血染めのアガパンサス
『私の可愛いレイン。私のアガパンサス。誰よりも幸せになってね。神様から授かった贈り物はきっと貴方を導いてくれるからね。愛しているわ。私の愛しい可愛い子』
レインはまた母親の夢を見る。優しい声でいつものおまじないを話す母親にレインは今の自分を状況を話そうとする。
だが、口は動くが肝心の声が出ない。ようやく幸せになれそうなのにレインはその事を愛する母親に伝えられずもがく。
すると、次の瞬間、場面は暗転し頰に激しい痛みが走る。優しい夢はぶつりと途切れると同時にレインは現実に引き戻される。
「っ…」
「やっと起きたかレイン・バスラ」
(……?)
目の前の天井の明かりが眩しく思うように目が開けられない。
さっき、レインの頬を殴ったであろう男の声は再度レインに近付き彼が着ていた白いワイシャツの胸ぐらを掴み揺さぶる。
「早く起きろ!奴隷の血を引いてるくせに逆らうな!!」
まだ意識がはっきりしていないレインを男は容赦なく揺さぶり続ける。
レインはぼーっとする頭のままローブのような白装束を着た男の顔を見る。とても見慣れた顔だった。
(ターン令息…?なんで…?)
「貴様、カイリお嬢様から貰ったブローチはどうした?アレは僕のなんだぞ!!」
(え?ブローチ?無いって…)
ブーツとスラックスとワイシャツという薄着にされていたことからブローチが付いていた筈のジャケットが奪われていると悟るが、ターンが求めているブローチは襲撃に遭う直前に外していたのを思い出し安堵する。
きっと、殴られた弾みで手から離れてしまった。きっとあの庭園のどこかにあるとは推測したがターンにそれを伝えるはずがない。
何も答えないレインに痺れを切らし、ターンはもう一度彼を殴りかかろうとした時だった。
「いい加減にせんか!!そんなのでも神への捧げ物なのだぞ!!」
「そうよ。ターン様。この儀式が終わったら全て取り戻せますわ。今は儀式に集中しましょ?」
「マージル様、ミネア様…!!ですが…!!」
納得できないターンにミネアは近づき耳元でそっと囁く。
「カイリお嬢様はね、落ち着いた人が好きらしいの。いつも冷静で落ち着いた人がね。今の貴方みたいに怒りに任せるような男は彼女は嫌うわよ?」
ターンはビクッと肩を少し振るわせ、マージル達に諭されながらレインを魔法陣が描かれた床の上に再度仰向けに寝かせる。
「偉いわターン様。私、聞き分けのいい人は好きよ。もちろんカイリお嬢様も同じよ」
まるで子供を手懐けているようなミネアの振る舞いにレインは気持ち悪さを感じていた。全く心にも思っていない言葉ばかりで道具としか見ていない。
何か歪な感情。殺意から来るその感情はレインにも当然向けられた。
少しずつ意識が覚醒してきたレインは身構える。
「ごめんなさいね。レイン・バスラ。突然貴方を襲うような真似をして本当に申し訳なかったわ。どうしても貴方とカイリお嬢様を結婚させるわけにはいかないの」
「アンタ一体なんなんだよ…!!俺とケヴィンにあんなことして…!!!」
「あの従者はおまけで殴っただけ。目的は貴方が持つギフトを神に返す為に襲ってここまで連れてきたの。まさか一日も眠ってた時は流石にやり過ぎたとは思ったけど」
(ギフトを神に返す?まさかコイツら、カイリお嬢様が言ってた異端者?!!)
