第2話  それは、私の弱さで。けれど正しさはきっと私にあって。

 「……いやいや。中々どうして。九十年くれぇでこんなに変わるもんかねぇ」

 おばあちゃんの家を出てから大体十分。

もう慣れてしまったせいで車に乗ってるような感覚になりつつある私は、ずぅっと感嘆の声を上げているエンジェルンをBGMに半ば諦めの境地にいた。

そのせいでバスガイドさんの物真似までしてる有様だ。慣れって怖い。

 「なぁ。あそこが本当にミヨの家だったのか?ここら辺にあった商店街が亡くなっちまってるんだが」

立ち止まったエンジェルンはスーパーとコンビニを交互に眺めながら近くで立ち止まってそんな事を言う。

ーーミヨ。

それは私のおばあちゃんの名前。魔法少女として選ばれたのはやっぱり若い頃のおばあちゃんだったみたいでその間エンジェルンは下の名前を呼び捨てにしていたらしい。

 《詳しくは分からないけど都市計画?の一環でかなり様変わりしたって話だよ。道路の舗装がちゃんとされて、バスも来るようになって、もっと行くと駅もあるし》

 「ははぁ。そいつぁご愁傷様だな。確かに機能的だが愛嬌のねぇ面構えだ。どーにも寂しく感じるぜ」

 《おばあちゃんも便利にはなったけど寂しくなったって言ってたかな。少しだけ哀しそうな感じだった》

静かに目を瞑り嘲笑とは違う笑いで鼻を鳴らすとエンジェルンはコンビニに向って歩き出す。

 《何か買うの?》

 「んーにゃ。近代化ってのがどういうもんか見てやろうと思ってな」

 《……そう。一応財布はポケットに入ってるから、喉が湧いてたら使ってもいいよ》

 「おう。ありがとな」

言い終わると同時に到着して自動ドアが開く。

その瞬間に足元から感じる冷風に一瞬だけエンジェルンの脚が止まる。

 「(近代化……ヤベェな。おい)」

その理由がクーラーに対する驚愕だったのだから思わず笑ってしまった。

 《クーラーなんかで驚いてたらトーキョーなんて歩けないんじゃない?》

 「(バカちげぇよ!ただの店にそんなのがあんのが驚きなんだよ!)」

 《あはは。そう言う事にしてあげる》

 「(だからちげぇって!)」

小さく言い合いをしながら店内に入る。

自動ドアが閉まり、背後に感じていた悪魔的熱気が完全に遮断されて全身を冷気が包んでいく。

 「(こいつあぁ良いな。付けろよ、お前の家にも)」

 《もう付いてるよ。各部屋にだから……三台?》

 「(マジかよ!ミヨの奴金持ちと結婚できたんだな!)」

 《……そこまで裕福じゃないから単純に単価が下がっただけじゃないかなぁ…?》

そんな会話を続けながら入ってすぐ左に行こうとするエンジェルン。

だけどその時、レジの方から怒鳴り声が聞こえた。

 「だーから!ラッピ―だって!」

 「で、ですから、略称ではなくせめて正式名称を……」

 「知らねぇっつの!!なんでもいいからラッピー買わせろよ馬鹿!」

 「で、ですので……!」

その怒声は四、五十歳くらいの男性がコンビニの男性店員さんに向けてのモノだった。

 「(なんだ、ありゃ)」

 《厄介なお客…かな。店員さんの言葉無視してるし、暴言も言ってるみたいだし》

エンジェルンの質問に自信なく答える。

こういうのを見ると私は別に悪い事をしているわけじゃないのにどうしても気持ちが委縮してしまう。

ああいう人、苦手だ。根本から相性が悪いんだと思う。

 「早く取れよ!じゃなきゃ分かる奴連れて来い!」

 「(……ふぅん。見ようによっちゃ悪者よりタチが悪そうだな)」

 《どう……なんだろうね》

説明している間も続く怒鳴り声。

よくよく観察してみると怒鳴ってるおじさんの後ろに何人かお客さんが並んでるみたいだ。

開いてるレジに他の店員さんがいないのは一人しかシフトに入っていなかったり、何か手が離せない状況だからなのかな……。

 《悪者達がどんなことしてたのかは分かんないけど、私達にしてみたらこういう人の方が死活問題かなぁ。対人の仕事で病んじゃう人なんて珍しくないらしいし》

おじさんは怒ってるし店員さんはわけが分からなくなってパニックになりかけてるみたいだし、かなり大変な状況みたいだ。

…でも、同じ店員側の人じゃないし、私達に出来る事は何もない。

出来る事があるとすれば、買い物をした時にイライラしたりせず『大変でしたね。頑張ってください』なんて風に言葉をかけてあげる事くらいだろうか。

 「……っは。冗談じゃないね。クソッタレ」

 《え?》

誰に対してそんな事を言ったのか。それを聞くよりも先にエンジェルンは踵を返してしまう。

 《ちょ、ちょっとエンジェ……》

そしてそのまま黙々とレジの方に歩いていくと……。

 「おいコラジジイ」

 《!?》

怒鳴ってるおじさんに向っていきなりそんな事を言い出した!?

