第13話 いざ、クリスマスデートへ

 商店街、ケイと待ち合わせしていたツリーのところへ向かうと、ケイが先に来て待っていた。寒さに合わせてか、お洒落なコートを着ている。私を見つけると、軽く手を挙げた。所作がイケメン。

 私がとたた、と歩み寄れば、衆目が刺さっていることに気づいた。まあ、ケイの人間姿は滅茶苦茶イケメンだから目立つだろう。

「寒くなかったか?」

「ん……ちょっと雪降りそうだなっては思った。でも、雪が降ったらこの辺じゃ滅多にないホワイトクリスマスだよ!」

 無邪気な私にそうだな、と微笑むケイ。普通に対応してくれるから今日だけの擬似的な恋人関係なはずなのに、その気になってしまう。ああ、私も「年頃の女の子」ってやつなんだな、としみじみ思った。

「どこに行く?」

「特にプランはないの。その辺ぶらぶら歩けたらなあって」

 それだけで恋人気分になってしまうのだから、私も大概安い女だ。けれどまあ、悪くないだろう。

「じゃあ、歩こうか」

 さりげなく手を差し出してくるケイ。私はおとぎ話の中に迷い込んだお姫さまの気分だ。夢みたい。

 叔母が死んでから、私の時間は止まっていた。叔母が死んだという「永遠」がなくなればいいのに、と次々に襲い来る「現在いま」を何度呪ったことか。私は叔母が生きていた「過去ゆめ」にばかり取り憑かれ、十数年、生きてきた。いくら縁野の家でお線香を立てても信じられなかった。実感がなかった。

 あのときから「リアル」が何か私にはわかっていなかったのかもしれない。座敷わらしにも「生きているのに生きていないみたい」と言われる始末だ。

 そんな座敷わらしは、「せっちゃんと一緒に応援してるからね!」と出際に言っていた。二人は何故相手が奇化しものだとわかっているのに私を応援するのかがよくわからない。ケイの見た目が好青年だからだろうか。

「そういえば、こないだはありがとね、家まで送ってくれて」

「疲れていたんだろう。気にするな」

 寝言とか聞かれていないだろうか、と気にする辺り、私も俗物だ。ただし確認する勇気はない。

 商店街はクリスマス一色。昨日まではちらほら年越しがどうの、お正月がどうのと出していた店も今日ばかりはクリスマスカラーに彩られている。サンタクロースの人形があったり、リースが飾られていたり。

 ケーキとか食べられる店がないかな、と物色する。そんなお洒落な店があったら縁野は田舎じゃないとは思うが。

「賑やかでいいな」

 ケイが辺りの幸せな喧騒を見渡しながら言う。何気に少し先を歩いてくれているので、ほどよくエスコートされている感じがしていい。本当に細かいところに気の利くかっぱだ。

「クリスマスもイベント化したからね。日本人のアレンジ力はすごいと思うよ」

 ただの聖人の誕生日がお祭りみたいになる辺り、日本らしい。自由宗教だからこそだろう。

「あの鹿は何だ? 立派な角だな」

「あれはトナカイだよ。サンタクロースのパートナーだね」

「サンタクロースはほたるから聞いていたからなんとなくわかるが、トナカイ? 外国の生き物か?」

「日本にもいると思うけどねー。私も本物見たことないからよくわからない。でも、鹿と違ってオスもメスも角生えてるんじゃないっけ? 忘れた」

「長い時を過ごしていてもわからないことはまだまだたくさんあるな」

「全知全能なんて無理だよ」

 全部わかるなんて、土台無理なことなのだ。自分に言い聞かせる意味もあってそう言った。ケイが目を細める。

 私の手を握り直し、それから反対の手をぽん、と頭に置いてきた。

「そんな悲しい顔をするな。今日は幸せの日なのだろう?」

「……うん」

「お前が幸せになれないなら、俺が幸せにしてやる」

 ……!?

 この人何恥ずかしいこと素で言うかな!?

 妖怪だから、その辺りの感覚がずれているのだろうか。それにしてもイケメン度が高すぎる。ハイスペックかっぱだな。まあ、人間の姿をとってからはかっぱ感がないけれど。

「どうした? 顔が赤いぞ? 霜焼けか?」

 無自覚かよこんちくしょう!! これだからイケメンってやつは!!

 なんて私が思っていることなどつゆ知らず、ケイは懐からがさごそと何か取り出す。

「ほら、首元が寂しいだろう」

 ふわ、と首にかけられた温かい感触は毛糸のそれ。

「え? マフラー?」

「むしろそれ以外の何だというのだ」

「でも、ケイって買い物できないはずじゃ」

 奇化しもので、人間のお金を手に入れる手段がないから。

 けれどケイは首を傾げた。

「何も金でのやりとりだけが全てではないだろう?」

「恐喝?」

「何故そうなる?」

 はあっ、と溜め息を吐いた擬似恋人は種明かしをした。

「花をあげに寄ったら、ほたるの奥方がくれたんだ」

「マフラーを?」

「毛糸をだ」

 毛糸だけでは編まなければマフラーにならない。編まなけれ……ば……?

