第11話 いざ、待ち合わせへ

 目が覚めると、見慣れた天井。いつの間にか私は縁野の家に帰ってきていたらしい……って、何故に!?

 私の最後の記憶は、確か街でケイと……そうだ、ケイ!

 ケイと話して恵叔母ちゃんのことを思い出して、悲しくてケイの胸で泣いて……まさかその後寝たのか?

 私としたことが不覚をとった。泣き疲れて眠るなんて子どもか。まあ、高校生じゃまだまだ子どもと言われるかもしれないが、そういうことではなく。泣き疲れて眠るなんて幼子のすることではないか。

 それにしても、ケイはよく縁野の家がわかったな。……ああ、バス停か。ケイは字が読めるんだったな。かっぱおじさんの名前もケイとも読むがほたると呼んでいるとか言っていたから博識なのかもしれない。百年以上生きているけれど、ケイの前世とやらの知識だろうか。百年以上前の識字率はそんなによくないはずだが……まあいい。

 とにかく、ケイにまた会ったらお礼を言わないと。そう思いながら起き上がり、廊下に出る。そこで急激な寒さに襲われ、私は震え上がった。

「寒っ。こんな寒かったっけ」

 と思って自分の服装を見たら、パジャマだった。それに外は夜。星が綺麗、ということは放射冷却で明日の朝は底冷えする。

 それはいいとして、何か一枚くらい羽織らないと凍え死ぬ。母が寝室にいなかったから、まだ起きているだろう。居間に急いだ。

 居間は明るかった。そして入った瞬間、ここは極楽だと錯覚した。

「あったか~」

「愛美、早く締めなさい」

「あ、はーい」

 思わずフリーズしてしまった。開けた戸からの寒風に母が文句を垂れてきたのでさっさと絞め、ほりごたつにゴー。

「ふぬぁぁぁぁ」

「その情けない声やめなさい」

「母さんだって、机に顎つくのは行儀悪いよ」

 いつも通りの言葉の応酬。うちにはほりごたつはないので、これは縁野の家に来たときだけの楽しみである。温いのは正義。

 うちもこたつはあるにはあるのだが、小さくて狭い。冬には親子で場所の取り合いのため、不毛な争いが日常茶飯事で起こる。縁野の家のこたつは広いのでそういうことがなくていい。みんなぬくぬくで仲良し。

「ところで愛美ー、あなたなかなかやるようになったわねー」

 だらしなく机に広がりながら、母は私に悪戯っぽい笑みを向けた。せめてそういうのはもっと格好のつく格好で言ってほしい。

「何のこと?」

「愛美を連れ帰ってきた男の人よー。超イケメンだったじゃないー。どこで引っ掛けてきたのー?」

 引っ掛けてきたとは人聞きの悪い。だが、かっぱだと明かすわけにもいかない。

「街で知り合ったのよ。かっぱおじさんと知り合いだっていうから」

「あ、そういえば、うちを出た後は寒川さん家にお花持っていってたわねー。でも、かっぱおじさんにあんなイケメンの知り合いがいたならもっと騒ぎになってよさそうなものだけれど」

 ある意味騒ぎの張本人なのだが。

「この辺りの人じゃないんじゃない? 商店街も不慣れな感じだったし」

「あら、そうなの? っていうか……」

「ん?」

 母がこたつから出した手をゆらりとこちらに向け、首根っこを捕まえてきた。

「あんなイケメンと街デートしてきたのねー! うらやまけしからん!!」

「うわー、あったか~」

 こたつから出したてほやほやの母の手はとても温かい。よって、言葉のこうかはいまひとつのようだ。

「母さんってば相変わらず面食いだよね」

「何よ、悪い?」

 開き直られた。

「悪くはないけど、だから変な男に引っ掛かるんじゃない?」

「ケイさんにお姫様だっこされていた愛美に言われたくないわー」

「おひっ!?」

 何してくれとんじゃケイ!! 勘違いが深まるじゃないか!!

