魔法少女☆エンジェルン
カピバラ番長
第1話 唐突で理解できない出逢い。それは頭痛の種。
先月、大好きだったおばあちゃんが亡くなった。
高校生になってからは殆ど会いに行けなくなっちゃって、会える時は季節毎の行事だけだになっていたおばあちゃんが死んじゃった。
『今度はお盆だね』なんて話をしたのを今も思い出す。
こんな風に遺品整理なんてしてたら尚更だ。
「よい……しょっ!」
庭の外れにある小さな蔵の中から大きな段ボール箱を運び出しながらそんな風に思い出に浸る。
私の名前は花園 沙那。虹縞高校に通う高校二年生。
お葬式とそれに伴う色々(お父さんとお母さんが全部やってたから私はよく分からないけど)が終わって、一先ず落ち着いたからお仕事のお休みと私の休みがやっと被った今日におばあちゃんの遺品整理をしてる。
季節が夏のお陰でものすっごく暑いけど、大好きだったおばあちゃんをちゃんとお見送りするのにようやくしっかり時間を使える日が来たんだ。根を上げてなんていられない。
「………でも、ちょっと休憩」
なんて色々考えたけど、暑いのは暑い。って言うか熱い。
気にしないようにしていたけどずっとセミの声が聞こえていて不快感も最大。セミの三重奏なんてお呼びじゃない。
だから、少しだけ休みたい。
「ふぅ……」
蔵の近くに置いておいたキャンプの時なんかにも使える椅子に腰を下ろしながら首に巻いていたタオルで汗を拭く。
触れた三つ編みのおさげが手や腕に当たってちょっとだけ気持ち悪い。
それでも首元や胸元に玉のように湧き出ていた汗を拭うと少しだけさっぱりした気分になれた。
「…食べたかったなぁ、おばあちゃんのおはぎ」
呟いて、少しだけ目頭が熱くなる。
それを誤魔化すように、腰に巻くタイプのペットボトルホルダ-からスポーツドリンクを取り出して口に運んだ。
なのに温くて、頭がキーンってなるような冷たさが無くて。
……ほんの少しだけ、涙が出た。
「……駄目だなぁ。こんなのだから友達が出来ないのに」
眼鏡を外して額の汗と共に目元をタオルで拭う。
弱くなった柔軟剤の香りとそれまでの汗でほんのり湿っているタオルの感触が顔中を覆う。
それを数秒の間感じ続けて。勢いに任せて立ち上がた。
「よし!続き続き!!」
滅多に出さない大声で気合を入れてもう一度タオルを首に掛けて蔵の方へと歩く。
そうだ。落ち込んでいたって仕方が無い。おばあちゃんが死んじゃったのはすごく悲しいけど、それで塞ぎ込んでたら今度は見守ってくれているはずのおばあちゃんの方が悲しくなるに違いないんだ。
亡くなった人を悲しませるのだけは駄目。それだけは考えるまでも無く分かるんだだから私は嘘でも明るくしていなきゃ。
両頬を強めに二回叩き、その痛みを胸に刻んで薄暗い蔵の中に入る。
それで、次に外に出す物を探していると。
「………なんだろう、これ」
古びた木刀の入っていた箱から妙な頭飾りの付いた棒……ステッキ…?がちらりと顔を覗かせていた。
「おばあちゃんの……じゃない、のかな?変に新しいし」
気になって思わずそのステッキを取り出す。
そのままステッキを上から下から眺めながら蔵の外に出て、太陽の光の下でちゃんと確認してみる。
「…魔法の、ステッキ?」
それで分かったのは想像していた通りの魔法のステッキ。
黄色っぽい天使のわっかに真っ白でファンシーにデフォルメされている天使の羽根が棒の頭部に付いているステッキでそれこそ日曜日の朝とかに放送していそうな女児向けアニメの小物にしか見えない。
「私が買ってもらったおもちゃ……?」
再確認するようにステッキを眺めながらおばあちゃんとの記憶を思い出してみるけどそれらしいおもちゃを貰った覚えは無い。
勿論、すごく小さな頃に買ってもらったおもちゃなら覚えていなくてもしょうがないんだけど、昔からおばあちゃんっ子だった私が買ってもらったおもちゃを蔵に忘れるはずないし、仮に忘れたとしても頻繁に家にお邪魔してたからどこかのタイミングで必ず渡してもらえるはず。
だとすると……お母さん、の…?
