第拾肆話:杉並區役所冒険者課

翌日、俺と父さんは區役所にやって来た。学校は土曜日なので当然休みだ。


やはりというべきか、前世と違って石板に掘られている文字が旧字体で右から左に書かれている。建物は見慣れた現代のビルそのものなので違和感がすごい。


中に入ると、内装はごく一般的な役所そのものだがエルフ、ドワーフなどと言った亜人種や妖精までもがいて、嫌でもここが異世界であることを痛感させられる。


「あった。あの奥にあるのが冒険者課だ。」


「父さん、父さんが勤めていた冒険者組合はどうなったの?」


「無くなった。」


「え?!」


「理由は人手不足だ。ゆえに合理化を図るためだとか何とか言って23區にあったすべての組合施設は區役所に統合されたんだ。」


「じゃあ、父さんは無職・・・。」


「いや、ほとんどの冒険者はこの冒険者課の職員になっただけだ。もちろん、父さんもいまだに冒険者を続けている。」


「そうだったのね。」


俺は正直ほっとした。無職でしばらく暴力的だった前世の父さんがトラウマだったからね。


まあ、父さんも反省しているみたいだからそんなこと二度と起きないと思うけど。


冒険者課の待合室の長椅子には、屈強な鎧や剣で武装したスキンヘッド男、目のやり場に困る格好で魔法の杖をいじる女性エルフ、紫色の大きなとんがり帽子をかぶり藍色のローブを着て魔導書を読んでいる銀色の長髪を後ろで束ねた眼鏡娘、恐らくハルバードであろう布にくるまれた大きな獲物を体に巻き付いたベルトに括り付けた筋骨隆々な半裸ドワーフ男性と言ったいかにもな格好をした冒険者たちが座っていた。


男性冒険者たちや眼鏡娘は、俺を一瞥してまた視線を魔導書や武器に戻した。


エルフは笑顔で手を振ってからまた杖の手入れを始めた。


さすがにナーロッパみたいに絡んでこないか・・・。


「吾、行くぞ。」


「あ、うん。」


俺は父さんの後ろに慌ててついていった。


受付のお姉さんはぴんと立った犬耳と尻尾だけがあるタイプの犬獣人女性だ。


髪色は金だが、紺色のレディーススーツが妙に似合う。


「あら、水樹さん。今日はお子さんと一緒なんですね。」


「ああ、今後のためにも息子に俺の仕事ぶりを見せようと思ってね。」


「そうでしたか、でも気を付けてくださいね。子供同伴で依頼を行った冒険者の子供が魔物に襲われて・・・なんて、アナタなら大丈夫ですよね。」


「ああ、それに息子は優秀な冒険者に匹敵する強さを持ってるからな。」


「フフフ・・・坊やも、お父さんの言うことをちゃんと聞いて行動するようにしてね。」


「うん!ぼく、お父さんの言うこと絶対に聞く!」


「そうかそうか。」


父さんは優し気に俺の頭を叩いた。


怪しまれないためとは言え、公共の場での子供ふりするの・・・めっちゃハズイ!!


「・・・父さん、笑ってない?」


「まさか・・・笑ってないぞ。」


「ほんと?」


「ほ、ほんとだぞ。」


嘘つけ親父!絶対笑ってるゾ!


父さんは、近くに攻略難易度3級の迷宮がないか犬耳の受付嬢に質問した。


「まあ、さすがに人が多いこの場所にはないか・・・。」


「どういうこと?」


すると犬獣人の受付嬢が理由を話した。


「生物は呼吸をすることによって魔素を吸収しているんです。個人差はありますが体が大きければ大きいほど量は増えます。ゆえに、人が密集している地域では多くても4級が関の山です。ですが・・・。」


「ですが?」


「ありますよ、3級迷宮が。昨日発生したばかりでまだ依頼書を製作していませんが。噂を聞きつけてすでに何組かの熟練冒険者御一行様が攻略に向かいました。」


「あるんかい!・・・で、それはどこなんだ?」


「営団地下鐵丸ノ内線荻窪驛の奥の方にある・・・引き込み線にあります。」


後ろがざわついてきた。それに二人の会話から察するに相当レアなことなんだろう。


「おいおいマジかよ・・・3級!?」「何かの間違いじゃないかしら?」「いずれにしろ。腕がなまっていたとこなんです。いい機会でしょ?」「眼鏡娘の言う通りじゃ!ワシらの実力であっという間に攻略して見せるわい!」


最初に冒険者課にいた冒険者たちが色めき立った。


反応的に東京23區内で3級は相当レアらしい。


「しかし、荻窪驛に3級迷宮か・・・厄介なところにできたな。」


「ええ、ですが今回のように地下鉄の引き込み線など魔素がたまりやすい場所に迷宮ができることはあります・・・けど、明らかにおかしいんです。」


「おかしい?」


「迷宮ができる5日前を境に急に魔素濃度が上昇し始めたらしいんです。」


「誰かが職員の目を盗んでわざとあそこに発生させた可能性があると?」


「ハイ。」


「まあ、いずれにせよ。どうしても必要なものがダンジョンにあるんだ。いくぞ吾!」


「うん!おねーさん、バイバイ!」


犬獣人の受付嬢はなんとか笑顔を作って俺と父さんを見送った。


「吾、お前が丸腰じゃさすがに心もとない。まずは剣を買いに行くぞ!」


「うん!」


杉並區役所からバスに乗って杉並高校で下車し、しばらく歩いたところに武器屋があった。


「ここだ。」

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