第5話

 新入部員の番が終わり、先輩達の自己紹介が続いた。

 そして僕は、チラチラとこちらを見ていた先輩が、三芳みよしという名であることを知った。


 その日の活動が終わった時、三芳先輩が僕の方に近づいてきた。


「ちょっといいか?」


「! い、いいですけど」


 そのまま、僕は廊下へと連れ出された。


「違ってたら申し訳ないんだが・・・」


 先輩は躊躇ためらいがちに切り出した。


「?」


「・・・清水しみずって、兄弟はいるか?」


 意外な質問をされ、僕は目を見開いた。どう答えるべきか、悩んでしまった。


「・・・兄が


 先輩はグッと息を呑み、それから、静かな声で尋ねた。


「お兄さんの名前は、涼太りょうた?」


「! そう・・・です」


 僕が肯定すると、先輩は「やっぱり、そうだったか」と呟いた。



 三芳先輩は、僕の兄──涼太と同じ高校に通っていた。しかも兄さんと先輩は同い年で、二年生と三年生の時は、同じクラスだったらしい。


 僕は兄さんと違う高校に通っていたので、僕と先輩に面識はなかった。


 先輩と兄さんはすごく親しかったわけでもないが、険悪だったわけでもなく、ごく普通の『クラスメイト』という程度の仲だったらしい。


 だけど先輩は、兄さんが家族の話をしているのを聞いたことがあり、兄さんに二つ下の弟がいることや、その弟がなんという名前なのかを知っていた。


 だから、自己紹介で僕の苗字と下の名前を聞いた時、先輩は『もしかして』と思ったのだ。



 ──高校を卒業して、大学三年になった今でも、先輩は兄さんのことを印象深く記憶していた。親しい友人だったわけでもないのに。


 考えるまでもなく、僕にはその理由が分かった。



 僕の兄は高校三年の秋に、交通事故で命を落としたのだ。



──────────────────



 運ばれてきたホットコーヒーは、お洒落な陶器のカップに注がれていた。

 僕らは同時にカップを手に持ち、淹れたてのコーヒーを口にした。

 

 苦味がちょうどよく、とても美味しかった。

 真っ赤な紅葉もみじを眺めながら飲むと、なんとなくだが、味わいがより深くなるように感じた。


 外には人がたくさんいるのに、茶店の二階は不思議なくらい静かで、時が止まっているようだった。

 コーヒーの苦味と温かさが、胸がぎゅっとなるあの苦しい感覚と合わさって、僕は無性に切なくなった。



 不意に、先輩が口を開いた。


「・・・大学にはもう慣れたか?」


「え?」


 まるで親がしてくるような質問だったので、僕はついき返してしまった。


「環境が変わって、大変なこともあるだろ。講義内容とか・・・サークルとか、もう慣れたか?」


「あ・・・はい、慣れました。勉強は、ちょっと大変ですけど・・・なんとかなりそうです。サークルも楽しいですし」


「そうか。まあ、何かあったら誰かに相談しろよ。もちろん、俺に言ってくれても構わない」


「・・・ありがとうございます」


「・・・」


 先輩は、居心地が悪そうだった。『柄にもないことを言ってしまった』と思っているのかもしれない。


 普段の先輩は部員達に対して、こんな風に優しいことをストレートに言ったりはしない。クール、という表現が合っているか分からないが、どちらかと言えば先輩はそっちのタイプだ。


 それでも今、先輩は僕を気遣い、優しい言葉をかけてくれている。

 僕と親しいから?

 違う。

 僕が先輩と会話らしい会話をした回数なんて、数えられる程度しかない。実際、僕と先輩の間には今も、どこかよそよそしい空気が流れている。


 先輩がなにかと僕を気遣ってくれるのは、兄さんのことがあるからだ。


 兄を亡くした僕を、先輩は『可哀想』だと思っている。


 だから、他の部員にはそっけなくてぶっきらぼうなのに、僕には気を遣ってくれている。

 無理して、優しく接している。



 僕はそれが、たまらなく嫌だった。


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