「ま、あの人は悪い人じゃなさそうだけどねー。お母さんが普通に話してたし」

「普通に?」

 祖母が? 祖母と言えば、未だに「見える」目を持つ縁野家最強の見鬼けんきではなかったか。それがケイを見て何も感じ取らないわけがない。それとも、ケイの隠蔽が完璧だったか、ケイの話術が見事だったか。何にせよ、ケイすごいな。

 祖母と話すのは私は苦手だ。祖母と初めて会ったときのファーストインプレッションが最悪だったのもあるが、祖母は所作や態度の一つ一つが冷たく感じられて苦手だ。料理は上手いけれど、叔母のような親しみやすさがなく、聞きに行こうとは思えない。

「私がどうかしましたか?」

「お、噂をすれば何とやら。お母さんお雑煮できた?」

「正月前にしか来ないあなたのために餅をつくこちらの身にもなりなさい、幸。粉はできたけれど」

「じゃあ私三個ー」

「少しは遠慮しなさい」

 訂正。母の方が図太くてすごかった。祖母も呆れ返っている。ついでに言うと、私も呆れた。

「あら、愛美ちゃん、起きたのね」

「あ、はい。その節はご心配をおかけしました」

「いいのよ。子どもは心配させてなんぼなんだから」

 ……あれ?

 祖母ってこんなだったっけ? 「心配」という言葉がこんなにもするりと出てくるような人だったっけ? こんなに憂いを帯びた顔、初めて見た。母が帰ってきたときでさえ、冷ややかな表情しか見せなかったのに。というか、今日出迎えたときも、なんだか素っ気なかったはずなのに。何か心境の変化でもあったのだろうか。

「愛美ちゃんはお餅何個?」

「あ、私は起きたばっかりなんで、粉だけで」

「そういえば愛美ちゃんはお雑煮よりあんもちの方が好きだったわね。明日出すわ」

 ? 祖母はこんな人だっただろうか。私の好みを把握しているなんて。

 それとも、知っていたけれど、今まで言わなかっただけ? 謎が多い。

「お母さん愛美にばっかり優しいー。あたしにももっと優しくしてー」

「あんたは優しくすると漬け上がるでしょう」

 ごもっともで。駄々をこねる母にぴしゃりと言ってしまう祖母の図は縁野に来たという気がする。

 それから祖母の作った雑煮を食べた。母は美味しそうに餅をみよーんと伸ばしていた。半ば遊んでいたように見える。夜中に胃もたれでもして罰が当たればいいのに。

 そんな母は食べ終わるが早いか、さっさと寝に行ってしまった。お風呂はもういただいたらしい。

 私は祖母と二人きり、居間に残っていた。伯父たちは商工会だかの飲み会で今日はいないらしい。みんな結構な酒豪なので、日を跨がないと帰って来ないだろう、というのは祖母の言だ。それを私に言われても気まずい。

 出されたお茶に口をつける。やはりうちで飲む安いお茶とはわけが違う。さすが地主の家。

「あの人は」

 祖母の方から口を開いたので、意外に思ってそちらを見る。

「あなたの彼氏さんですか?」

「げほっ」

 派手に噎せた。まさか真面目と書いて「しんめんぼく」と読みそうな気質の祖母がそんな冗談を言うとは思わなかった。

「まさか。なんでそう思ったんですか」

「クリスマスに二人で過ごすのでしょう? これがお付き合いしているのでなければ何なのですか?」

 ぐ、なかなか言いよる。祖母はそういうことに興味の薄いと思っていたが、認識を改めた方がいいかもしれない。

「……あの人は、ただ、私の我が儘に付き合ってくれているだけですよ。ただの気のいい知り合いです」

「ほう」

 そう、ケイは奇化しもの、私は人間だ。私が「見える」がために偶然出会ったに過ぎない、限りなく他人に近い存在だ。

 そう、クリスマスの待ち合わせも、私が「普通」のクリスマスに憧れたから。あの人はわざわざそれを汲んでくれただけ。

「愛美ちゃん」

 祖母はただ、一言だけ。

「楽しんでらっしゃい」

 そう言った。


 特に何の準備もない。即席の「恋人」である私とケイは、商店街で会うことになった。あのツリーの前で。

 そんな言伝てをしてくれたのは祖母だった。ケイと話したのだという。

 別に池からでもよかったのにな、と思いながら、私はバスに乗った。

 今日は寒い。ここ最近ずっと寒いのだけれど、拍車をかけたように寒い。

「もしかしたら、雪、降るかも」

 そしたらホワイトクリスマスだ。

 そんな期待に胸を躍らせていた。

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