「ま、まさかまさか!あんなに男勝りのお母さんがこういうおもちゃをねだるはず……」
そう口にしながら記憶が一つ浮かび上がる。
それは幼稚園の頃だったか小学校低学年の頃だったかにおばあちゃんが魔法の呪文みたいなのを教えてくれた事。
「なんだっけ?えぇっと……」
もしかしたらここから記憶が蘇るかもしれない。そう思って十年は前の記憶を思い出そうと頭を捻る。
……確か、[り]から始まるような…。
「…そう![リリカル・マジカル・マインドチェンジ]!」
そうだ、完全に思い出せた。
おばあちゃんは確かにこう言って、それで右腕をこう、太陽に伸ばして……。
そこまでやって、私の目の前が暗転した。
まるで荒れ狂う波の中に放られただとか、それとも繰り返し回り続ける歯車に放り込まれただとかっていう違和感……なんてものは無くて、本当に自然に、驚く程綺麗に。
それこそスイッチで部屋の明りを消したみたいな一瞬さで世界が黑くなって。
ーーそれで……
《……え?》
何処からともなく聞こえる声。それは女の子の声なのにどこか男らしくって……俺、って言ってもおかしくない気がする。……気がするけど、でも周りや塀の外に人はいない。
じゃあ、この声は…!?
「だから俺はお前だって。花園 沙那。三つ編みおさげで丸眼鏡。そんでもって読書が好きな非力で無害な空気みたいな存在。友達いない歴十七年の高校二年生。忘れたのか?」
《わ、忘れない……けど、でも、でも!誰なの!?って言うか、何で私はもう一つの声と話してるの!?》
声が反響して聞こえる。
その声は…うん、分かる。間違いない。少し低く聞こえるけど私の声だ。
でもどうして?私は喋って無かったはずなのに。
「全く、いちいち喧しい女だなぁ…って、そりゃ俺でもあるのか。っは!」
《何急に笑ってるの!?》
突然現れた『俺』と名乗る誰かは私が一度もした事が無い仕草をーー小指の先で耳の中を掻くという行為をしながらめんどくさそうにあくびをする。
まただ。私はしようと思っていないのに身体が勝手に動く。
……って事はつまり、私の身体が誰かに乗っ取られた……って事!?
ーーあ、ああああり得ない!だってあり得ないでしょ!?普通に考えてそんなはずないんだから!
じゃあなんでこんな……も、もしかして暑さで頭がおかしくなった!?
それとも脱水症状か何かで倒れて夢でも見てるとか……!?
どっちにしてもすっごいマズい状態なんじゃ……!
「っは!迷い散らかしてるの滅茶苦茶面白いな。もう少し見てみるか」
不安のあまり動悸までしてきている私を他所に『俺』はお腹を抱えて笑い出す。
《やめて!?お父さんとかお母さんが来たら心配するでしょ!?》
自分でも驚く一喝が喉から飛び出る。
それを聞いて『俺』は含んだような笑いを短く漏らしてから気を取り直して後ろに向き直り、その先にあるさっきの椅子を見つける。
「ま、それもそうか。俺としても変な目で見られんのは歓迎できねぇし……。よし、そこの椅子座ってちょいと説明会とでもいこうか」
《ちょ、ちょっと!?》
そう言うと脚が、
……勝手に動き出した!?!?私の意志と、関係なく、脚が動き出した!?
って事はやっぱり誰かに操られてるとか…!?でもそんなはず……!!
《え!?えぇ!?!?》
「あーったくうるせぇな!それも説明してやっから黙ってろ!!」
まるで感じた事の無い感覚に頭の中が書き回されてパニックになった私に仕返しとばかりに一喝が飛んでくる。
「つーか犬猫じゃねぇんだ。喚く以外にも脳があるんだからちっとは考えろ」
《え、えぇ!?》
しかも更に強い苛立ちと共に言葉を叩きつけられた。
な、なんて身勝手な物言いなの……?こんな異常事態の中で冷静でいられるわけないでしょ!?
