瞬頭が追い付かず言葉を反芻してしまった私。
途端に、だった。
《……あ、あぁ!?》
「(うっし。成功。言って無かったけど、ステッキ起動してから少しの間は判定ガバガバなんだ。その意思さえあれば意外となんにでも反応したりするんだぜ)」
私とエンジェルンの主導権が逆転した!?
《な、なんで!?私別にエンジェルンと交換したいなんて少しも……!》
「(だーからガバなんだぜ、相棒)」
嬉しそうに小馬鹿にした笑いを漏らして席を立ち上がるエンジェルン。
その瞬間に全身の血の気が引いていくのが分かった。
何を、する気なの……?
「(狙うは例の転校生ってところだな!)」
《ね、狙うって、何を……?》
私が分かった上で聞いているのをエンジェルンは分かっている。だから彼女はとても、とても下卑た笑みを浮かべて、言った。
「(お友達だよ。お・と・も・だ・ち)」
《や、やめてーーーー!!》
言うや否や席を立ち上がり目にも止まらない速さで教室を後にするエンジェルン。
以前言っていた身体強化の魔法を使っているからかその脚は文字通り俊足を表していて、横を通り過ぎた生徒達はみんな強い風が吹いたくらいにしか思っていなさそうだった。
疾風を起こしながらかけて行くエンジェルンの狙いは一か月ほど前に転校して来た少女だろう。今朝、クラスで話題になったのを聞いていたんだ。
名前は……確か、朔間ちゃん。
「(そ。そいつだ。朔間・アリファ。帰国子女って話だぜ)」
《うぅ……。分かってるのに何でそんな派手な子と……》
エンジェルンの言う通り朔間ちゃんはポーラーンという国から日本に帰って来た帰国子女で、噂では開いた口が塞がらないくらいの美少女らしい。
……だから極力関りを持たないようにしていたのに。
変に関わって妙な噂が立ったら……。
「(だからだろーが。状況を変えるには規格外の一手ってな。俺の言葉だぜ?)」
《だから信用できないのーー!》
私と会話をしながらも決して足を止めずに朔間ちゃんを探し続けるエンジェルン。
廊下を掛け、階段を跳び下り、再び廊下を駆けてたまに教室を覗いたりしてみたり……。
そんな風に数分程走った頃。
「(んで、その転校生ってどこにいるか心当たりあるか?)」
《……え。魔法で探してたんじゃ?》
「(俺はそーいうのは使えねーんだわ。んで、どこ?)」
《え、えぇ…?》
急停止し、一息吐いた後に漏らしたエンジェルンの言葉は面食らうのに充分な内容だった。
「(走ってりゃそのうち見つかると思ったんだけどなぁ。思ったよりでけぇな、この学校)」
本当に思い付きで行動していたらしい。
私はてっきり片付けの時みたいに何か魔法を使って探しているんだと勘違いしていたけど、全然そんな事無かった。完全に思い付きだ。
「(行動は鮮度が命だからな。後先考えて取り返しがつかなくなったらおしまいだ。いいと思う事は特にだ。覚えとけ?)」
《……考えておくね》
少しずつ痛くなってくる頭に手をあてて何とか頭痛に抵抗してみる。
「お、丁度いいや。用足し用足しっと」
だけど、停止した場所が丁度トイレだった事もあってエンジェルンは探すのも途中にしてトイレに向って歩き始めた。
《……あぁ。ホントに思い付きでしか行動しないんだから》
生理現象だし本来は咎める理由なんて一つも無いんだけど今の流れで『トイレに行く』なんて言われたら思い付き以外のなにものにも思えない。……って考えないようにしないといけないと思うと頭痛が強くなってくるから憂鬱だ。
「(ったく息苦しい生き方してんなぁ。テキトーでいいんだよテキトーで。ストレスで禿げんぞ?)」
《誰のせいだと思ってるの……?》
話しをしながらトイレの中に入って行き、まずは身だしなみと思ったらしくエンジェルンは洗面所に向かう。
……その鏡に映っている顔を見て、私の中の時間が止まった。
《な、なにこれ……?》
「(あぁ?どうかしたか??)」
自分で自分の手を動かして顔を触れないのがもどかしい。
だって、だってここんなにも見た目が変っているのに、ウソかホントかを触って感じられないんだから……!!
「(あー、そういや言って無かったか。変身…まぁ俺が表に出てる時は目付き、口元、髪型は基本変わるぜ)」
《そ、そんな……》
洗面所の鏡に映っていたのは三つ編みのおさげではなく、どんな原理で膨らんで浮いているのか見当もつかない紅いストレートヘア。
外した記憶が無いのに丸眼鏡はどこかに消えていて、垂れ目気味の目元は切れ長で少しつり上がっていて気が強そうというか自信ありげになっていて。
口元だって普段はもっとこう……もじもじした感じなのに今は活気にあふれてるって言うか、そんな感じに変ってる。
なのに、なのに私だって分かったら!!
もし分かっちゃったら唐突に高校デビューしたみたいに思われちゃうよ!!!!