 「はぁ!?……誰だお前!初対面の人に向って!」

 「テメェだって俺の事お前呼ばわりしてんじゃねぇか。テメェで出来ねぇ事他人に押し付けようとすんじゃねぇよ。ボケてんのか?あぁ?」

 「んな……!!なんて口の利き方だ!!」

エンジェルンは臆面もなく暴言をおじさんにぶつける。

当然おじさんはその物言いに強い憤りを感じて更に語調を強くしている。

それでもエンジェルンは相手の圧に負けずに続けた。

 「RANDOの二十ピース。それが正式名称だろうが。なんで向こうがちゃんと言えって言った時にそう言わねぇんだよ」

 「俺は昔っからラッピーって言ってきてんだ!相手によって変えられるわけねーだろが!」

 「じゃあ知能はサル以下だな。わりぃこた言わね、お山か動物園に帰りな」

 「サ……!サルだと!?ふざけんじゃねぇぞ!!」

 「ふざけてんのはテメェだろうが!!店に来る客ならその店のルールに従いな!!当然店員にもだ!!テメェが大層欲しがってるヤニを仕入れて、並べて、売ってくれてんのは誰だ!あぁ!?それも分かんねぇ、母国語も通じねぇ、そんな野郎はサル以下だってんだよダボが!!」

 「こ……!人が黙って聞いてれば……!」

エンジェルンの怒涛の罵詈雑言におじさんは怒髪天の形相で顔を真っ赤にする。

なのにエンジェルンは小馬鹿にした笑いをあからさまに出すと……。

 「いつ黙ってたよ。なんなら俺より怒鳴ってただろうが。本当にボケちまったのか?お山の前に動物病院行っとくか?」

恐らく、一番の聞き捨てならない言葉を吐き出した。

瞬間、おじさんは目を見開いてエンジェルンに飛び掛かってくる。

 「っは!やっぱりケダモン認定は正しかったな!口じゃ勝てねぇから暴力だもんなぁ!!」

 「!?!?」

それをエンジェルンは大笑いしながら軽く身を左に避けておじさんの足に引っかかるように自分の右足のつま先を軽く出す。

だからおじさんは当然のように引っかかって大きな音を立てて地面に倒れ込んでしまった。

 《あ……あぁ……》

今の私は身体を持ってるわけじゃないのに腰が抜けて座り込んでしまう。

そのくらい、エンジェルンのしでかした事に怯えている。

だって彼女は今、厄介な人に手を出したんだから。

 「なぁおい、おっさん」

うつ伏せで倒れ、伸びたままの腕先が自動ドアのセンサーに反応しているおじさんの頭の方まで歩いていったエンジェルンは到着すると不良みたいなしゃがみ方をしておじさんの耳元に囁く。

 「(どうだ?見せもんになった気分は。その様子じゃ他所でもおんなじ事してきたんだろ?バチが当たったと思って尻尾巻いて帰るんだな?っは)」

 「………~~~~!!!」

それを聞いたおじさんは声にならない声をうめき声のように上げると、振り返る事も無く立ち上がり開いたままの自動ドアを通って何処かへと消えた。

 「…っと、さーて、飲み物飲み物」

嵐のように過ぎ去った瞬間に誰もが口をぽかんとしてエンジェルンを見ている。

なのに当のエンジェルンは何事も無かったかのように立ち上がって飲み物系が陳列されている冷蔵室の方へと歩き出した。

 《ちょ、ちょっと待って。エンジェルン……?》

 「(あぁ?なんだよ相棒。美味いの教えてくれんのか?)」

 《じゃなくって!》

《トイレに行って!》と強く言い、その剣幕に驚いたからなのかエンジェルンは渋々といった感じではあるけど従ってくれる。

 「うお、何だこれ!どうやって用足しするんだ!?」

 《そんなのはどうでもいいの!!》

個室トイレには入った途端洋式便器に驚くエンジェルンだけど私はもうそれどころじゃない。

あんな、あんな大騒ぎを起こすなんて!!しかもあの暴力的な物言いは何!?