「じゃあ静かにしてるだけでいい。あちぃから余計鬱陶しく感じんだよボケ」
《そんなぁ……》
言いながら『俺』はどっかりと椅子に腰を下ろしてスポーツドリンクを豪快に開ける。
その勢いでふたが地面に落ちたのも気にせず口に運ぶと、口の端から飲み損ねたスポーツドリンクがこぼれるのもお構いなしにペットボトルを傾け続けた。
そうして『俺』は半分以上あった中身を全部飲み干して、手首で口元を拭いながら空のペットボトルを庭の適当な所に放り投げた。
「……っはぁ!流石に効くなぁ。こうクソ暑いとよ!お前もそう思うだろ!」
《う、うう……。何なの、もう、ホンットになんなのぉ……》
『俺』に話しかけられても何にも考えられない。
だって、これまでの行動は全部私の意識外のところで行われているんだから。
しかも私が今まで一度もやってきた事の無い事ばっかり。
怖い。自分の身体が自分以外の意志で動くのってこんなに怖いの……?
「っは!じゃ、説明会といこうか!」
『俺』の声が聞こえている以上、私の声だって聞こえているはず。なのに『俺』はまるで心配する素振りや申し訳なさそうな素振りも見せずに一方的な説明に入りそうになったので一度深呼吸をした。
「まず、『俺』はこのステッキに起動呪文を唱えると現れるお前のもう一つの人格だ。それはいいよな?」
《ぜんぜん良くないんだけど……》
いきなり言われたのはいよいよ夢でしか聞かないような[魔法]という単語。
確かに魔法の合言葉みたいなのを唱えてそれっぽいステッキを掲げたけど、意味がわからな過ぎる。そんなのフィクションの中の話でしょ……。
「そうか。じゃあ続けるぜ」
《!?》
確認を取ったくせに汲み取るつもりも無い『俺』。
さっそく言われたばかりの『もう一つの人格』っていうのが疑わしくなってきた。
…って言うか、もう一つの人格だって流していい情報じゃないんだからね!?
「で、生まれてくる性格は基本的に本来の性格の真逆だ。これが何故かって言うと、ステッキを起動した人間が魔法を使えるようになる副作用とか、反動とか、そんな感じのアレだ」
更に増える意味不明な前提に頭がくらくらしてくる。
二つ目の人格が出来たってだけで胃が痛いのに魔法がどうのなんて話までされたら胃が痛みで破裂しちゃうんじゃないんだろうか。
《ふわふわし過ぎな説明だけど、真逆のってところだけは理解できた…。実感してるし……》
もう余計な事は考えるのをやめた方が良いのかもしれない。
取り合えず言われた事を理解できるように頑張ろう……。
「よしよし。んで具体的な魔法ってのがだな、変身中に勝手に発動もする[肉体強化]と基本的に任意のタイミングで使用する[武器魔法][攻撃魔法][回復魔法]の四種類だ。慣れてくれば応用もできるが、ま、基本この四つがあるとだけ覚えといてもらえれば……」
なんて思った矢先に聞き流せない話になってきた。
《ちょ、ちょっと待って!?何で急にそんな物騒な話に!?》
「そりゃ物騒な事するために作られたからに決まってんだろ」
《え、えぇ!?》
「いちいち驚くなうるせぇ。第一、魔法が物騒なんだから当たり前だろ。包丁見て絶対安全だと思うのか?思わねぇだろ」
《そうだけどそうじゃない!!》
そもそも人格が二個できたっていうのだって理解できてないのに魔法の話なんて理解できるわけない。なのにその上物騒な話!?
ま、まさか喧嘩とかさせるつもりなの……!?
「あー、どうだろうな。分かんね」
《わ、分かんないって……!》
なんで!?何でそんな物騒なのがおばあちゃんの家の蔵から出てきたの!?
