第6話 いざ、商店街へ

 ケイを連れた私はバス停へ向かった。物珍しそうにバス停をしげしげと見るケイの様子が少し面白い。

「これは何だ?」

「バス停。バスを待ってるの」

「存在は知っていたが、見るのは初めてだな」

「え、おじさんはバス使ってなかったの?」

「あいつは、いつも自転車で来とった」

 え、晩年もだろうか。だとしたら相当体力あったな、あのおじさん。

「嫁ができたんならそっちを優先すればよかっただろうに……ほたるのやつめ……」

「ほたる?」

 文脈的にはかっぱおじさんのことを指しているのだろうが。そういえば、かっぱおじさんの名前を気にしたことはなかった。

「あいつは漢字で『螢』と書いて『ケイ』と読んだんだ。俺と被るから、俺はあいつを螢と呼んでいた。……久方ぶりに人と話すものだから、余計なことを話したな。すまん」

「別に謝らなくてはいいけど……」

 なかなか流暢に喋るかっぱだ。もしかしたら、おじさんがいなくなって……いや、見えなくなってから、長い年月、一人で語りかけていたのだろうか? 見えない人に向かって。

 それはかなり虚しいことだ。それでもケイは話すのが好きなのだろう。実際、なんだかんだと言いながら、私との会話も成立している。久しぶりに話せて、実はちょっと嬉しいのかもしれない。

「あ、バス来た」

「む、随分大きいな」

「そりゃ、何十人と乗る乗り物だからね。飛行機とかもっとでかいよ」

「飛行機……たまに雲作ってるやつか」

 飛行機雲、あの山の中から見えることがあるらしい。近くに飛行場なんてなかった気がするけれど、まあ、一応観光地なので、遠目くらいには見えるのだろう。あんな大自然に囲まれて、都会の喧騒の一部である飛行機雲を眺める……そんなのんびりした時間も、いいかもしれない。

 バスに乗り込む。ケイは慣れない様子でタラップを乗り越えた。

「うーん、さすが田舎。空いてるねぇ」

 座席がいくつも空いていた。栄えていないことを嘆くべきか。まあ、一時間に一本あるかないかのバスなんかを利用するより、車で動いた方が効率が良いからだろう。効率重視の人間が私はあまり好きではない。

 だからこそ、時代に馴染めない私は奇化しものなんてものが見えて、異端なのだろう。

 ケイの手を引き、後ろの方の二人用の席に向かう。座ると、ぴー、という独特の音がしてバスの扉が閉まった。

「からくりか。面白そうだ」

「最近の機械文化の賜物だね。あ、でもバスは結構昔からあるから最近ってほどでもないか」

 バスがゆらゆらと私たちを揺さぶりながら走り始める。静かなバス。私は年がら年中一秒でも喋っていないと死ぬ勢いで喋り倒す母と共にいることが多いから、静けさというものが実は苦手だったりする。特に、他に人がいる空間では。

 誰か喋れよ、と思うが、話すこともないのに喋り倒す人間はそういない。うちの母がレアケースなのだ。

 とはいえ、沈黙が苦手なのは変わらず、私はケイ相手に話し始めた。

「ふわぁ。世の中クリスマスっていうお祭り騒ぎなのに、何が悲しくてこんな僻地にいるのかしら?」

「ほたるの弔いに来たのではないか?」

「それはあなたが教えてくれるまで知らなかったわ。うちは私の叔母の法事なの」

「ふむ、仏事は大事だが、昨今の日本人というのはイベントが好きだと聞く。さっき言っていたくりなんとかもその一つだろう?」

「クリスマスね。そうなのよ。クリスマス、普通は私くらいの年頃だと、彼氏でも作って、クリスマスに予定入れて、クリスマスの予定埋まってるリア充アピールするのよ」

「リア充……?」

「毎日が楽しくて仕方ないってことよ。私も、少しくらいはリア充したいわー」

「愛美は恋人はいないのか」

「そ。宛てもないし、期待もしてない。だからせめて、ホワイトクリスマス楽しみたかったんだけど……縁野はクリスマス雨が多いのよね。レイニークリスマスとか誰得よ。偽物でも異常気象でもなんでもいいから、クリスマスくらい雪降ってほしいもんだわー」

 思うがままをぶちまけ終わる頃、ケイが私の裾を引いた。

「一人で喋りすぎだ。周りの目があるのを忘れるな」

 言われてぞくりとした。慣れていたつもりだったが、つもりは所詮つもりに過ぎないらしい。「一人で」「まるで誰かと会話しているかのように」べらべら喋る私に向けられる奇異の目線。各所からずさずさと刺さって痛みすら感じられる。

 それを自覚すれば次に来るのは恐怖だ。また周りから浮いてしまった。また奇化しものと話してしまった。自然体で話すのは私の悪い癖である。それで周囲から好印象を持たれることは少ない。何故なら私は人間相手に自然体で話すことができないからだ。

 ケイは奇化しものを見られる者こそ無垢なるものだと語ったが、私は奇化しものこそ純粋な存在だと感じる。ケイのように友を慮ることができたり、誰かを幸福にしたいと願ったり、晴らせなかった怨みを果たすために躍起になったり。感情の良し悪しはあるかもしれないが、自分の感情に真っ直ぐな行動が採れる奇化しものたちは「無垢なるもの」と呼んでもいいのではなかろうか。

 だから同じ無垢なるもの同士気楽に話せたりするのだろうと私は考える。だが、同時に気づく。奇化しものかれらを友とさえ思う私は、人間側では在れない。奇化しもの側なのだ。それが無性に悲しくなる。

「泣くな」

「……え」

「仕方がないから、お前以外のやつも奇化してやろう」

 それはどういう、と思ったが、聞くより先にぼふんと煙が舞って、私は目をぱちくりとした。それから、突き刺さっていた視線が痛みもろとも消えていくのを感じ、バスをぐるりと見渡し、それから再び自分の隣。

 そこには黒いパーカーを着て、緑がかった黒髪のイケメンこの上ない青年がさも当然であるかのように座していた。

 え、イケメンすぎて直視できない、じゃなくて、えっ!?

 更にちらちらとこちらを見る乗客の声が聞こえる。

「わあ、あのカップルすごい美男美女ねー」

「あんな子この街にいたかしら?」

「二人で街デート? きゃあ、若いっていいわねぇ」

 隣のイケメンの顔が年齢層高めのおばさま方に受けていらっしゃる。ではなく。

「け……ケイ?」

「そうだ」

「え、化けるのって狐や狸では」

「かっぱは元々幽霊だったのが変化した奇化しものだ。昔の自分の姿くらい覚えていれば奇化すのは簡単だ」

 え、ケイって前世からイケメンだったってこと? 羨ましい。

 それはさておき。

「次が終点のようだな。降りるか」

「う、うん。あ、でも切符……」

「心配いらん。ちゃんと俺の分も取っておいた」

 できるかっぱだな。

「でもお金……」

「それはお前が出せ。これで貸し借りが帳消しですっきりするだろう」

 抜かりないケイをお見それして、私は二人でバスを降りた。商店街はすぐそこだ。

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