第3話

 僕と三芳みよし先輩は、日本庭園の中を散策した。


 正門の近くにある池は、木々に囲まれてひっそりとしていた。

 奥の方に滝が見える。あれは人工の滝だと、先輩が教えてくれた。


 日常から遮断されたようなその空間で、水は絶えることなく流れ落ちる。滝の音はするけれど、こういうのを『静謐せいひつ』って呼ぶのかな、と僕は考えた。


 園の中央には、もっと大きな池もあった。そちらも美しかったが、僕は正門近くの、ひっそりとした池の方が好きだと思った。


 11月なので、庭園ではもう『雪吊り』の作業が始まっていた。

 これから降る雪の重みで、木の枝が折れてしまうのを防ぐためだ。雪が降る頃には、園全体の樹木に雪吊りが施されているのだろう。


 木の中心──幹の辺りに柱が立てられ、柱のてっぺんから張られた何本もの縄が、枝一本一本を吊り上げている。

 放射状に縄を張られた木は、遠目からだと、どことなくクリスマスツリーのように見えた。


 それにしても、実際に足を踏み入れてみると、庭園は思っていた以上に広大だった。地図があるとは言っても、僕一人では途方に暮れていただろう。


 先輩が一緒に来てくれたおかげで、スムーズに見て回ることができた。



「ほら、あそこ。池の中に小さな島があるんだ」


「あ、ほんとですね」


「あの島の形は──」



 先輩は案内するだけではなく、時には景観の解説もしてくれた。


 嬉しくて、油断すると浮かれてしまいそうだ。


 スマートフォンで灯籠とうろうの写真を撮っていた僕は、チラリと先輩の横顔を盗み見た。

 先輩はぼんやりと、池の水面に映る木々を眺めていた。


(・・・先輩、退屈なのかな。そりゃそうだよな・・・僕のペースに付き合って、ゆっくり回ってくれてるんだし・・・)


 先輩の両手は、相変わらずウインドブレーカーのポケットに突っ込まれている。よく見ると、鼻の頭がうっすらと赤くなっていた。


 その時、先輩がこちらを向き、盗み見ていた僕と目が合った。


「ん? なんだ?」


「! え、えっと・・・あの、先輩、寒くないですか?」


 僕は動転し、思わずそういてしまった。


「・・・」


 先輩は口を真一文字に引き結び、わずかに視線を泳がせた。


「別に、寒くない。俺のことは気にするな」


 そう言うと、先輩は僕に背を向け、先へ行ってしまった。


「ああっ、待ってください・・・!」


 僕は慌てて先輩を追いかけた。



 しばらく後、庭園内を一通り見て回った僕らは、茶店で休憩することにした。


 広大な庭園の中には、いくつもの茶店が用意されている。

 流石の先輩も茶店のことまでは詳しくないらしく、僕らは適当に、空いている席のありそうなお店に入ることにした。

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