第7話 いざ、スーパーマーケットへ

 駅前がバスの終点である。なんだかんだと交流するうちに私はここに戻ってきてしまった。後悔はない。かっぱおじさんを悼む気持ちはあるから。

 しかし、問題がある。

「きゃー、お兄さん写真一枚いいですか?」

「隣のお姉さんは彼女さんですか?」

 ……あの、やめてください。

 びっくりするくらいケイがイケメンで目立っているんだが!? 私もかっぱがイケメンとは想像したこともなかったが、ケイはこれが前世の姿とか言っていたから、きっとさぞやおもてになったんだろうね。

 これがさっきまでしわの寄った醜いかっぱだと誰が想像するだろう。いや、見てくれだけで差別する人間のなんと醜いことか。とりあえず私は彼女ではない。

 ケイはというと、こんなにいっぺんに人間に話しかけられたことがないのだろう。目を白黒とさせている。

「……ケイ、行こ」

「ああ」

 軽くケイの裾を引く。ケイはシャツにジーンズというシンプルなコーディネートをお洒落に着こなしていた。こいつ本当にかっぱだろうか。人間世界のファッションに馴染みすぎだろ。

 私も語彙力が豊富な方ではないので「うわあ、名前呼びしてるよ」「付き合ってるわ、絶対」「脈なしか~……」と大いなる誤解を生んでいる。南無三。

「助かった。現代の流行り言葉というのはよくわからない」

「流行り言葉っていうか、カレカノはもはや一般化してるよ。彼氏彼女って言って、お付き合いしている間柄の男女のことを指すの」

「結婚を前提に、か?」

「ううん。最近はクリスマスとかイベントに乗っかってカレカノ作る人多いから、結婚前提とか重いかも。というか、いつの時代の人なの? ケイは」

「いつ、と言われてもな……百年を数えてから時間感覚が麻痺してわからん」

「でしょうね」

 そうだった妖怪だった。人間の枠組みで考えちゃいけない人だった。

 でも、百年以上前って、日本が外国の文化を受け入れ始めた頃……というか。

 おじさんによって様々な情報は得ているものの、ケイは見るもののほとんどが初めてで、こう見えて戸惑っているのかもしれない。

 イケメンはイケメンでも、儚げな風貌だからな……もしかしたら長生きできなかったタイプだろうか。あれ、でも確か、かっぱは水辺で死んだ人間の……

 いや、ケイについて深く考える必要はない。所詮は人間とかっぱ。別な「世界」の生き物だ。ケイの言葉を借りるなら。

「見えてきた。あそこのオレンジ……橙色の看板がこの辺で一番評判の店だよ」

「お前はこの辺に詳しいのか?」

「地元民じゃないけど、何回か来てるからね。それにこの街って知る人ぞ知る田舎だから、インターネットで調べれば色々出てくるもんよ」

「いんたーねっと?」

 ああ、ケイは横文字弱いのか。まあ、かっぱおじさんも横文字に強いイメージはないから仕方ないのかもしれない。とはいえ、この街のインターネットの掲示板のトップトピックスはこのかっぱなのだが。

 かっぱが人間に変化できる、などとどこかにたれ込んだら、さぞ賑わうことだろう。する気にはならないが。ケイがおじさんに姿を見せなかった理由と同じだ。そういうので世間の見世物にするのは本意ではない。面白半分でそういうことはやるものじゃないのだ。


「愛美のやつ、ユーレー見えるんだってー」

「うそぉ」

「ヤダヤダ、気持ち悪い」


「っ」

「どうした? 顔色が悪いぞ」

「……気にしないで」

 少し昔のことを思い出しただけだ。まだ幼かったあの頃の思い出と呼ぶには汚れた記憶を。

 あの頃と私は違う。いや、元々嘘つきではなかったが、そういう眉唾物はネタにされるだけだとしっかり学んでいる。あの頃の面々とは、両親が別れてからは会っていないから。

 店の前に着いた。

「この店、戸に取っ手がないぞ」

 あー、これは先程までのシリアスを吹き飛ばすテンプレート来たな。

 勝手に左右にスライドしたドアにびびるケイ。

「自動ドアだよ。からくりだとでも思って」

「あ、ああ」

 あの山から出なければ永遠に知ることがなかったであろう。何事も経験である。ケイはその点、「私についてくる」という英断をした。まあ、半ば強引に連れ去ったようなものだが、大して抵抗もしなかったので、興味はあったのだろう。