 「あぁ?んなの決まってんだろ。クソ馬鹿を二度と同じ事できねぇように叩きのめしただけだ」

なんて、あっけらかんと言い放ったかと思うとウォシュレットのボタンを興味深そうに見始めるエンジェルン。

それのどこが決まってるって言うの……!?

 《それがなんて事してくれたのって言ってるの!!》

 「はぁ!?俺そんなおかしな事したのかよ!」

 《あっったり前でしょ!!??》

 「じょ、冗談だろ!?」

悪びれる様子が無い…どころか、そもそも何が悪いのかを分かっていないらしいエンジェルンは若干逆切れのような言い方をしてくる。

嘘でしょ?おばあちゃんが若い頃ってこんな当たり前が通じないくらい治安が悪かったの?

 「治安も何も、鉄拳制裁が常だからな。悪さしてる奴がいたら正しい事を知っている奴が正しに行く。そういうもんだったぞ」

違うのかよとでも言いたげな声色で圧力のある言い方をエンジェルンはしてくる。

それで思い出してしまった。

 《……そりゃあ、昔は指導の一環で先生が生徒を殴ったりとかは普通って聞いた事はあるけど……》

そう、私達の両親が学生の頃はなんでも力で言う事を聞かせていたらしい。だから、もっと昔を知ってるエンジェルンがああいう手法で誰かを咎めるのは自然な気がしない事も無い……。

むしろ分かりやすく手を出さないだけマシだった……?

 「だろ?ま、殴んなかったのはミヨの奴に『暴力が嫌いだから言うだけにしなさい』って言われたからなんだけどな。初めの頃は何が正しいか知らねぇから見たままを真似してたっけか」

私の心を読んでそう続けたエンジェルンは懐かしそうに薄く笑う。

 《でも!》

そう、でもだ。

エンジェルンの言い分はその頃なら確かに正しかったのかもしれない。でも、現代に於いてあんな手法で人をどうにかしようとするのは間違ってる。

 「あぁ?なんでだよ。ああでもしないとあの手の馬鹿は絶対に撃退できないぞ」

 《何でって……そんなの決まってるでしょ!?間違ってるからだよ!》

 「じゃあその間違ってるっつう根拠を出してみろよ」

 《そ、それは……》

聞き返され、思わず口ごもってしまう。

そんなのは決まってる。後でどうなるか分からないからだ。

昔はともかく今はネットの力である事無い事言いふらせるし、それでこのコンビニや私の家族やもしかしたら学校にまで迷惑や被害が及ぶかもしれない。

それが分かり切ってるから今の人は……少なくとも私の知る限りでは誰もやっていないし、それを推奨してる法律があるのも聞いた覚えが無い。

だから、私の考えは間違っていないはずだし、そう考えればさっきの手法が間違っていると説明が付く。

だって、あれは明らかにやり過ぎだもの。暴言に対して暴言で応戦したら被害は大きくなる一方だし、今回はたまたま上手くいって怪我も何もなく済んだけどそんな偶然がいつまでも続くはずがない。何よりこの後どうなるかも分からないんだし……。

 《だから、いい?もうやめて??》

私の考えはエンジェルンに筒抜けのはずだから改めて口にするまでも無いと思いそう言った。

するとそれまで黙っていたエンジェルンは小さく鼻で笑うと……酷く、不機嫌そうな声で話し始めた。

 「成る程ね。保身と体裁ってわけか。お前らが気にしてる問題ってのは」

 《そ、そういう言い方は……》

 「だってそうだろ?さっきっからお前が言ってるのは[自分の事]と[自分に関わりのある周りの事]だけ。まぁでもあれだよな。世の中テメェかテメェ以外かだ。なのにお前はそれ以外も心配してはいる。そう考えりゃ立派だ」

 《…………でも?》

 「ああ。でも、だ。[問題]は誰かが解かない限り問題のままだ。お前の言うそれはその問題から逃げてるだけに過ぎねぇ。確かに俺のやり方は今の時代にそぐわねぇのかも知らねぇ。でもな。国だなんだがやってくれる問題はごく一部だ。こんなちいせぇ店でこんなしょうもねぇ問題のためにいちいち国が動くか?動かねぇだろ。仮に動いたとしても解決するのは恐ろしく先の話だろうな。お上もそこまで暇だってんなら知らねぇがよ」

 《………》

嘲笑と、落胆の混じった声だった。

エンジェルンの言っている事は全て憶測で成り立っている内容で、それは正しさからは程遠い理論の組み立て方なのは分かり切ってる。

でも、どうしてもそれを違うと言い切れない私がいた。

だって、さっきの厄介なおじさんを私を含めて近くにいた誰かが警察に通報するんだろうか?

