夜に咲く花
膳所我楽
第1話
夢を見ていた。
いつかは
――晩秋。太陽が我が物顔で誇っていた夏が去り、夜長の季節に移ろう。
僕は一人、シャッターの降りた商店街を歩いていた。
生まれたときから、物言わぬ通りと化していた商店街。だが、僕には静かさと共にどこか親しみと懐かしさを感じていた。
まるで、うだるような暑さのなかで見つけた木漏れ日のような。あるいは、夏を越して冬の夜に再会したときのような。
そして、その感覚は間違いではない。何故なら、僕は子供の頃、実際に
◇◇◇
――盛夏。太陽が
中学生だった僕は、ちょうど夏休みの時期であった。まだ何も描かれていない
僕は家の近所を
一人で夜道を歩いた時の、何かが出てくるかもしれないという不安と高揚。
それに似たものを感じ取った僕は、好奇心に抗えず足を向けた。
そんなある日、商店街の中に小さな
この地域の
◇◇◇
――あの時は、神社で何をお願いしたか。確か、「早く大人にしてください。」という
思い返せば、あの頃は無邪気であった。真っ新な紙には何でも描くことができ、子供に出来ないことが出来る大人は無敵に思っていた。
だが、大学を卒業して就職し、その夢は無残にも打ち砕かれることになる。
失敗続きで上司に叱られる日々。どうにか人並みになろうと
結局、自分は何者にもなれなかった。就職一年目にして早々と、その現実を突きつけられてしまった。
薄暗い通りを足早に通り過ぎる。もう少しで、生まれた時から住んでいる我が家だ。
「骨董・古物 営業中」
ふと、目線をあげると、見慣れない看板があった。
最近できた店だろうか。こんな
何の気なしに店先をのぞいてみる。店内では、ご主人らしき立派な髭を蓄えたお爺さんがうつらうつらとしていた。
「おや、いらっしゃい。気軽に見て行きや」
人の気配で目覚めたのだろうか。お爺さんは、こちらに向かって話しかけてきた。
「あ。それでは、ちょっとだけ」
どうせ帰っても、寝ること以外にすることもない。なら、ここで少し時間を潰しても構わないだろう。
茶碗に壺。掛け軸に花瓶。
店内は雑多なものに
「いやあ。趣味で茶の湯をやってるんやけど、いつかこういう道具屋を開くのが夢やったんよねぇ」
「そうですか。夢が叶ったんですね」
「そうやねぇ。若いときは自分の店を持つなんて夢にも思わんかったし、ホンマに
自分にはどんな夢があっただろう。大人になること以外に何があったのか、もはや忘れてしまった。
ふと、棚にある黒い小物入れの様な物に目が
丸みを帯びた円柱形とでもいうような、独特な形をした塗り物だ。
「おや、
夜桜棗、というのがこの小物入れ(?)の名前であろうか。
「
そう言って、ご主人は棚から棗を降ろし、見せてくれる。
「ほら。よう見てみ。黒い
確かに、よく見ると桜の
何故、そんなことをするのだろうか。桜だけで綺麗なのに。
「これはこれで、独自の味があるっちゅうこっちゃやろなぁ。ま、お道具の解釈は自由なもんやけど、
たとえ夜に塗りつぶされようとも、そこに花が咲くなら、誰かがそれを見つけてくれる。それが“味”やと思うんよなぁ」
そうか、それが“味”なのか。
思えば、自分がこの
ちょうど、あの小さな祠のように。
それなら、きっと。
僕は、ご主人に礼を言い、店を後にした。
家に帰り着くと、中は真っ暗だった。
当然だ。この家には、僕以外に誰も住んでいないのだから。
◇◇◇
小さいときから、僕の両親は仲が悪かった。
ことある
夏休み。家に居るのがいたたまれず、毎日外へと飛び出していた。
早く、無敵な大人になって、この家から出たい。
それが、僕の夢だった。
高校生の時、両親が離婚した。そして数ヶ月前、僕の親権を有していた母が、事故で帰らぬ人となった。
後には、この家と少しの財産が
◇◇◇
夢なんてのは、すぐに醒める。
だから、人は現実を生きないといけない。
まだ片付いていない家で、僕は簡素な夕食を摂った後、寝支度をする。
それでも、もう一度夢を見ることができるなら。
この
もうすぐ来る冬を、乗り超える
-完-
夜に咲く花 膳所我楽 @zezegaraku
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