第11話 秘密の恋

退院後、初めての診察の日僕は沢村さんにショートメールを送った。


こんにちは。今退院後の検診に来ました。終わったところです。

沢村さん、デート何時にしましょうか?


沢村さんから電話が入った。


「鴨居さん今どこですか?」


「病院の玄関ですよ」


「鴨居さん良かったら私の家に来ませんか」


「えっ。それはちょっと」


「大丈夫です。とって食べたりしませんから」笑


「ほんまですか?」


「ほんまですよ」


「はぁ。 わかりました。住所教えてもらえますか」


「はい。 そこからすぐなんです。タクシーに乗って岸辺駅に来てください。 

お迎えに行きますので」


「わかりました」


病院前からタクシーに乗って岸辺駅に向かった。


そして到着から五分くらいして沢村さんが車で迎えに来てくれた。


「お久しぶりですね。 もう連絡がないのかと思っていました」


「約束しましたからね。でもデートですよ。お家に行っていいのですか?」


「はい。 私はお出かけするよりもお部屋で過ごすほうが好きなんです」


「そうなんですか」


彼女の運転はとてもスムーズだ。


真っ赤な軽自動車で彼女によく似合っている。


まもなく彼女のマンションに到着した。


「鴨居さんこちらです」


彼女の部屋は最上階にあるみたいだ。


「ここは分譲ですね」


「はい。 もともと親が住んでいたのですが田舎に引っ越したので私が代わりに住むことにしました。職場にも近いですしね」


「なるほど」


「鴨居さんどうぞお座りになってください」


「女性の一人暮らしの部屋に入ったの初めてなんです」


「そうなんですか」


「はい」


「沢村さん今日はお休みですか?」


「はい。鴨居さんからショートメールが来た時チャンスって思ったんです。笑

ようこそわが家へ。そして鴨居さん。

今日はお部屋ですけれどデートなので恋人役をきっちりと演じてくださいね」


「えっ」


「鴨居さん。ここまで来たら、なるようにしかならないですよ」笑


「沢村さん・・・」


「失礼しますね」


沢村さんは僕に抱き着いた。


ベッドの上に座る形になった。


「沢村さん困ります」


でもいい匂いがする。


「シンさん・・・」


沢村さんの顔が少し離れて見つめ合った。


「シンさん私の名前を聞いてくれないんですか」


「じゃあお名前は?」「さなえです」


「早苗さん。いいお名前ですね」


「ありがとうございます。シンさん。シンさんは私が好きですか?」


「沢村さん」


「ダメダメ。恋人ですよ! 早苗って呼ばないと」


「ああ、早苗」


「最初から仕切り直しですよ」


「はい」


「シンさんは私が好きでしょう?」


「好きです」


そしてキスをした。目を見ながら舌を絡めあって確かめている。


カーテンは開いている。


そして太陽の光が部屋の中に差し込んでいる。


まるで光の中で早苗を抱いているようだ。


早苗は僕の名を呼びながら何度も果てた。


少し落ち着いた後またキスをした。


 そして舌を絡ませて飽きることなく、いつか絡まりあって一つになるまでそれを続けていたいと思った。


しばらく妄想の中にいた。


「沢村さんちょっと待ってください。本当にダメなんです」


「シンさんは私を抱きたいでしょう?」


「沢村さん。ここまで来てしまった僕が間違っていた」


「シンさん、そんなこと言わないでください」


「沢村さん。僕は妻を裏切りたくない」


「シンさん、一度だけ。ただ一度だけでいいんです」


「沢村さん、ダメです。僕はあなたを抱けません」


「シンさんお願いです。お願いします」


「沢村さん。心が揺れ動いたのは確かです。でもこれだけはダメなんです」


自分が恐ろしくなった。


「沢村さん、聞いてください」


「はい」


「初めて沢村さんを見たときに弱い電流が走った」


「弱い電流!?」


「うん」


「僕は妻だけを愛するというプロテクターが付いていたから」


「そうなんだ」


「うん」


「でも気が付いた。好きになるのはブレーキを掛けられないのかもって。

あの点滴の針刺しに失敗したときになぜか守ってあげたい応援したいっていう気持ちになっていた」笑


「本当にごめんなさい」


「いやいや。全然大丈夫」


「あの時ね、私もシンさんを意識していたの。この人の前でいいところを見せたいって思っていた。結果は最悪だったけれど。笑  小さいときからそうなの。

かっこを付けようとすると失敗するドジなキャラクターだったのよ。

だから自分はこうすました感じに見てほしいのにどこかお笑いの要素が付きまとっていて嫌だったわ。でもそれが私の持ち味だったみたい。 だから好きな人の前で意図せず失敗してしまうことで逆に印象が強く残ってしまうみたい」


「なるほど。 僕も沢村さんを守りたいって思ったのはドジだったからなんや」笑


「シンさん、ひどいわ」


「沢村さんかわいいよ。そしてプッチンプリンで僕は釣り上げられた。正直好きになってしまった。あの時、沢村さんだと思って食べますって言ったの覚えてる?」


「はい。覚えてます」


「あの時に沢村さんがゆっくりと味わってくださいねって言ったのも?」


「うん。食べられたいって思ったから」


「そうなんや。でもここに来る前は取って食べたりしませんからって言われてたのに全然違った。笑 食べられそうになってしまった」


「シンさん、食べられたくないの?」


「食べられたかったかも。何処かで言い訳を考えていたんやと思う。卑怯な男やな」


「そんなことないよ。私がシンさんを騙したの。この男はかなりガードが堅いって思っていた。だからもう体当たりでないとだめだって思ってたのよ」


「そうなんや。だからあのベンチで膝の上に座るのがあったんか」


「そう。 あれは正直勇気がいったしシンさんの反応も予想できなかったからもうエイヤって感じでいったの。でもすごくよかった。シンさんも大うけだったし」


「うん。 あれは無茶苦茶面白かったしあれで壁が無くなってしまった」


「最初から波長が合っていた。沢村さんの事が気になった。僕がそんな事想ったらダメなんやけど」


「シンさん私も。私も同じように感じていたのよ」


「うん。でも本当にこれ以上はダメなんです」


「ううん。 これは私が望んだことだから。シンさんが私を好きになってくれたことだけで十分幸せなの。こんなにも心を通わせることができるなんて初めてのような気がする。だからこそ、もっと早く知り合いたかったなって思う。そして抱いてくれたらどんなに幸せになれたか」


「沢村さん・・・」


沢村さんは泣いた。 それを見て僕も泣いた。


実らない恋の辛さはわかるから。


「シンさん。本当にダメ?」


「本当にごめん」


「じゃあせめてギュってしてください」


沢村さんを抱きしめてしばらく髪を撫でていた。


きれいなさらさらとした髪だ。


どれくらい時間が経ったのだろう。やがて静かな寝息が聞こえてきた。


寝てしまったようだ。


彼女をベッドに横たえても起きなかった。


しばらくその寝顔を見ていた。

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