第7話 電話番号

「妻は突然消えた僕を探していたらしいです。

それから四~五ヵ月くらい過ぎたときエキナカを歩いていた僕を見つけて声をかけてくれたんです。久しぶりって。

そのあと飲みに誘われてね。 飲みに行ったんです。

駅で待ってたのに急におらんようになって心配していたと言われました。

すみませんと謝ってその後の話をしたんです。

駅では出会えなかったけど元カノが部屋に訪ねてきたこと。

一言も話してくれなかったこと。

その話を聞いた妻が私が相手したげるから早く忘れなさいと言ってくれたこと。

そこに至るまでには押し問答があったんですけど妻の勢いに押されて、まあこういうこともありかなと。

結婚するんやったら、してもええわとかえらそうなことを言うて。

妻は少しだけ悩んでましたね。笑 

どんな相手かもよくわからないのに、セックスするだけなのにその条件が結婚するだったんですから。ごめんなさいね変な話で」


「いえいえ大丈夫ですよ」 


「ありがとうございます。僕ももうかなりおかしかった。でも妻はお嫁になるって言ってくれたんです。そしてその晩すぐに妻と結ばれて本当に一週間くらいで結婚して現在に至るわけです」


「鴨居さんなんかさらりと言いましたけどすごい話ですね」


「そうですね。 一歩間違えていればぐちゃぐちゃになっていたかもしれないですが

妻が一本筋が通っている女性だったんです。

見た目すごく遊んでいるというか僕なんかには見向きもしないような女性のイメージだったのにいざ一緒になってみるとすごく一途でひたむきに僕を愛してくれているんです。お互いにあの日に誓った事を守り続けています。これからはずっと一緒やでって誓いました。だからここまでやってこれたしこれからもずっと一緒に居られるって思っています」


「鴨居さんの奥さんがうらやましいです」


「ありがとうございます。 そう言っていただけると僕もうれしいです。でも沢村さん、それはこれからあなたが見つけて行かないといけないですよ。

出会いも別れも紙一重だと思っています。

出会ってもその別れを遠ざけられるように分厚い紙にしていかないといけません。

二人で分厚い紙にしていくんです。

僕と妻はかなり分厚い紙になっていると思います。

お互いに離れたくないし別れることなんて選択肢にはない。

お金がなかったらどうする? 働いたらええやん。

ケガして働けなかったらどうする?働ける方が働いたらええやん。

問題が起こったら話をしよう。 別れるという事は無しで。

どうしたらまたうまくやれるのかそのことだけ考えようって。

僕も一途やし妻も一途やし。そのことが重たいとか全く思わなくて

むしろ安心感のほうが強いと思っています。

僕にはもったいない女性です」


「そうだったんですね」


「そのあとも何度か元カノに遭遇しましてね。まだ引きずっていた自分に気が付いてしまう訳です。 正直落ち込むことのほうが多かったんですけれどそんな時でも妻は僕をなじったりせずにじっと優しく包み込んでくれました。心が傷ついて、悲しい気持ちを思い出している僕を包んでくれたんです。そう、あの耳からガーゼを抜くときに沢村さんが僕の頭を抱きしめてくれたように。あれは妻には悪いと思いましたが本当に幸せな気持ちになりました。ここで告白しますがちょっとエロいことも考えていたんです。すみません」


「そうなんですか」


「はい」


「例えばどんなことを?」


「えっ。それは言えないですよ」


「聞きたいな」


「あきません。それこそこの変態親父と言われるから。 絶対に言いません」笑


「うーん。気になるなぁ」笑


「まあそんな感じですね」


「はい、ありがとうございます」


「沢村さんの話も聞かせてもらえるのですか」


「はい。機会があればですね。鴨居さん、連絡先を教えてもらえませんか」


「えっ。僕のですか?」


「はい」


「良いですけどいたずら電話はしないでくださいね」


「そんなのしません」


「ハァハァとか」笑


「そんなのしませんよ」笑


「僕一回あるんですよ」


「あるんですか?」


「かかってきたんです」


「かかってきた?」


「ハイ。そのハァハァ電話がかかってきたんですよ」


「本当ですか」


「ハイ。電話が鳴って取ったんです。するとね、いきなりハァハァ言ってるんですよ。何やこれって思って。 しばらく聞いてますとね、後ろで何々君何してるのって聞こえてきたんです。まぁ何々君、お電話してるのって、ちょっと待ってこれ繋がってるわと言い出して。電話にそのお母さんが出てね、すみません。うちの子が間違えて掛けちゃったみたいです。すみませんと謝られました。いえいえ、正直(なんや!)と思いましたけどお子さんでしたか。良かったです怒鳴らなくて。僕、男やのにハァハァ言われてもなぁって思ってましたよ。お母さん笑ってました。 僕も笑ってたんですけどね。お気になさらずにと言って電話を切りました」


「鴨居さんやっぱり優しいですね」


「そんなことないですよ」


「でも私も一度くらいは鴨居さんにそんな電話してみてもいいかも」


「ええっ。それはアカンですよ」


「ふふふ、面白い、アカンですよなんて」


「ほんまですね。うろたえているというのがもろわかりですね」


「じゃあこれ私の番号です」「じゃあ一回かけてすぐ切りますね」


プルルル。 「ハイ。これが僕の番号です」


「ありがとうございます」


「沢村さん。一つだけ気を付けてください」


「はい」


「多分沢村さんはいつもの沢村さんじゃ無くなっているみたいです。

ナースステーションでいろんなお話をされるのでしょうけれど

その変化をとらえている方もいるようです。なので出来るだけ普段の自分を意識してくださいね。つまらないことでせっかくの良い職場が苦痛の場所になってしまうと

後がしんどいですからね」


「はい」


「あともう一つあります。

沢村さん。僕はお話は聞ける。でも本当に聞くだけです」


「はい」


「そのことを覚えておいていただきたいです」


「はい」


「先走りすぎかもしれませんが僕も少し浮かれていたと思います。

これは本当に反省します。

あなたと私のあいだには絶対に破れない分厚い紙がもともとあるんです。

それを僕は意識しています。沢村さんもお願いします」


「はい。 いろいろとありがとうございます」


「じゃあ帰って寝らんとあきませんね」


「はい」 


「今晩も夜勤ですか」


「はい」


「じゃあゆっくりと休んでください。

僕もお昼ご飯の時間まで寝ることにします」笑


「鴨居さん寝過ぎですよ」笑


「寝るのが趣味みたいなものですねん。

なんぼでも寝れます」笑


「はい。いろいろとありがとうございました」


「こちらこそありがとうございます」


「じゃあまた夜にね。お疲れさまでした」


沢村さんは駐車場に歩いて行った。


途中振り返り手を振ってくれた。


僕も振り返した。


出会いのタイミングってあるんやな。


どうしようもないときもある。


裏切ってでもというときもあるのだろうか。


元カノがそうやったけど。


それはそれでおかしいと思うし仕方がないのかとも思う。


どないやねん。


自分だけの話ですまへんやん。


あかんあかん。あかんことや。


でもそのおかげではないけれどコハルという生涯の伴侶に出会えたんやから

よくわからんなと思う。


でも一つ言えるのはコハルはかけがえのない存在やということ。


そのコハルが泣くようなことしたら俺は死んだほうがましやと思う。

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