「(なんだお前。随分自分の顔をよく見てたんだな)」
《ちゃ、茶化さないでよ。……見た目が地味なのが友達が出来ない理由だと思ってたんだもん》
「(まーた妙な事を)」
私の衝撃を一切意に返さず鏡の前で前髪を軽く弄ったりして整えてるエンジェルン。
正直、エンジェルンが身だしなみを気にしている事も驚きなんだけど、今はそれどころじゃなかった。
「(滅茶苦茶な事言いやがるなお前。俺だって一応女だぜ?見栄えくらい気にするっつーの)」
《知らないよそんなの……。こんな格好、誰かに見られたらどうしよう……》
「(お前な……)」
どうしよう、どうしよう。もしも誰かに気付かれたら。気付かれて話題になって、ヒソヒソ話されて、不良になったと思われて先生呼ばれたりしたら……!
「(あー、まぁ大丈夫じゃね?誰も相棒だって気が付かねーよ》
《そ、そうかもしれないけど……!》
溢れ出て来る不安を聞いてエンジェルンはとうとうバツが悪そうにそう言う。
……確かに、少し冷静になって考えてみればこれだけ見た目が変ってたら間違っても私だとは思わないかもしれない。
だけど!これはそういう事じゃなくて、気持ち的な問題なの!
早急にどうにかしないと…!
「(ったくそんな気にすんなよ。こんなの変身解ければ戻るんだからよ)」
そう思っていると、エンジェルンはため息交じりに言葉を漏らした。
《……え?そ、それ、本当!?》
「(嘘ついてどーするよ。顔つきには人間の内面が出るってよく言うだろ?それを魔法でちょいと弄って俺のイメージになるような外観にして、ついでに装飾物とか髪型とかも変えてるだけだから問題なく元に戻る)」
《そっか……。良かったぁ~~~~!》
若干呆れ気味のエンジェルンの説明を聞いて一気に安心が心の中に流れ込んで来た。
別に私は私の顔が二度と戻らないとかそういう事じゃなかったのなら取り合えずの取り返しはつく。
《じゃあ、今すぐ元に戻って》
つまり、変身を解けば今まで通りに戻れるんだ。
「(はぁ?まだ朔間アリファってヤツを見つけて…)」
《戻って》
有無なんて絶対に言わせない。
さっき廊下を走った時、他の人には顔を見られてる様子どころか身体見られたわけでもなさそうだった。だとしたら、この姿はまだ誰にも見られてない事になる。
「(け、けどよ。お前……)」
《早く》
見られていないのなら取り返しはつく。
だから、今すぐに。早く。
「(……分かったよ。分かったから冷静になんなよ。ミヨに怒られた時の事思い出すからよ)」
《じゃあ早くして?》
「(あいよ。…ったく、おっかねぇったらねぇな。交換だ交換)」
ため息を吐くエンジェルンの顔が鏡に映る。
その瞬間から少しずつ顔つきが私に戻り始めて、同時に身体の主導権が私に戻っていく感覚が訪れる。
……時だった。
ジャー、というトイレの流れる音が、聞こえた……?
《あーあ。だから俺の話聞けってのに。個室で戻った方が安全だったのによぉ》
反射的に音のした方に視線が向いてしまう。
そしてちょうど同じタイミングでトイレのドアが開いて……?
「……あの、なにか?」
「あ、えっと……そのぉ……」
出て来たのは息を呑む程の美少女。
日本人らしからなぬ白く透き通った肌とサイドテールにまとめられた砂金のように輝く透き通った金髪。
ただそれだけで、彼女が噂の朔間ちゃんなんだと分かった。
と、同時に。
「……え。髪が、勝手に……?」
「……は、はえ!?!?」
《……ま、誤算だったがあれだな。結果オーライだ。親友同士に隠し事は無しってやつだな~》
変身が完全に解けたみたいで。
髪が戻って、眼鏡が現れた。
「……う、嘘」
「あ、ここここれは!そ、そう!手品!!手品なんです!!」
何度も眼鏡を指先で上げ下げして、同じくらいおさげを横に下に引っ張って。そうやって聞かれても無いのに種も仕掛けも無いですよとアピールして。
それで……この言い訳が本当に正しいのか分からないけど、けど!!
これで押し切るしかない!!
「て、手品……?」
「そう!手品!!です!!だから!またね!!」
詳細を聞かれるよりも早く、脱兎の如く。一礼をして個室に逃げる。
《お、おい!何してんだよ!せっかく話す機会できたんだぞ!?それをお前!》
「(知らない知らない知らない!私は手品師私は手品師私は手品師!!)」
《こ、こいつ……》
エンジェルンに何を言われても知るもんか。
とにかく今は朔間ちゃんがどこかに行くまでトイレに籠っていよう。
籠って、それでどこかに行ったら何もなかった顔で教室に戻って、それで……!
《……んっとにどうすっかなぁ……》
「(どうもしないで……。お願いぃ……)」
蓋を締めたトイレの上で膝の中に頭を抱えて座り込んでいた私はとにかく待った。
人の気配を察知する能力なんてないから時間だけを頼りにしてずっと、ずぅっと朔間ちゃんがいなくなるのを待った。
そうやって暫くの間トイレに籠っていた私はいつの間にかチャイムが鳴ってしまって。
教室に遅刻して行ってみんなの視線が集まるかもしれないと想像した時、人生で初めて仮病を使うために保健室に向った。
to be next story.
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