第006話 リィナ・サンクティア
私はリィナ・サンクティア。シルヴェスタ王国にあるサンクティア侯爵家の三女です。
生まれながらにして魔力循環不全という難病に冒されていますが、今のところ突発的な発作くらいしか問題はありません。とはいえ、その頻度は高くなっていまして、家族に心配をかけています。
本日は所領にある大聖堂へと赴いていました。というのも、十五歳を迎えた私は祝福の儀を受けることになっているからです。
「はぁ、あと何年生きられるのかしら?」
「お嬢様、きっと幸運の女神様が何かしら役に立つスキルを与えてくださいます! 幸運の女神様の加護を持つお嬢様が失われるなど考えられません!」
側付きメイドのマリーが勇気づけてくれるけれど、生憎と私には響かない。
何が幸運の女神よ。主治医の話では、あと数年しか私の身体はもたないらしい。
生命の源である魔力が上手く循環しない私の身体は少しずつ機能しなくなっており、やがて内蔵の全てが機能を失って死ぬみたい。不幸の女神ならばともかく、幸運だなんて皮肉としか思えないわ。
「リィナ・サンクティア前へ」
私の順番が来てしまった。
本日を境に私は大人になる。成人する姿を両親に見てもらえるのは、まだ幸運なのかもね。二本の足で歩いて、自分の意志でもって祝福を受けられるのだから。
七柱の女神像に跪いて、私は祈りを捧げる。できるなら、私はまだ生きていたいのだと。どうにかする手段があるのなら、助けて欲しいと。
「えっ?」
次の瞬間、私は光輝く空間にいた。大聖堂の女神像前へ跪いていたはずなのに。
呆然としていると、私は声をかけられています。
「成人おめでとう、リィナ」
誰もいなかったはずの空間に、美しい女性が浮かび上がっています。まるで理解できない私は、その声に思わず問いを返していました。
「誰……?」
凡そ人だとは思えない。宙に浮いているだけでなく、全身から光を放つ女性が人であるはずがありません。
「ワタクシは幸運の女神セラ。あらゆる幸運に恵まれた貴方を見守る者ですわ」
彼女は幸運の女神セラ様だと語ります。神々しい姿を見れば納得なんですけど、あらる幸運に恵まれたって、どの口で言っているのかしら?
「私が幸運? 馬鹿にしていませんか? あと数年しか生きられない私は不幸です。貴方は不幸の女神に改名した方がいい」
「あらあら、嫌われたものですね? まあ、仕方ないのかもしれません。健康上は幸運だと思えませんからね」
「分かってるなら、何とかしてくださいな。それか不幸の女神に改名してください」
女神様であるというのに、私は突っかかっている。
ずっと幸運の女神が憎らしいと考えていたから。加護を与えているとは思えなかったんだもの。
「女神は直接的に地上へ介入できない決まりとなっております。よって私にはどうにもできません。けれど、貴方は事実としてエクシリア世界において最も幸運です。体感できることなどなくとも、今までも幸運であったからこそ、生きていられたのですよ」
「屁理屈は聞きたくありません。私は生きていたいだけ。証明もできない幸運なんかいらない」
「随分とひねてしまったのね? でも、悲観することはないわ。貴方が生まれる前、貴方の魂は二柱の女神が取り合ったほどなのだから……」
ひねたと言われても仕方ないでしょ? 幼い頃から、いつまで生きられるのか分からなかったんだし。
「そんな与太話は聞きたくない。私は生きていられるの? それとも死ぬの? ここではっきりと聞いておきたいです」
毅然と返すしかありません。仮に死ぬのなら、残された時間を自由に生きるだけ。もしも生きていられるのなら、どこまでも足掻いてみせるだけよ。
「生きられますよ――――」
半ば諦めていたというのに、幸運の女神セラ様は言った。
刹那に頬を涙が滑り落ちる。
ずっと望んでいたままの返答。それはあらゆる感情を刺激していたの。生きられるという健常者には当たり前の話に、私は救われていたのだから。
まるで暗がりに刺す一筋の光のよう。平凡な人生すら享受できなかった私にとって、心を打ち振るわすに充分な話です。
このとき私の瞳は生まれて初めて希望という光を宿していたことでしょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます