第12話 お別れ

あの時、元カノが訪ねてきて朝を迎えたとき。


僕がいくら望んでもかなえられなかったのと同じシーンだ。


今度は僕が沢村さんの願いを叶えてあげることができない。



沢村様


今日お招きいただいてありがとうございました。


久しぶりにドキドキしました。


あなたは素晴らしい人です。


かけがえのない人です。


私にとっても、これから出会うはずの人にとっても。


あなたは素晴らしい人です。


そしてきっと誰かに必要とされる。


その誰かを見つけてください。


そして思いっきり愛し合ってください。


何もなくてもいいと思います。


僕はそう思っています。


何もない所から僕と妻も始まりました。


そしてそれはとても大切な事です。


命を懸けて守るべきものだと思います。


沢村さんはきっと見つけられます。


僕はそう確信しています。


好きになってくれてありがとう。


僕もあなたが好きですよ。


許してください。



そう書き残して部屋を出た。


うわっ。どっちやったっけ。


自分の方向音痴を呪うわ。


「すんませーん。岸辺の駅ってどっちですか?」


「こっちですよ」「ありがとうございます」


JR茨木からは歩いて帰ることにした。


日差しがきつく暑い。汗も結構かいた。


家に帰る前にロサビアの中をうろついた。


どうしよう。すごく後ろめたい。


コハルには絶対に言われへん。


ああ、何とか踏みとどまったけど俺も同じ穴の狢になるところやった。


もう言い訳や。何を言おうが言い訳でしかない。


黙っとこ。後が怖い。


絶対にしらばっくれることにする。


愛しているのはコハルだけ。


そう。あれはコハルやったんや。


でも違うもんな。コハルやなかったな。


ああ。気が小さいのが辛い。


でもだまっとこ。


家に帰った。


「ただいまー」


「シン、おかえり」


「とーしゃんおかえり」


「ただいま」


「シン遅かったね」


「うん。ちょっと先生が遅くてな」(ドキドキ)


「そうなんや」


「うん」


「シン汗だくやんか」


「もうなんか真夏みたいな感じやで」


「シャワー浴びてくる?」


「うん、そうするわ」


「シンさっぱりしたら、ギターの練習でもしよっか」


「そうやな。コハルと一緒に弾いてみようか」


「そうやな」


「詩は聞いといてくれるか」


「うん。ママととうしゃんギター弾く」


「うん」


その後沢村さんからは何の連絡もなかった。


少し心配していた。


退院後二回目の診察の時に手土産をもって病棟のナースステーションに行った。


大林さんが居て気が付いてくれた。


「鴨居さんどうしはったんですか。もう耳は良くなりましたか?」


「はい。おかげさまで。入院中はいろいろとお世話になったので差し入れを持ってきました。ほんでこれ忘れてたんですけど沢村さんにハンカチを借りてたんです」


「鴨居さん、沢村さんは退職されたんです」 


「ええっ。そうなんですか。なんか急ですね」


「なんでもご両親と一緒に田舎で住むことになったらしくって」


「そうなんですか。ちなみに田舎はどちらですか?」


「京都のほうやと聞きましたけど」


「そうですか。寂しい感じがしますね」


「鴨居さんもしかして沢村さんの事気にしてたんと違いますか?」


「いやいや、そんなことないですよ。僕には美人の嫁がいてるので」


「そうですよね。暇なとき私と遊びませんか?」


「遊びません!」


「うわっ。 鴨居さん冷たいわ。もっとこうソフトに断られへんもんでしょうかね」笑


「すみません」


「いえいえ冗談ですから。また遊びに来てくださいね。ってこんなこと言ったらだめでした」


「いいえ。どうもありがとうございました」

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