第3話 手術
土曜の朝だ。特に何もない。シンと私は詩が早く起きるのに合わせて目を覚ます。
今日は近所のトポスに行って買い物をする。
シンが1Fの雑貨屋さんで財布を見つけた。
「これこれ。こんな薄っぺらい二つ折りの財布がええねん。羊の革で出来てるみたいやな」
「シン、もっといい財布も買えるけど」
「俺はええ財布はいらん。こんなんがちょうどええねん」
「そうなんや。いくらするの」 「三千円や。これ買うわ」
トポスはシンのお気に入りのお店の一つだ。
シンは安売りのお店が気に入っている。
東京のほうではドン・キホーテというお店があるらしいがそこに行ってみたいと言っていた。
家に帰るとお昼ご飯だ。 最近はうどんで定着している。
素うどん。天ぷらうどん。卵うどん。ざる卵うどん。かき揚げうどん。
うどんの具を色々と考える。
その具によってうどんの種類が増えるのが簡単で面白い所だと思う。
シンと二人で増やしている。
私たちはあまり外食はしない。
だからどんなメニューがあるのかはよくわからないが
うどんに関してはいろいろ思いつくことを自由に試している。
これがなかなか楽しい。 二人で涙を流しながら食べたうどんもある。
ワサビうどんだ。 シンがすっていないワサビを買ってきた。
おろし金ですってつゆに入れて混ぜたものの量が多すぎたみたいだ。
それでも楽しい。
お昼ご飯が終わると思い思いにのんびりとする。
テレビを見たり。本を読んだり。
詩もおもちゃで一人で遊べるようになっている。
気が向くと詩が本を読んでいるシンにじゃれに行く。
だんだん詩の目が眠そうな目になる。
シンの目も眠そうだ。
この親子はよく眠る。笑
よく寝るその割にシンは大きくなれなかったみたいやけどな。
詩がお昼寝しているときはシンも私も眠る。
シンと私は少しエッチなお昼寝になるけれど。
充実している。足りないものがない。でも満足とは思わない。
夜は大人の運動会だ。
シンと私でいろんな形で愛し合う。
疲れて眠るのが心地よい。
シンと抱き合って眠るのが心地よい。
日曜日も似たような過ごし方になった。
時々ギターを弾いている。
みんなで浜省を唄う。
詩も浜省の歌を唄いだしている。
この小さな子供が恋に落ちてとかを唄っているのを聞くと
きゅんとなってしまう。
かわいいものやな。 そして歌っていいものやなと思う。
夜になり詩が眠るとまた私の中の獣が目を覚ます。
「シン。明日は入院やな。寂しくなるよ」
「うん。コハルと抱き合って眠るのが最高の幸せやのにな」
「シン、昨日頑張ったから今日はちょっと大人しめにいこうか」
「大人しめで済むのだろうかコハルちゃん」
「シン、んんんっ」チュッ。
私たちの夜は更ける。
お昼寝から目覚めたシンは一人で病院に向かった。
「病院でたくさん寝るわ」
「嘘! まだ寝るの」「そうや。まだ寝れる」
「シン行ってらっしゃい」「とーしゃんいってらっしゃい」
「コハル行ってくる」チュッ。 「詩行ってくるよ」チュッ。
病院に到着しナースステーションに寄った。「すみませーん」「はい」
「鴨居です。今戻りましたので」
「はい。おかえりなさい」
「ただいま」
「鴨居さんしばらくぶりですね」
「えっ。知ってますの?」
「はい。以前入院されたときもお世話させていただきましたよ」
「そうでしたか。でもこんなきれいな方の記憶がないんですけど」
「あらっ。きれいやなんて。そのころとはちょっと雰囲気が違うかもしれません」
「そうですか。えーっと大林さん」
「はい。よろしくお願いします」「こちらこそ。では病室に行ってます」
「はい。お願いします」
病室に入りベッドの上の病衣に着替えた。 しばらくすると大林さんが来た。
「鴨居さんまたしばらくここでお世話させていただきますね」
「はい。よろしくお願いします」
「そういえば小林さんは退職されたんですか?」
「そうです。 結婚して東京のほうに行ったと思いますよ」
「そうでしたか。良かったです」
「何かありましたか?」 「いえいえ、何もないんですけどよくお話ししたので」
「そうですか。ここだけの話ですけど鴨居さんももしかして誘われたりしませんでした?」
「いえ。それは無かったですよ」
「へぇーそうですか」「なんかあるんですか?」
「結構患者さんに声をかけるって噂があったんですよ」
