第9話 ベンチにて再び

翌朝食事のあとまた公園のベンチに座っていた。


今日もええ天気やなぁ。


昨夜のチューは夢やったんやろか。


目を閉じて考えていた。


誰かが近づいてくる。


そして僕の膝の上に座った。


ビックリした。


「うぉっ。沢村さん!」


思わず抱きしめた。


「キャァごめんなさい」


何とか横にずらすことで降りてもらえた。


「やってくれるわ。

もう笑えることやったら何でもしてしまいそうやわ」笑


「面白かったですかね」笑


「面白いけどかなり親しくないと出来へんでしょう。

うれしいけど。 僕、安静にしとかんとあかんからもし動けたら沢村さんが悲惨なことになってたかもしれません」


「ええっ。そうなんですか」


「そこのやぶの中に連れ込んでたと思いますよって、コラコラ沢村さん! なぜうっとりしてるんですか? 笑 まあとにかく沢村さんのドッキリにやられてしまいました。でも沢村さんのお尻いただきました」


「いやーっ。笑  鴨居さん。おはようございます」


「おはようございます。今から帰りですか」


「そうです」


沢村さんが隣に座った。


「まさかほんまにされるとは思ってなかったですよ。沢村さんのお尻の感触がグーやったからよかったけど」


「鴨居さんいやらしい」


「そう、僕はいやらしいねん。ほんでどないしました?」笑


「鴨居さん。やっぱり私の話も聞いてほしくて来ちゃいました」


「そうですか。いいですよ。聞かせてください」


「私、実はバツイチなんです」


「ほう。そうなんですか。 それはなんでまた」


「話せば長くなるのですけれど」笑


「ハイ。大丈夫ですよ」


「ちなみに私、今何歳だと思いますか?」


「うーん。二十八歳くらいですか」


「今年で三十三歳になります」


「ええっ、そうなんですか。三十三歳って信じられないですね」


「鴨居さん、目を見開いて驚いている風にしてますけどそれはちょっとオーバーですよ」笑


「わかりますか」笑 「鴨居さんはやっぱり楽しい人ですね」


「そんなことないですよ。黙っていると暗そうに見えて明るく話していると明るいんです」


「そうなんですね。よくわからなくなりますね。笑 私ね、三年前に離婚したんですが、何故だと思います?」


「うーん。浮気か何かですか?」


「主人が死んだんです。」


「えっ!」 この時は本当に絶句した。


「沢村さん、さらりと言いましたけれど。亡くなりはったんですか?」


「そうなんです」


「それって離婚というのですか?」


「鴨居さんにお話しするのにワンクッション置こうと思っていたのですが

他に適当な言い方がわかりませんでしたので、いきなり主人が死んだというよりはいいかなというそんな程度の言葉です」


「そうでしたか。でもビックリしました」


「もともと自殺願望のある人でした。だから私自身はそんなにビックリしなかったんです。彼は実家で亡くなりました。

私と暮らした部屋では死にたくなかったって書かれていました」


「遺書があったんですね」


「そうなんです。そこには先に逝ってしまうお詫びと、こんな僕と結婚してくれてありがとうというお礼が書かれていました。

私と過ごした半年間は僕の人生の中でもっとも輝いた時間だった。

あなたをもっと抱いていたかった。

あなたとずっと一緒に居たかったと書かれていました」


「沢村さん。昨日僕いらんことを言ってしまいました。

出会いも別れも紙一重でその紙を分厚くしていかんとあかん言いました。

すみません。分厚くする時間がなかったんですね。

申し訳ないです」


「いえ、いいんです。私自身もどこかでそうなるかもしれないって思っていましたから」


「自殺の原因って何だったんですか」


「わかりません。 今もわかりません。考え続けていますがわからないままなんです。 でも死ぬ機会を伺っていたのだろうと思います。出会ったきっかけもそのことでしたから。 彼の手紙には僕を忘れてください。あなたには幸せになってほしいとありました。でも考えたらわかると思うんです。

好きで一緒になったのに置いて行かれる私の気持ちは考えてくれなかったのって」


「そうですね。旦那さんダメですよね」


「やっぱりダメですよね。一緒になったのだから一緒に考えたかったのに。私だけ取り残されてしまって」


僕は感じてしまった。


「沢村さん。死のうとしているわけでは無いですよね。生きるために僕に話してくれているんですよね」


「わかりません」


「沢村さん。まだぽっかりと穴が空いてるんですか?」


「そうですね。空いたままです。空いたまま日常を生きています。まるで隣に地獄の入り口がある状態みたいです」


「沢村さん。僕は怖い。今までそんな人と出会ったことがない。でもね。三年間。旦那さんがいなくなって三年間。生きてこれたじゃないですか。そして僕と楽しそうにお話できているじゃないですか」


「はい」 


「だからね、生きることが当たり前になっているんですよ。生きることが楽しいのですよ。沢村さん。これからも楽しい事いっぱいありますよ。三年前に比べたらその空いた穴はもう入れないくらいに小さくなっていると思います。沢村さんと出会ってまだわずかな時間しかたっていないけれど、あなたの心の奥底では死にたくないって思っています。だから生きている。僕にはわかります。

亡くなられた旦那さんに置いて逝かれたという気持ちはわかります。

旦那さんはあなたをその世界に連れていけなかった。

連れて行きたくなかったんですよ。だからその気持ちは大切にしてあげてほしいと思います。僕ももう正直何を言っていいのやらわからなくなってきました。

沢村さん。こんなことを言ってはいけないと思うのですが僕が退院したら一度だけデートしましょう」


「本当ですか」


「ハイ。僕が沢村さんにしてあげられる最大の事かもしれません」


「鴨居さん私、楽しみにしています」


「ハイ。そんなに嬉しそうにしてもらえたらすごくうれしいですよ。行きたいところがあったら教えてくださいね。それかもう僕にお任せか」


「お任せします」


「わかりました。楽しみですね」


「はい。じゃあ帰りますね。本当にありがとうございました」


沢村さんは駐車場に歩いて行った。


また途中で振り返り手を振ってくれた。


僕も手を振り返した。


そして病院の出入口を見た。


今日は来ていない。 昨日はびっくりした。


コハルが来ていたから。


もしかしたら見られていたのかもと思ったけれど何も言われなかったから大丈夫だと思った。


しかし今日の話は、ちょっといらんことを言ってしまった。


でも確実に沢村さんの近くには死があった。


何故かはわからない。 そう言わなくてはだめだと思ってしまった。


このことで僕は後悔するのかもしれないけれど言わなければならなかった。


さてどうしたものか。


コハルに嘘を吐くのは苦しい。さりとて言うのも苦しい。


同じ苦しいのなら僕だけが苦しいほうがいいだろう。そう思った。


ナースステーションの前で看護婦さんに、「鴨居さん細田先生が探していました」と聞いた。


「そうですか。今からは病室に居てますから」と声をかけた。


しばらくすると細田先生がやってきた。


「鴨居さん耳聞こえてますか?」


「ああ、そういえば気にしてなかったけど聞こえてるみたいですよ」


「ああよかった」


「何も言ってこられないので聞こえてないのかなと思っていました。


後ほど聴力検査をしましょう」 


「ハイ。お願いします」


その後聴力検査の結果は聞こえているけれど以前の半分くらいの聴力しかなかった。


「鴨居さん、日が経つにつれてもう少しよくなります。


だから大丈夫ですよ」


「はいありがとうございます」


その後も沢村さんが勤務の時は色々と話をした。


趣味とか、性格とか、好きな音楽など当たり障りのない話になってしまったが。


沢村さんも喜んで話ができたと思うので良かった。

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