……多分しないはずだ。事情聴取解かされるのが面倒だったりそもそも警察を呼ぶほどなのかとか、電話をしたくない理由はたくさん出てくる。

きっと他にも色んな理由があって、こういう時に連絡する人はごくごく少数だと思う。

せいぜいSNSに写真や動画を投稿して訴えるふりをするだけ。誰かの目に留まるのを待って、その誰かに通報してもらうっていうどこまでも他力本願な結果を待つだけだ。

じゃあ店員さん側が被害届を出す?これも多分出さない。

盗んだり壊したりじゃなくて会話が成立しないだけだ。大事にしたら店のイメージダウンにも繋がりかねないしきっとしない。

だから、エンジェルンの憶測通り問題はいつまで経っても問題のままだったと思う。

でもエンジェルンはそれを……多分感覚だけで理解して問題の解決に臨んだ。そのやり方が正しかったのかと言われれば間違いなく間違いだったんだけど、でも……。

 「おい、もうトイレから出てもいいか?流石に女がいつまでもってのはどうよ」

 《あ…うん》

私が結論を出すよりも早く急かされて考えるよりも前に頷いてしまう。

……ううん。違う。

エンジェルンには見通せてたんだ。

この事に対して私が明確な答えを出せないって。

だからエンジェルンはこれ以上は無意味だと思って話を切り上げたんだ。

 「………」

 《…………》

トイレを出たエンジェルンはそれ以降何も言わず、普段通りに営業を始めたコンビニでお茶一本だけを買って外に出た。

店員さんにお礼を言われてから。

 

                                     ーーーー


 その後も町のパトロールをしたエンジェルンは似たような人を似たような方法で撃退して、その度にお礼を言われた。

でも、中にはあまりいい顔をしない人もいた。理由は多分、私と同じ考えを持っている人だったからだと思う。

だけどエンジェルンはそういう人に対して何か言うわけでもなくて。コンビニの時のようにやっぱり何食わぬ顔でその場を後にしていた。

私はそんな姿を見ながらコンビニの時の答えを探していたけど、今も分からないままだった。

エンジェルンがしているのはその場では正しいかもしれない行為。でも、長い目で見ればそれがどうなのかは分からない行為。

昔見たニュースだったかネット記事には[盗みをする自分を止めて欲しかった]なんていうのもあった。

だからもしかしたらエンジェルンが今日撃退した迷惑客達の中にもそういう人がいるのかもしれないって思うと、余計になんだか分からなくなってくる。

 「あ~、疲れた。やっぱウン十年も月日が流れてると外国にでも来た気分になるなぁ」

 《そう、なんだ……。私には分かんない感覚かな…》

 「そりゃそうか!現代人だもんな!」

私の葛藤を見て見ぬフリしてくれているのかエンジェルンは大げさに笑う。

だけど私はそれに愛想笑いしか返せない。乾いたような愛想笑いを。

 「さてと。そろそろ帰るか」

 《…そうだね。もうすぐ夕飯だし。……多分怒られると思うけど》

 「あぁ?何でだよ」

 《蔵の掃除を途中でやめて出て来たから…かな》

夕陽で染まり始めた空を見上げたエンジェルンに聞かれてそう答える。

これまでの出来事が強烈過ぎて今の今まで忘れてたけど私はおばあちゃんの蔵の遺品整理をしていたんだ。しかもお父さんとお母さんに無理を言って一人で。

なのに急にいなくなったんだから間違いなくカンカンに怒ってるはずだ。

 「あー、なら問題ねぇな。もう終わってるし」

なのにエンジェルンはどこ吹く風と言ったような顔でそう言い放った。

 《終わってないでしょ…?どころか、中から全部出してすらないし》

 「いや、魔法でやっといたんだよ。オートモード?ってやつだな」

 《……え?》

さも当然のように口にしたオートモードという言葉。

現代においてはそれほど珍しくない単語だから意味もちゃんと分かるけど、……人どころか機械もないのに片付けをオートモード……?