「そうでしたか」
「まあ鴨居さんは誘われても大丈夫ですよね。きれいな奥さんいてはりますしね」
「ありがとうございます」「元結婚したいランキング一位でしたよね」
「ああっ。そんなこともありましたね」
「私は鴨居さんに一票を投じたんですけど覚えてもくれてなかったなんてさみしいですわ」
「すみません。でも誰が入れてくれたかなんて知りませんでしたからね」
「そうですね、なんかネタバラシしたみたいですみません」「いえいえ」
「今日のところはごゆっくり。明日の朝からまたバタバタしますけどよろしくお願いします。朝ごはんとお昼ご飯は無しになります。朝のうちに便を出していただいて出そうになければ浣腸しますので」
「はい」
「出された後にシャワーを浴びていただいて手術室の看護師が呼びに来るまでこちらでお待ちいただきます。明日は奥様は来られるんですか?」
「はい。その予定です」
「そうですか。では私はこれで仕事に戻ります。何かあればおっしゃってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
小林さん結婚したか。 よかったやん。もう顔もよく覚えてないけれど。
しかし大林さんも誘われませんでしたって言ったってことは結構噂になってたんやろうな。
情報としてはありがたいけど大林さんとは突っ込んだ話はしない方がいい気がした。
天井を見つめていたらいつの間にか眠ってしまった。
トントンとされて目が覚めた。
「鴨居さん夕ご飯のお時間ですよ」
「ああもうそんな時間ですか。ありがとうございます」
病院のご飯は学校の給食によく似ている。
でも子供のころ感じていたえげつないと感じる味はもうどこかに行っていて
今はある程度のものは何でも食べられるようになった。
完食し食器を配膳車に戻した。
本を読むにはやや薄暗く眠るには明るい照明で何か計算された明るさなのだろうか。
しかしやることが無いのでまた黒豹シリーズを読むことにする。
沙霧さんみたいな女性っているんやろか。
もうちょっとだけ細くして大阪弁をしゃべらんかったらまさにコハルが
ぴったりくるな。
そこへ夜勤の看護婦さんがあいさつに来た。
「鴨居さーん、夜勤の田中です。 よろしくお願いしまーす」
「ああ、鴨居です。よろしくお願いします」
「何かお困りの事ありませんか?」
「明日の手術が怖いです」
「鴨居さんそれはどうしたらいいのでしょうか」
「うーん。変顔してくれたら安心するかも」
「こんな感じですか」
「うわっ。面白いですね。アントニオ猪木ですやん。懐かしいわ。田中さんノリがいいですね」
「まあね」笑
「これで安心して手術に臨めます。ありがとうございます」
「ほんまですか? 今ので安心しましたか」
「はい」
「なんか自信が付きましたよ。またなんかあったらおっしゃってくださいね」
「はい、すみません」「じゃあ失礼します」
「失礼します」
いきなりだったのでちゃんと挨拶できなかった。
しかしノリの良さはこの病棟ナンバーワンかもしれない。
他の人はどんな反応するのか知らんけど。
その後も本を読み消灯時間で照明が落とされて文字が見えなくなり仕方ないが寝ることにした。
翌朝目が覚めると早速大の方をもようしたので踏ん張って出せるだけ出した。
毎朝必ず出ているのと出た後はお腹を壊していない限りは行くことが無いので大丈夫だと思う。
看護婦の田中さんに朝の検温時に出たか聞かれたので出ましたよと答えた。
では後ほどシャワー浴びてくださいねとまたどこかへ行った。
コハルはお昼前に来る予定だ。
それまではまた暇になる。
日勤の看護婦さんが顔をのぞかせた。
「鴨居さんおはようございます。お久しぶりですね」
「ああ、見覚え有りますよ。名前忘れちゃいましたけど。ごめんなさい」
「いえいえ、私の名前なんてそこら辺にあふれてる名前なんで覚えなくても大丈夫ですよ」
「いえいえ、申し訳ない。あっ、撫養さん? 思い出した。むやさん。僕の田舎にも同じ名前の人がいましたよってお話しましたね」
「そうでしたかね」
「全然関係が無かったみたいですけど。でもそこらへんにあふれてる名前ではないですよ」
「そうですね」
「なんか面白いですね、受け答えが適当な感じがする」笑
「そんなことないですよ。後ほどまた来ますね」