「編んだの!? 編めるの!?」

「ああ。編み方は恵に教わったことがある」

 そういえば叔母から手編みのマフラープレゼントされた冬がありましたね、ええ。

 そうか、ケイはかっぱおじさんのみならず、叔母とも知り合いなんだ。なるほどなるほど。

「って、え? 恵叔母ちゃんと知り合いなの?」

「言ってなかったか?」

 初耳の気がする。ああでも叔母に線香あげてくれたって話だっけ。

「ほたるよりは浅い付き合いだが。恵も色々教えてくれたな……というか、ややこしいな。姪のお前の名前も『メグミ』なんて」

「うーん、叔母ちゃんから取ったらしいからね」

「そうなのか。名は体を表すとはよく言ったものだな。恵によく似ているぞ」

「まあ、縁野式って言って、読み方とかを関連づけて名前を残していくっていう風習なんだけどね。私は『愛』に『美しい』で『メグミ』なの」

「豪勢な名前だな」

「よく言われる」

 そういえば私の名前教えたのになかなか呼んでくれないな、と思っていたが、そういうことだったか。

「まあ、『あいみ』とか『まなみ』とか読み間違えられることが多いけどね」

「名前を間違えるのは失礼だろう」

「仕方ないときもあるよ。初見じゃね」

 ふと、思いついたままを聞いてみる。

「ケイはどういう字を書くの?」

「『サトシ』とも読む字だな。難しい、とほたるに言われた」

「んん? 『恵』の旧字じゃない? ええと」

 私は土のあるツリーのところまで戻った。指で「慧」という字を書く。

「これでしょ?」

「ああ」

「かっこいい名前ね。恵叔母ちゃんとお揃いだし」

 すると、ケイは「慧」と書いた隣に「愛美」と書き、上に三角形を書いてその頂点から二つの名前の間に一本線を引いた。

「なっ、なな……っ!?」

「好いている者同士はこういう風に名前を書くとほたるが言っていた」

 おじさん! 何教えているんですか、かっぱに。

 おじさんのおかげでいい具合に現代に馴染んでいますけど、これは古くないですか!?

 というか、普通に照れる。さらっと「好いている者同士」とか言っちゃっているし。イケメンだから何やっても許されるとか思っているんだろうか。許すけども。

「はああああっ」

「どうした? 溜め息なんか吐いて」

 よほどあんたのせいだ、と言ってやりたかったが、どこか喜んでいる私がいる。おままごとにしてはよくできているじゃないか、この関係。

「いいクリスマスプレゼントもらったよ」

「? マフラーはクリスマスプレゼントではないぞ?」

「えっ」

 意外すぎる事実である。では一体何が?

「クリスマスプレゼントはもっと大きい、お前が兼ねてより望んでいたものだ。手間はかかったがな」

 ふ、と笑むと空を指差した。

「上を見ろ」

 私は自然と空を見上げることになり……そして気づいた。

 空から降り注ぐ、冬のおくりもの。

「ホワイトクリスマスになったね!」

 どこぞのカップルが騒ぐ。そう、雪が降り始めたのだ。

「クリスマスに雪……ホワイトクリスマス……」

「そうだ。これがプレゼントだ」

「まさか、天候操作できるの? すごいね、奇化しものって」

「いいや」

 ……何故、気づかなかったんだろう。


「この姿になるのには、さして力は使わないからな」


「手間はかかったがな」


 この言葉が意味している、ケイの状態に。

「悪いな。そろそろ限界だ」

「ケイ?」

 とさ、と私に寄りかかるケイ。体はぐったりとし、顔色もよくない。その上……体が透けてきている。

「天気を操作するなんざ、お天道様のすることさ。神霊の座敷わらしの力を借りても、もう保たない、か」

「保たないってどういうこと? かっぱは妖怪でしょう? 伝承で語り継がれる限り……」

「言ったはずだ。俺は奇化しものだ、と。奇化しものは妖怪とも幽霊とも括れない存在なんだ」

 聞いたことがないわけではない。

 昔話の「かっぱの雨乞い」なんかでは、かっぱの前世は池で死んだ子どものように描かれていたりする。

 一部解釈では、親より先に逝く親不孝により醜いかっぱの姿にされたのでは、というものもある。それに、ケイはこの人間の姿を前世のものだ、と最初から言っていた。

 ──ケイは妖怪であり、幽霊でもある、「奇化しもの」なんだ。

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