「そりゃあまぁ、確信はねぇけどお前のばーちゃんかその前のかが先代だったんじゃねぇのか?時間の経過までは把握できてねぇから何とも言えねぇけど」
《そ、それって、魔法が使える少女みたいなアレで……って事?》
「まぁそうなるな」
《えぇーー!?》
今ごろになって出てきた新事実にギャグみたいな声が出てしまう。
おばあちゃんが魔法少女!?う、ううん。もしかしたらお母さんかも知れないし、……会った事は無いけどひいおばあちゃんの可能性だってある……?
《う、うぅ……??》
「待て待て!勝手にぶっ壊れんな」
《で、でもぉ……》
なんにも分からなくなり過ぎて煙を上げ始めていた私の頭を叩くような『俺』の声でなんとか倒れ込む寸前に意識が戻る。
でも、それだって問題が解決したわけじゃないし……。
うぅ……。考えたら駄目だ。また倒れそうになる。
「……はぁ。とりあえずアレだな。そもそも俺のいた世界の話からするか」
《今度は何ぃ……》
ため息交じりの呆れ声に弱腰になってしまう。
私、あんまり頭良くないから平衡世界とかそんなのされても分かんないよ……。
「あれだ。異世界渡航だ。クソ雑な説明だけどこれのが通りはいいんじゃねぇか?」
《ま、まぁ…》
そんな私の心の声が聞こえていたのか『俺』は別世界の事を異世界と表現してくれた。
…くれたのはいいんだけど、本当にあったの?そんな世界が…。
「でだ、前回『俺』…っつーかステッキは意図的にこの世界に送り込まれた。理由は異世界で悪さしまくってたクソ馬鹿な悪者共がこっちに来たからだ」
《う、うん》
「ステッキはその悪者共を全員始末するために、魔法を使うに能う現地人を探し出した。それがお前の血縁関係の誰かだ」
《うん、うん》
「で、見事に壊滅させてこの世界は守られました。めでたしめでたし。……わーったか?」
《な、なんとなく……》
悪者とか始末とか壊滅とか、気になる言葉は色々出て来たけど取り合えずステッキの役割は分かった気がする。
つまり、国境を越えて犯人を捕まえに来た特殊警察……なのかな。
「まぁそんなところだ。本当ならステッキも一緒に帰還してるはずなんだが人様の蔵から出てきたって事は…まぁなんか意味があんだろうな」
《じゃ、じゃあ私も悪者と戦う…の?》
「知らね。俺は何にも聞かされてねぇし、手違いだとしたら人に見つかる前に戻される。つっても悪者共の感じもしねぇし、よー分からん」
《そ、そんなアバウトな……》
あくび交じりにテキトーな説明をするだけの『俺』。
私にとっての情報源は『俺』しかいないんだからしっかりしてよぉ………。
そんな風に思ってため息を吐いた時。
「ま、困ったらパトロールだ。行くぜ」
《!?》
突然不穏な事を言ったかと思うと『俺』は反動をつけて椅子から立ち上がって伸びをしたり肩を回したりし始める。
《パ、パトロールって…何するつもり……??》
「あぁ?文字通りに決まってんだろ。ワリがよくやってんだろ」
《じょ、冗談だよね……ね!?》
それ以上言葉を返すつもりが無いのか『俺』は軽いストレッチを終えると、気合を入れるために強く両頬を叩く。
「あー、そうそう。いつまでも俺を『俺』って言うの疲れんだろ?これからは『エンジェルン』って呼べ」
《え、エンジェルン……?》
「っは!それだそれ。いいねぇ、昔を思い出してくるぜ」
っはははは!と両手に腰を当てて豪快に笑うエンジェルン。
当たり前のように他人の意思で動くせいで正直もう自分の身体という気がしなくなってきてる。
そんな近くて遠い私の身体は、少しずつ慣れつつあるあの気持ちの悪さを伴って脚を一歩二歩と踏み出し始めて。
「んじゃ懐かしのパトローーール!」
《う、うう!やめて!公道に出ないで……!!》
私の思いなんてまるで届く様子もなく、エンジェルンはおばあちゃんの家の敷地から出て行ってしまった。
不安で不安で仕方が無い私の気持ちとは裏腹に軽快な足取りで。
to be next story.
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