第拾陸話:荻窪迷宮

荻窪駅に着くと普段は立ち入り禁止になっている鉄柵が開いていて、その奥の方に数組の冒険者パーティが列をなしていた。


「なにあれ?」


「迷宮攻略をするために集まった冒険者だ。あれは迷宮を攻略する際に依頼主に侵入許可をもらっているんだ。」


「もしかして冒険者たちの奥の方にあるのが・・・。」


奥の方をよく見ると明らかに線路が途中で途切れていて、そのすぐ後ろに巨大で禍々しいオーラを放つ和風の門が鎮座していた。


「そうだ。あれが迷宮だ。」


門は既に開いていて明らかに現代日本の地下施設とは思えない石煉瓦造りの壁と床が奥の方に続いていた。


「次の方どうぞー。」


並んでいると俺たちの番が来た。


見ると簡易的な受付でやり取りをしていた人たちは、みんな懐かしいウグイス色の制服を着ていた。


「では、こちらの誓約書をよく読んで名前をお書きください。」


誓約書に目をやるとこのようなことが書かれていた。


『                誓約書


・魔物やほかの冒険者との戦いで死傷者が出た場合でも、依頼主の【帝都高速度交通営團】側(以降乙とする)は一切の責任を負いません。

 ・迷宮で発見されたお宝に関して乙は一切請求しません。

 ・万が一、依頼が失敗場合その旨を24時間以内に乙に報告すること

 ・尚、依頼が失敗した場合の違約金は契約料の2倍の金額を徴収する。

 ・報告しなかった場合、法律により依頼が失敗した場合の違約金の10倍の支払い、又は懲役20年の刑を科す。

 ・万が一迷宮から魔物が十匹以上出現するなどの魔害の兆候が現れた場合は、速やかに迷宮を封鎖する。例外は一切認めない。


以上のことを踏まえて私は依頼を受けることを誓います。

冒険者名________________________ 


依頼者 帝都高速度交通営團                       』


「最後の文章が重すぎる・・・。」


「それはね僕、以前それをやらなかった結果この帝都が大変なことになった事例があるからなんだよ。」


「そうなの?」


「吾が生まれたばかりの頃だからな。知らなくて当然だ。さ、あとがつかえている。これに名前を書いていくぞ。」


気が付くと後ろにはなぜかガタイが良い軍人さんたちが仁王立ちで立っていた。


皆腰に軍刀を付けており、陸軍のシンボルでもある五芒星の帽章が付いた深緑色の帽子をかぶっていた。


服は緑のまだら模様で陸上自衛隊員に見えなくもない。


「ひぅっ。」


あまりのオーラに変な声が出た。


先頭にいた男性軍人は俺に気づいたのか笑顔で敬礼をした。


俺は慌てて敬礼をしていつの間にか先に行った父さんを追いかけた。


・・・・


男の子が自分に怯えていたので慌てて笑顔を作り、敬礼をしたがぎこちない笑顔で敬礼を返された後に逃げられてしまった。


「・・・もしかして、俺の顔怖かった?」


「怖いなんてもんじゃないっすよー。森少佐殿のそれはまさに仁王様・・・あだっ!」


「私語を慎め鹿島中尉、演習中でも気を引き締めてこその軍人だろ?」


「ハイハイ、わかってますよ。」


・・・・・


父さんと一緒にダンジョンの奥まで進んでいくと突如、身長170cm程度の赤鬼が刺付きの金棒を持って3つの魔法陣から1体ずつ姿を現した。


「来たぞ吾!気を引き締めろ!!」


 「うん!」


「ぐわぉおおおおおお!!!」


「魂を揺さぶれるようなすさまじい声だ!・・・父さん、大丈夫?」


「ああ、こんなんでひるんでたら冒険者じゃないからな。」


ゴォォォォー!


赤鬼の1体が口を大きく開けて火を噴いてきた。


「うおっ!この世界の鬼って火を噴くのかよ!」


俺はとっさによけた後に、さやから剣を抜いて迷いなく赤鬼の首を飛ばした。


血しぶきを上げながら首のなくなった鬼は膝から崩れ落ちた。


「モンスターってこんなに簡単に倒せるものなのか?」


「吾!危ない!!」


慌てて振り返ると、父さんと交戦している1体と俺に金棒を振り回しながら襲ってくる鬼が見えた。


俺はとっさに剣を前に構えて全力で振り、金棒を受け流そうとした。


ガキイン!


ところが、金棒は剣に触れたとたん鬼ごと真っ二つに切れた。


「グガアアアアアッ!?」


赤鬼は疑念のこもった悲鳴を上げながら体が泣き別れの状態になって地面に向かって崩れ落ちた。


「はぁはぁ・・・倒した。俺、魔物を倒せたんだ!」


息を整えて父さんの援護を・・・と思ったけどすでにもう1体の鬼も首を飛ばされて物言わぬ屍になっていた。


「よくやった吾。初めての戦いで鬼を2体も倒したのは俺の人生でお前だけだ!」


褒められたのは嬉しいけど、実の息子だから誇張しているだけかもしれないな。


「そんなことない・・・って何してるの父さん?」


父さんは赤鬼の死骸をポーチに入れていたサバイバルナイフで解体しようとしていた。


「魔物を討伐したという証拠が必要なんだ。武器や核と言ったものは特に持って帰る必要がある。」


「へー。」


「ちなみに鬼の皮膚は丈夫でな、財布や鞄に使うと長持ちするんだ。」


「なるほど。」


あらかた解体し終わったが鬼の残骸はそのままだ。


「父さん、これどうするの?」


「このままでも大丈夫さ。ほら・・・。」


「なにこれ?!」


父さんが指さす方を見ると、驚くべき光景が目の前に広がっていた。


転がっていた鬼の死骸が迷宮の床に吸い込まれるように消えていったのだ。


 「迷宮で発生した魔物は迷宮で死んで一定時間たつと魔素として吸収され、迷宮内で新たな魔物として生まれ変わるんだ。」


 「じゃあ、迷宮内で死んだら俺たちも・・・。」


 「誰かが迷宮を攻略しない限り、迷宮に魂ごと吸収されてここに現れる魔物の一体として永遠に冒険者に狩られ続けるんだ。」


 俺は恐ろしさのあまり身震いした。

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