第4話

 その茶店は、日本家屋を彷彿ほうふつとさせる外観の、落ち着いた店だった。


 僕らは二階のソファー席に腰を下ろした。すぐ横にある大きな窓からは、真っ赤な紅葉もみじがよく見えた。


「俺はコーヒーにする」


 先輩はメニューをチラリと見て、そう言った。


「コーヒーですか? お茶じゃなくて?」


 僕は反射的にそう尋ねていた。なんとなく、こういうところではお茶を飲むものというイメージがあったのだ。


「別にいいだろ。メニューにあるんだから」


 確かに、メニューにはコーヒーやラテなど、カフェで出るような飲み物も書かれていた。


「でも、日本庭園に来てるんですし・・・このお店だって、外観は日本家屋でしたよ。なんていうか、お茶の方が雰囲気に合うじゃないですか」


 すると、先輩が意外そうな顔で僕を見つめた。


「・・・細かいことにこだわるんだな」


 僕はハッとして、鬱陶しいことを言ってしまったと反省した。


「す、すみません・・・!」


「いや、悪いと言ってるわけじゃない。そういう面は知らなかったから、新鮮に感じたんだ」


 先輩はそう言って、楽しそうな笑みを浮かべた。


「えっと、その・・・」


 僕は妙に照れくさくなり、言葉に詰まった。そんな僕を見て、先輩は眉根を寄せた。


「でも・・・そうか、小説の舞台にするんだったな。想像している『画』があるんだろう。お茶を注文した方が書く時の参考になるなら、それでもいいんだが」


「あ、いえ! そういうわけではないんです。気にせず、好きなものを注文してください! 僕もコーヒーにします」


 僕は店員さんに声をかけ、二人分のホットコーヒーを注文した。その間ずっと、先輩は『本当にいいのか?』と言いたげな様子だった。


 僕が遠慮しているんじゃないかと、気にしてくれている。


 先輩は優しい。

 かたい表情を浮かべていることが多く、口調もどちらかと言えばぶっきらぼうで、そういう様子を『気難しい』と表現する部員もいるけれど、実のところ、先輩は優しい人なのだ。


(でも、先輩が僕に優しくするのは・・・)


 またしても、僕はぎゅっと胸が詰まるような苦しさを感じた。そして、初めて先輩に会った時のことを思い出した。


──────────────────


 今年の4月。

 文芸サークルで、新入部員が順番に自己紹介をすることになった。

 部室としている空き教室には、部員全員が集まっている。


(ふう、緊張した・・・)


 自分の番を終えた僕は、不意に誰かの視線を感じた。

 顔を上げると、先輩らしき男子学生と目が合った。


 その先輩はスッと目をらしたが、その後もチラチラと、僕の方を気にしていた。

 かっこいい人だったので、僕は内心どぎまぎしてしまった。

 にらむような視線ではない。こちらに関心を抱いているような、そんな視線だった。

 もちろん、意識されて悪い気はしない。


 でも、その人が──三芳みよし先輩が僕を気にしているのは、思いもよらぬ理由からだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る