「ハイ。よろしくお願いします」
大林さんといい撫養さんといい残っている人もいるんや。
他にもおるのかな。記憶にないけれど見たら思い出すかもしれん。
お昼前に詩とコハルがやってきた。
「とーしゃーん」「おお詩。よう来たな。とうさんうれしいぞ。へへ」
「シン、どない」「うん。至って普通やな」
「なにしてたん?」「もう本読むしかないから」「黒豹やな」「うん」
「シン今日はご飯無しなんやな」
「うん。まだ腹は減ってないけれど、減る頃には多分それどころではない状態になってると思う」
「ああ、心配やわ」「コハルごめんな」
「ううん。仕方が無いやん。シンのせいではないんやから」
「まあそうなんやけど」
「鴨居さんそろそろシャワー浴びてきてもらえますか」
「はい」撫養さんに声を掛けられた。
「コハルシャワー行ってくるわ」「うん」
シャワーを浴びて戻ると詩とコハルがアルプス一万尺をしていた。
「なんか懐かしいなぁ」「そうやろ、詩と待ってる間なんか遊ばれへんかなと思って考えててん」
「そうなんや。詩楽しいか」「うん、たのちい」
「そうかよかったな。父さんもうすぐ手術やからママといい子で待っててくれるかな?」
「うん。詩待ってるよ。とーしゃん待ってる」
「うん。ありがとう。詩抱っこや」「うん。とーしゃん抱っこ」
「ハイおいで」詩が両手を上げて僕に抱きついてくる。
「詩いい子やな」「うん」「今日は何に乗ってきたんや?」「バス」
「そうかバスか。バスは楽しかったか?」「うん」
「ママのお膝に乗って景色見てたか?」「うん」「そうか」
コハルはニコニコそのやり取りを聞いている。「鴨居さーん。お迎えに来ましたよ」
撫養さんがもう一人の看護婦さんを連れてやってきた。車いすが準備されている。
「さあ詩はママの所にぴょーん」
「きゃあははは」
「楽しいな」
「かわいらしいですね」
「ありがとうございます」
「さあどうぞ」
僕が車椅子に座るともう一人の看護婦さんが車椅子を押してくれた。
詩とコハルもついてくる。
やはり少しドキドキしてしまう。
手術室の前でコハルと詩に手を振った。
「またあとでね」
コハルも詩も心配そうな顔をしているので笑顔で行ってきますと言った。
その後手術台に移動し点滴の針を打たれていつの間にか気を失っていた。
目が覚めると看護婦さんがのぞき込んでいた。
「鴨居さん手術終わりましたよ。気分はどうですか?痛い所は無いですか?」
矢継ぎ早に聞いてくる。
意識がかなりぼんやりしている。
「ああ、やっぱり痛いわ。ちんちんが痛い!ほんまに前回もそうやけど耳の手術してなんでチンコが痛いんや。ほんまにええ加減にせえよ。もうほんまに痛い。じっとしてられへん。じっとしてても痛いんやから。どういうことか誰か説明してくれ。
ああ痛い。ああ痛い」
今回も無口な僕がまるでおしゃべりの機械を付けられたように
喋りまくっているのを聞いてコハルも詩も引いていたようだ。
「シン。そんなに痛いのか」
「痛い痛い。早く抜いてほしい。こんなの痛くて寝てられへんわほんまに」
「鴨居さん先生呼んできますから」
前回の僕の喋りを聞いていない看護婦さんだったみたいで
慌てて先生を呼びに行った。
そして先生が来てからも
「ほんまにええ加減にしてほしいわ。俺耳の手術したのになんでチンコが痛いねん。こんなに痛いのにじっとしてやなあかんのは何か知らんけど先生の陰謀なんか」
「なんでやねん」コハルが突っ込んだ。
「ほんまに痛い。早く抜いてほしい。もう一つ言うと抜いても痛いねん。でも抜かんといつまでも痛いねん。シャレにならん位痛いねん。看護婦さんお願いがある。
はい、なんですか。コチンコチンコチンと早口で言うてほしいねん。ハイどうぞ」
「コチンコチンコチンコチンコ・・・」
「ハイ、ありがとう、なぜか途中でチンコに代わるねん。なんでやろな。不思議やなぁ」
「シン、大丈夫か? シン?」
看護婦さんが困った顔をしている。半笑いやけど。
「あうっ」 胸を押さえて苦しんでみた。
そして動かなくなってみた。
「シン!どないしたいんやシン!?」
「うそや!」「えっ!」「まだまだやのぉ」
「シンのあほー。心配したやんか!」
「コハルそないやいやい言うなや。先生も青ざめるくらいの素晴らしい演技や」
「鴨居さん。退院しますか?」
