第008話 悲運の女神に魅入られし者

「リィナの運命はシエラの使徒が請け負い、代行して死ぬことになります」


 唖然としてセラ様を見つめます。


 世界の守護者たる女神様たちが出した答えとは到底思えなかったからです。


「私はそんなの嫌だ……」


「リィナ、使命を甘く考えるのではありません。現状で考えられる最善がそれなのです。魔族が攻勢を強めている昨今、救世主の一角を務める聖女として、ある程度は切り捨てていくしかないのですから」


 個々よりも世界が大事。確かに北にある国の幾つかが魔国に滅ぼされたと聞いています。女神様たちは犠牲を知りながらも、世界を安寧に導く決断をしたみたい。


「その人が私の運命を引き受けてくれる未来はもう決まっているのですか?」


 きっと無念でならないことでしょう。平穏無事に過ごしていたある日、急に死を告げられるなんてあんまりです。


 深い青をした人。悲運の女神様に魅入られる色をした人。今なら納得です。私より不幸な人は確実に存在したのだと。


「貴方たちの魂は産まれる前より紐付けされております。もう十五年も繋がったまま。よって想定以上の安定を見せており、高確率で到来する未来となるでしょう。何より三柱の女神が願うこと。ワタクシたちの意志を少なからず世界は受け取っており、既に人間がどう行動しようとも避けられない事象となっております」


「避けられない事象ってなに? 他人のために死ぬだなんて、受け入れられるはずがないわ。どうして、その人は引き受けてしまうのです?」


 私の問いに、セラ様は少しばかり考え込む。その様子から、彼女も明確な回答を持っていないのかもしれない。


 しかし、少しの時間が経過したあと、セラ様はその理由を口にしています。


「愛でしょうかね……」


 愛? 私のことが好きなの? それって誰?


 問わずにいられない。この先に私のことを好きになるかもしれない人のことを。愛ゆえに死を選ぶ人間が何者であるのかを。


「誰なのでしょうか……?」


 きっと身近な人。私の運命を知っている人だわ。でもなければ、身代わりになどならないし、好きになんてなってくれないもの。


 再度の問いかけには直ぐに返答がある。

 誤魔化すことなく、その名が告げられていました。


「アルフィス子爵家の長男ルカ・アルフィス――」


 どうやら私の予想は外れていました。


 同じシルヴェスタ王国内の貴族ではありましたけれど、アルフィス子爵家は南部の下位貴族。北部の上位貴族であるサンクティア侯爵家とは何の繋がりもありませんでした。


「どうして助けてくれるのですか? 魂が紐付けされているからでしょうか?」


 意味が分からない。人生に絶望した平民なら分からないでもありませんが、ルカという人は子爵家のご長男。不自由ない暮らしをしていたはずです。


「魂の紐付けは誘導しているだけ。紐付けしておれば長い人生の中で必ず出会うのです。二人が出会った折り、心優しき彼ならば貴方の病状を見過ごせないと分かっていました。しかし、ワタクシたちの目論見とは異なり、現状で見えている自己犠牲の理由は愛。同情心ではなく貴方への想いがスキルを実行させております。たとえ自らがこの世を去るとしても、彼は愛を選んだのです」


 納得できる回答ではない。けれども、セラ様は続けます。


「その結末でしか女神は折り合えませんでした。最後まで悠久の女神ニルスが反対したのを伝えたでしょう? ルカ・アルフィスが十七歳で死ぬことが決定したからこそ、彼女は折れてくれたのです。長く待つ必要がないと知って……」


「いや、悠久の女神ニルス様にも使徒がいるのでしょう? ルカって人が死んだとして、使徒にできないはずです」


 現状で七人の使徒がいるのなら、ルカ・アルフィスが死んだとしてニルス様は次を選べない。権利があるのは悲運の女神シエラ様だけです。


「恐らくニルスは都合の良い魂を選んでいる。固有スキルにしてもニルスが描く未来に沿ったものを与えているはず。何をしてでもルカを手に入れようとしていることでしょう」


 とても女神様たちが出した結論とは思えません。事実であれば、私一人のために二人が犠牲となるような話なのですから。


「では悲運の女神様はどうして受諾されたのです? ご自身の使徒でしょう?」


 もう既に何が聞きたかったのかも忘れてしまうくらい情報量が多い。けれど、疑問が思い浮かぶたびに私は問いを重ねてしまう。


「シエラは悲しき運命が見たいだけ。自身の使徒が絶望して滅ぶ場面が見たいだけなのです。よって、彼女もまた同意しました。リィナの運命を自身の使徒に背負わせるという協定に……」


 愕然としていました。私が生きたいと願うこと。生き続けることは犠牲を生む。

 十五年間、願い続けたことは代償を必要としていたようです。


「ルカって人と私は出会う運命なのですか?」


「魂の紐付けがありますし。それに彼は悲運の魂であり、貴方は幸運に恵まれています。もし仮に彼が逃げようとしても、貴方が願えば確実に出会うことでしょう。心優しき彼は貴方と出会い、貴方に恋をする。そして貴方のために死を選ぶ。ワタクシたちが想定した未来とは少し異なりますが、人が人の意志で導いた結果であり、運命といえるものです」


 そんなの望んでいないよ。

 私はただ生きたいだけ。しかし、他者の人生を台無しにしてまで、願うものでもない。死は私に課せられた運命なのですから。


「ルカって人、可哀相だよ……」


「仕方のないことです。それは悲運の女神に魅入られた魂の宿命。一方でリィナは救世主となる力があり、生きて戦う使命を与えられた。世界にとって有益な方が生かされた結果です。貴方が幸運だといった理由は理解できたでしょう?」


「そんなの後付けですよ。聞かなければ良かった……」


「この先に貴方は聖女として世界を救う役目を担います。救世主として魔国の侵攻に対処してください。それこそがルカ・アルフィスに報いる唯一の方法ですから」


 本当に幸運なのかしら?

 私はこの人生に疑問を覚えている。私が生きたいと願わなければ、彼は救われたかもしれないのに。


 真相を知ってしまった私にとって、ルカという彼は犠牲者であり、生け贄にも似た何か。


 幸運の女神セラ様の言葉を借りるならば、私は幸運であり、彼は不幸に違いない。


 悲しき定めを負う者。悲運の女神に魅入られた結果なのだろう。

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