第007話 代理

「生きられますよ……」


 その言葉に、どれだけ救われたことだろう。病状は重くなる一方でしたし、私はもう駄目だと考えていました。だからこそ、女神様の話は心の奥深いところにまで染み込んでいます。


「魔力循環不全の治療法があるのですか……?」


 主治医から不治の病だと聞かされていました。しかし、超常的な存在である女神様には方法があるのかもしれない。生きられるとの話に私は希望を抱いています。


「いえ、その病気は現状の人が治癒できるものではありません」


「いや、貴方様は生きられると仰ったではありませんか!?」


 声を荒らげて聞いてしまう。たった今、聞いた話と矛盾する返答に。


「生きられるとは治療を意味しません。女神は地上への直接介入を禁じられておりますから、ワタクシが治療を施すわけにはならないのです。強いて言うならば、とある人物によって助けられるが正解でしょうかね」


「助けられるって、どういう意味でしょう? それは誰なのです……?」


 長い息を吐くセラ様。今さら嘘だったなんて話はやめて欲しい。ぬか喜びなんて、そんなの絶対に受け入れられないから。


「どこから話しましょうか。ワタクシたち女神は世に生きる人間に加護を与え、一人だけ使徒とすることができます。貴方が生まれるよりも、ずっと前の話。ちょうどその頃、七柱女神の全員が使徒を失い、次なる使徒を選ぶ段階に入っていました。よってワタクシたちは集まって、不公平のないように魂を選び始めたのです」


 まるで理解できない話が始まりました。私が生まれるよりも前に魂の選考会が行われたようです。


「人気を博した魂は二つ。一つは黄色の魂であり、もう一方は深い青をしていました」


 私は頷くだけ。天界で女神様たちがしていたことなど想像もできないままです。


「黄に輝く魂こそ、リィナです。貴方には武運の女神ネルヴァとワタクシが手を挙げました。黄色の輝きは幸運に恵まれた証しですが、ネルヴァは勇者としての素質を見出したようです」


 ポンコツな私の身体でしたが、どうしてか二柱の女神様が私を使徒にしようとしたみたい。幸運の実感はなかったというのに、私の魂は黄色に輝いていたといいます。


「そして深い青には愚者の女神ルシアンと悠久の女神ニルス、美の女神イリアと叡智の女神マルシェが手を挙げました。深い青の輝きを放つその魂は、明確に悲運の色をしていたというのに……」


 色については神話に残っています。原初の三女神についてだけど、武運の女神は赤い瞳に赤い髪。叡智の女神は翠色。悲運の女神は深い青であったと。


「どうして悲運の女神様は手を挙げなかったのですか?」


 深い青といえば悲運。もの凄く人気を博していた魂ですが、手を挙げた女神様は悲運の青とは関係のない女神様ばかりだったのです。


「悲運の女神シエラは迷っていたのですよ。黄にするか、青にするか。もっとも彼女は静観を決め込んで、取り合いに参加する気はありませんでした」


「余り物でも良かったと?」


「そういうことですね。シエラは使徒が悲嘆に暮れる様を望んでいます。そんな運命は無限にあるのですよ。秀でた悲運を持っていたとして、取り合うなんて無駄なことだと考えていたようです」


 何だか穏やかじゃない女神様ね? 使徒を守るのが女神様なんじゃないの?


 聞く限り、悲運の女神様は使徒に優しくない。シエラ様の使徒となった人より、私の方がずっと幸運だったのがようやく理解できました。


「まあしかし、問題もありました。貴方の運命が十七歳で途絶えていたからです」


 やっと私が助けられる理由が語られるのかしら? てか私って十七歳で死ぬんだ。

 助けてもらわなければ、あと二年で死んじゃうんだ……。


「転生前であれば魂同士を結びつけたり引き離したりと、女神は少しばかり運命に介入できるのです。しかし、運命とは世界の定め。定まった運命の本質に手を入れることはできません」


 どうやら女神様たちも万能ではないらしい。世界によって定められた運命が優先されるのだ思います。


「そこでワタクシは黄の魂を預けてくれと願いました。ネルヴァだけでなく、ルシアンやニルス、イリアとマルシェに頭を下げて頼んだのです」


「どうして青の魂に手を挙げた女神様にまで願ったのですか?」


「それこそが解決策だからです。深い青は悲運の女神シエラに任せるべき。そうすることでしか、貴方の運命は動かせなかったのです」


 いやいや、それって絶対に了承されないやつじゃないの? 手も挙げていない女神様に、青の魂を一任するなんて。


「纏まったのでしょうか?」


「女神は地上の守護者。基本的に正しき方向であれば受諾されます。幸いにも代替となる魂がいたのですよ。黄と青の魂以外は……」


 どうやら人気となった色以外には代替となる魂がいたみたい。

 しかし、疑問が残ります。


「どうして黄や青が人気となったのでしょう?」


 女神様にはそれぞれ色がある。

 自身と同じ色を選ぶのであれば、絶対に重複しないはずなのに。


「一番強い輝きが目立つだけよ。リィナであれば赤も強かった。黄色がより強く輝いていただけ。恐らく叡智の緑もそれなりの色をしていたのでしょう。赤と緑が混ざり合った黄色の輝きが目立つほどに」


「失礼ですが、赤と緑を混ぜたのなら、濁った黒っぽい色になると思うのですけれど?」


「絵の具は混ぜるごとに色味を失う。しかし、光は異なるのです。全ての色を混ぜた結果は白。青と赤は紫であり、青と緑は空になります」


 なるほどね。輝きは混ぜていくと最終的に白になる。それなら赤と緑を混ぜた結果が黄色でも、おかしくないのかもしれない。


「そんなもので、ワタクシの提案により、各々が代替の魂を選ぶことになったのです。最後まで悠久の女神ニルスは不満を口にしていましたが、青の魂が失われたあとの優先権を得ることで諦めてくれました」


 色については分かりましたけれど、私が助けられる話は全然じゃない? いつになったら、説明が始まるのかしらね。


「私はいつ助けられるのでしょう?」


「それはこのあと。三柱による協定の話になります。武運の女神ネルヴァもニルスと同じように決定後も不満を持っていた一柱なのです。従ってワタクシはリィナに聖女を授けると提案しました。聖女には勇者をサポートする力がありますし、ネルヴァには貴方を救う術がありませんでしたから。よってネルヴァは代替でも構わないと考え改めてくれたのです」


「あれ? 三柱の協定ですよね? あと一柱は何を求めたのでしょう?」


 私が聖女となることでネルヴァ様は納得された。けれど、あと一柱の女神様は何を願ったのか不明です。


「協定を結んだ最後の一柱は悲運の女神シエラ。既に伝えたようにシエラは悲劇的な結末を望んでいます。彼女はワタクシが提示した未来に同意してくれました。シエラは貯め込んだ神力を解き放つことに了承してくれたのです。原初の三女神である能力を存分に発揮して、強大な固有スキルをシエラの使徒に与えてくれるのだと……」


 どうやら幸運の女神セラ様よりも、原初の三女神である三柱には強い力があったみたい。加えて悲運の女神様は神力という力を貯め込んでいたらしい。


「その強大なスキルを使用すると、リィナが背負っていた運命は……」


 何気なく聞いていた私なのですが、このあと愕然とさせられてしまう。


「シエラの使徒が請け負い、代行して死ぬことになります――――」


 声が出せない。私は今初めて、助けられるという意味を知りました。


 そんなの望んでいないよ。

 生きたいと思うけれど、それは誰かを犠牲にするという意味じゃない。生け贄を用意してまで生き延びるなんて考えていないの。


 しかし、非情にも女神様たちが出した答えは代理を用意することでした。病気とは何の関係もない誰かが、私のために死ぬようです……。

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