「先生こんな俺を放り出すのか?笑ってもらおう思って一生懸命考えた俺をほおりだすんかー?」
先生も途中から笑い顔になった。
先生もついに、「よし、わかりました。看護婦さん抜いたって下さい」と言ってくれた。
「鴨居さーん。今から抜きますねー」
「抜く抜く言うたら違う意味もあるけど俺の場合はチンコに入ってる管を抜くんやで!」
「シン!なに言うてんねん!?恥ずかしいわ」
先生も看護婦さんも半笑いで僕の喋りを聞いていたらしい。
「鴨居さん抜けましたからね」
「ほんまですか。全然すっきりせえへんし痛いんやけどなぁ。もうほんまにこれが嫌やねん。次は絶対におむつやからな。先生絶対やで」
「鴨居さんまだ次の予定はないから安心してくださいね。奥さんもう少ししたら静かになると思います」
「先生俺うるさいのか?」
「そうです。かなりうるさいです」
「えらいすんまへんなあー」
「これ多分痛いのもあるのでしょうけど麻酔の残りでハイになってるのかもしれませんね。ご主人お酒飲んだらよくしゃべりませんか?」
「いえ、こんな風にマシンガンみたいにしゃべるのは前回の麻酔から覚めた時と今、位ですよ」
「そうですか」
「日茶病院の時は全然痛みがなかったのにこの病院のはほんまに痛いみたいなんです」
「そうなんですか。なんでやろ」
「意見交換とかしないんですか」
「ああ、まずないですね」
気が付くとシンが静かになっていた。
「コハル。じっとしてたら痛くない」
「シン良かったな」
「うん。でもおしっこするときが怖い。激痛やから。先生俺泣いてもええか」
「鴨居さん大丈夫やわ」
「先生なんか半笑いとちゃいまっか?」
「そんなことありませんよ」
「そうですか」
「じゃあまた明日きますので、お大事に」
「ありがとうございますはとりあえず言いますけど
ほんまのありがとうございますは、この痛みが無くなったら言いますわ」
「シンあほか。笑 ちゃんとお礼を言わなあかんで」
「コハル、この痛みは俺にしかわからん。それくらいひどいのや」
「先生すみません」
「いえいえ、こんな美人の奥さんに傍にいてもらったら痛みなんかすぐに消えると思いますよ」
「先生、ありがとうございます」
コハルがうれしそうな顔で答えた。
「別嬪の嫁さんでもそんなもん消えるかいな」
「シン、なんか拗ねてるみたいや」
みんな、半笑いだった。
「詩、とうさんに声かけたり」
「とーしゃん」
「おお、詩やないか。いつの間に居ったんや?どこかに隠れてたんか?」
「ずっと居ったで、なぁ詩」「うん」
「そうか、とうさんの事待っててくれたんやな」
「うん」
「ちょっと抱っこは出来へんけどありがとうな」
「うん」
「さあ、シン。そろそろ帰るわね」「コハルすまん、ありがとう」
「今日はシンのワンマンショーやったわ」
「そうか」
「当分しゃべらんでええ位しゃべってたで」
「そうか。よく覚えてないわ」
「シン、ほんまに?」
「うん。なんか言ってたんか?」
「シン。マジで言うてるの?」
「うん」
「ひえー。まあ次来た時話しよう」
「うん」
「さあ詩、帰ろうか」
「うん」
コハルが帰って行った。
静寂が訪れる。
そして恐怖の尿意がやってきた。
我慢しても痛い。出しても痛い。
最悪や。
もう行こう。ゆっくりとベットから降りて立ちあがる。
点滴のガラガラを押しながらトイレに向かう。
「鴨居さんどうしたの?」
看護婦さんに出会った。
「トイレですわ」
「どっちですか?」
「僕のと同じでちっちゃいほうですわ」
「鴨居さんそれアウトですよ」
「うわ。すみません」
「いえ、ここだけの話ですからね」
「ありがとうございます」
「鴨居さんお手伝いしましょか?」
「いや、大丈夫ですよ。」
「そうですか」
「ありがとうございます」
小便器の前に立ったが個室で座ってすることにした。
ああ、少しずつ緩めていくがその動作が痛い。
強烈に痛い。おしっこが流れ始めるとこれまた痛い。
そしておしっこを切るときも激痛だ。
仕方がない。どうしようもない。
何とか出し切ってトイレから病室に戻った。
痛みが少しずつ引いていく。
これで眠れるか。
夜中に何度か目が覚めた。
看護婦さんが来るとカーテンを開ける音で目が覚めてしまう。
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