 恐る恐る自動ドアを潜り抜けると、広い店内に再び驚くケイ。呉服屋でもこんなに広くなかったとのこと。さいで。

「色んなものが売ってるよー。ケイが好きな魚肉ソーセージもあるし、もちろん花も売ってる」

「よろず屋といったところか」

「微妙に違うけどそういう認識で間違ってはいないかな、たぶん」

 とりあえず、野菜コーナーをぐるりと回る。

「節ではない野菜もあるのだな」

「最近はビニールハウスとかで温度管理して栽培できるからね。あ、きゅうりもあるよ」

「夏でもないのに」

「かっぱってきゅうり好きなイメージあるけど」

「嫌いではない。ほたるが持ってきてくれたものの中では魚肉ソーセージが好きだった」

「まあ、いくら栽培できるからって、旬のものには敵わないよね」

「そういえば、魚肉ソーセージの節はいつなんだ?」

 至極当然であるかのような問いかけに私は笑いがこらえられなかった。

「魚肉ソーセージの旬ねぇ!! 考えたことなかったわ」

「え、旬がないのか?」

 私の知る限りではおそらくない。魚肉というくらいだから、魚を使ってはいるのだろうが。

「ちくわにだって、旬はないでしょう? それと同じよ」

「なるほど」

 納得してくれたようだ。かまぼこでもよかったかもしれないが、かまぼこは確か特定の魚だったような……知識が曖昧なので、なんとも言えない。

 本当に花を買うだけなら入り口付近にコーナーがあるからすぐ済む話なのだが、せっかく来たのだから、できるだけ案内したい。街をいいところだと思ってもらいたい。かっぱおじさんやケイを勝手に見世物にする世間はいけ好かないけれど、この街そのものはいい場所なのだ。そう認めてほしかった。

 かっぱおじさんがいなくなってからの寂しさを、少しでも和らげることができたならいいな、と思った。

「魚肉ソーセージ、買ってく?」

「せっかくだからな」

「ええと、おじさんがよく買ってたのは……この会社だ」

「おおっ」

 目を輝かせるかっぱのケイさん。おじさんがいなくなってから半年、目にしていなかっただろうから、感動もひとしおなのだろう。私は魚肉ソーセージ一つでこれだけ感動する人を子ども以外に見たことがない。

 これだけでもいい思い出だな、と私は微笑ましく思いながら、私はレジへ向かった。仏花を見繕い、お会計を打ってもらう。

 店の外に出ると、ぞくりと背筋を寒気が駆け巡った。店内だから、いくらか暖房が効いていたのだろう。というか寒いな。

「どうした? 寒いのか?」

「ケイこそ寒くないの?」

 シャツにジーンズ、腰巻きの上着。うん、改めて見るとやっぱりお洒落な着こなしだ。それはさておき。

「上着くらい着たら? 不審がられるよ?」

「そうだな」

 もしかして、寒いとかの認識が薄いのだろうか。そういうところはやっぱり人間と違うのだろう。……少し、ケイを遠く感じた。

「どうした? 手なんか握って」

「あっ、ごめん」

 いつの間にかケイの手を握りしめていたらしい。私は恥ずかしくなってぱっと手を放したが、すぐにケイに掴まれた。

「せっかくだ。この商店街にいる間くらいは『カレカノ』とやらの真似事でもしたらいいのではないか?」

「……」

 真顔でさらりと爆弾発言。顔がイケメンだから尚のこと質が悪い。

 こんな優しい男子、戻ったらいないからな。

「ん、じゃあ、そうする」

「それなら提案があるんだが」

 ひょこ、と首を傾げる。

「クリスマスとやらは何日後だ?」

「二日後……」

「ならぱそのときも街をぶらぶら歩かないか? 今日はなかなかに楽しかったからな」

 私のため、とは言わないらしい。まあ、敢えて言わないのかもしれない。クリスマスデート。私も一端の女子高生だ。興味がないと言ったら嘘になる。

 ふふ、と笑みが零れた。

「いいよ。それなら予行ってことで、もう少し街を歩こうか」

「ああ」


 そのとき、私は知らなかった。

 ケイが軽い気持ちで放った私の言葉をどれだけ親身になって考えているかなんて。

 知らなかった。

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