 《それ、本当?》

流石に嘘かと思って聞き返してみるけどエンジェルンは少しも様子を変えないまま頷く。

 「ああ。しかも認識変更の魔法もかかってるからな。…その魔法自体はそこまで得意じゃねぇが、まぁ魔法の耐性が無い奴らには何の問題も無く[花園 沙那がそこに居る]って認知がかかってくれんじゃねぇかな」

 《あ、あはは……。何でもありだね、魔法って…》

何か特別な物事を言っている様子も泣く話すエンジェルンを見ながら私はようやく思い違いだったんだと理解したわけだけど、……こんな異常な出来事なのに本当に驚かなくなってて自分で自分が少し怖い。

それどころか話しを聞きながら[私の雰囲気を持つ透明人間が片付けをする]姿をイメージまでしてた。

なんて言うか、順調にエンジェルンに馴染んでいってる気がする。

でもそうだとしたらすごく有り難い。だってエンジェルンのお陰で少なくともお説教は無くなったんだから。

お母さんは怒ると怖い。その怖さは何も知らずに話しかけてきたお父さんを一言で震え上がらせる程だ。

おじいちゃんもおばあちゃんも優しい人だったから一体誰に似たんだろうと思っていたけど、エンジェルンから魔法少女時代のおばあちゃんの話を少しだけ聞いて納得した。烈火の如く激憤するあの姿はおばあちゃんの苛烈な一面を引き継いだものだったんだ。

それを回避できるんだからこんなに穏やかに思える事は無い。

…でも、おばあちゃんの荷物を自分で片づけられなかったのは、…少し寂しい。

どんなに大変でも自分でやり切りたいと思ってた事だから。

 「……ま、心配すんな。ミヨもアレで気性は荒い方だったけどよ。孫にそこまで想ってもらえてるんならそれだけで充分だ」

 《……本当にそうならいいけど》

 「あぁ?一年も死地で連れ合った相棒の事だぜ?手に取るまでも無く分かるっての」

エンジェルンはそう言って楽しそうに笑う。

ぶっきらぼうで言い方は怖いけど……。励ましてくれてるんだと、すぐに分かった。

 《……ありがとね、エンジェルン》

 「気にすんな。これからの相棒の御機嫌取りだ」

 《…あはは。エンジェルンでも照れるんだね。あんなに暴力的なのに》

 「っは。言ってろバカ」

私の言葉に彼女はまたぶっきらぼうな返事をくれたけど、それがなんだか嬉しく思えてくるから不思議だ。

だって今日私が見たエンジェルンの行動はどれも暴力的で向こう見ずだった。

でも、それは全て正義感からきているんだと理解できた。

って事はきっとエンジェルンはいい人で、今の優しさや照れはそういう所からきているんだって思えてきて。

 《……可愛いんだね、エンジェルンって》

 「かっ!かわ……!?オメェ、あんま適当こいてっと怒っかんな!」

 《あはっ。ごめんね、エンジェルン》

 「……ったく。おめーといいミヨといい、なんだってんだよ」

そんな照れた声が沈み始めた陽の光の中にゆっくり溶けていく。

私はそれを聞いてまた少しだけ可愛いと思ってしまったけど、エンジェルンは何も言ってこなかった。

……まんざらじゃない、って事なのかな。

 「マジでぶっ飛ばすぞ」

 《えー?私実態無いのに~?》

 「……テメェ。そういうところはマジでミヨに似てやがるな。腹立つ」

 《えっ?そうなの??》

 「ああ。そうだよ。なんだかんだアイツも人の事おちょくるのが好きだったからな。片鱗が見えてんだよ」

 《そ、そうなんだ……。そんなところ見た事無かったけど……》

 「野郎は取り繕うのが上手かったからな。その上で歳くってりゃまぁそうだろうよ」

 《……ね。もっとおばあちゃんの話して?今日の夜とか!》

 「長くなるぜ?なにせ一年間殆どイベント尽くしだったからな」

 《やった!!》

家までの帰り道、エンジェルンとそんな約束をする。

それはきっと知る事の出来なかったおばあちゃんの、エンジェルンと過ごした不思議な一年間の話。

まだ少しだけおばあちゃんとの時間に未練があった私にはとても嬉しい約束だ。

 「…じゃ、さっさと家に帰って風呂入ろうぜ。お前の発育具合見てやるよ」

 《え、えぇ!?》

 「いいだろ?減るもんじゃねぇし。何より俺の身体でもあるんだからよ」

 《それは…そうだけど……》

 「よっしじゃあ決まりだな」

 《あ…う……。うん…》

だけど…うん。エンジェルンとこれから上手くやっていけるかは…どうだろう?

明日から学校なのに。

 「っは。ミヨも同じ事言ってたぜ?いつの世も心配事は決まってるな」

元気に笑うエンジェルンと私はこんなに真逆の性格なのに……。






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