焦るレインにミネアはどかっと跨る。女1人分の重さが彼の腹部を圧迫し、短く低い声で唸り声を上げる。ミネアはそれに構うことなく、両手に持っていた物をレインに見せつけた。
ミネアが持っていた物。それは木製の杭とハンマー。
その二つを一目見ただけでレインは彼女が何をしようとしているのかすぐに分かり焦りが込み上げてくる。
「お、おい!!どけ!!!」
「ダメよ?貴方の中にあるギフトを神に返さなきゃいけないのだから。始祖である使者の末裔でもなければ、貴族でもなんでもない、奴隷の地で生まれた卑しい血を引く貴方が持つべき物ではないわ」
「っ…」
「カイリお嬢様はマリアネルの血にそんな血を混じらせるわけにもいきません。由緒正しいマリアネルの血に混じっていいのは同じ高貴な貴族の血のみ」
「…そんなのカイリは望まない。あの人ならきっと全力で否定するに決まってる」
ミネアはレインの抵抗の言葉を鼻で笑いつつもその目は怒りに満ちていた。
カイリを羨望と嫉妬の眼差しで見ていたミネアにはレインのその言葉の意味を痛い程分かっていた。
自分が欲しかったモノを全て手に入れ、自分達の様に差別や傲慢な態度を取らない姿勢のお陰で平民や貴族に愛されてとても大切にされている彼女が羨ましくて仕方がなかった。
それに対して、ミネアはアンダース侯爵の長女として生まれるも、先に生まれた跡取りの兄のことしか愛さない両親は彼女には全く関心がなく、ただの繁栄のための人形としか見ていなかった。
アンダース家で働く使用人達からも冷たくあしらわれ、友人や愛し合っていた筈の人間には裏切られ続けた人生だった。
ずっと孤独で絶望の中にいた彼女に手を差し伸べてくれたのが教団オルロフだった。
心が荒みきったミネアの心にはオルロフから与えられた優しさと愛情と教えは、彼女の心を救いもしたが、オルロフに心酔した彼女が入信するきっかけとなってしまった。
オルロフに信仰し、アンダース家の莫大な金を全て教団に貢ぎ、信者を増やし勢力を強め教団から信頼を得ていった。
けれど、幾ら侯爵家といっても金は無限ではない。
ミネア以外の人間、彼女を蔑んでいた周りの人間ははみるみる内に困窮していった。彼女はその様子を嘲笑う。
初めは許可なしにオルロフに入信し、教団にお布施という名の莫大な献金していたことで怒りをぶつけていた両親と兄とその嫁だが、邸宅や実権をミネアや信者に取られてゆくとみるみる内に弱り命乞いをした。
「ミネア!!!今までのことは許してくれ!!嫁のお腹には子供が…!!!」
必死に命乞いをする哀れな兄にミネアは冷徹な笑みを浮かべながら彼に指を差し、冷酷に信者達に処刑しろと命じた。
信者達の憧れとなったミネアの言葉はたとえ嘘だとしても本物に変わる。彼女はそれを利用して命じたのだ。
「あの中にギフトを持った子供がいる。この嫁は元は平民。卑しい血は途絶えさせなきゃ。殺しなさい。神聖なギフトは選ばれし高貴な血を持った者だけに許された異能。これ以上異能を穢す前に神に返すのです」
兄嫁の腹の中にいた子供がギフトを受け継いでいるかは定かではない。けれど、ミネアの言葉を信じ続ける者には通用しない。
悲鳴を上げる元家族達にミネアは容赦なく笑い続けた。自分を蔑み続けた家族達は血の海に沈んでゆく。
(呆気ない……本当呆気なかったわね…)
血と信仰で生きてきた彼女はオルロフには欠かせない存在となっていたのだ。
ミネアは明るい道を歩み続けるカイリの大切な人がギフトを待った者だと知った時は、ようやく自分の番が回ってきたのだと喜んでいた。
もう少しでミネアが望んだカイリの堕落が始まると思うと笑いが止まらなかった。
ミネアは控えていた信者にレインの腕を頭の上に上げ、そのまま固定させろと命令した。
「マージル様。焼印の準備を」
「分かった」
「おい!!離せ!!!」
「この痛みもすぐに忘れられるわ。今だけよ」
ミネアは持っていた木の杭を合わせられたレインの両手の平にそっと鋭く尖った部分を当てられる。
「逃げられないように…っね!!!!」
ハンマーが力強く杭に振り下ろされる。杭は難なくレインの手の平に鮮血を流しながら風穴を開けてゆく。あまりにも激しく耐え難い痛みにレインは叫び声上げる。
ミネアは返り血を浴びても構うことなく、ハンマーを振り下ろし続ける。レインの両手から夥しい量の血が床を赤く染め上げる。
何度か杭を打ちつけてゆくと、ようやく杭が床に到達する。レインの両手の平が床に固定されたのを確認したのち、ミネアは立ち上がりレインから離れる。
レインはなんとか意識を保っていたがいつまた手放してしまってもおかしくなかった。
「私達オルロフが神にギフトを返す儀式には必要な紋章。卑しい者がギフトを持つ証としてこれを胸に焼き付けるの。そして…」
ミネアは剣を信者から受け取る。美しく研がれたその剣は鏡のように見えた。
「コレで心臓を突き刺す。ギフトを神に返すことができる…」
その刃にどれだけの無実の人間が殺されたのかわからない。
ミネアとマージルの手の甲に彫られた紋章の焼印に向かってその剣は突き刺される。死によってギフトが神に返されるとオルロフでは信じられているのだ。
レインもその犠牲の一人になろうとしている。だが、逃げたくても杭が打たれていて逃げられない。
仮に逃げたとしても大勢の信者から逃げ切る気がしなかった。
「安心してその身を神に捧げろ。姪は必ずターン殿が幸せにしてくれる」
「カイリお嬢様も本当はそれを望んでいる」
「大丈夫よ。貴方の死は無駄にしない。新たに生まれる高貴な血を継ぐ者に与えられるのだから」
周りにある大勢の信者達は期待の目で儀式の様子を見守る。
マージルは信者から紋章が彫られている先端が真っ赤に熱せられた金具をわたされる。
ゆっくりとレインに近づき金具を彼の胸元に狙いを定める。
ターンは早く焼印を押して欲しいとニヤつきながら囃し立てる。ミネアもその瞬間を今か今かと待ち望んでいた。
レインは自分の死がもう目前にあるのだと受け入れるしかなかった。やり残したことはたくさんある。
けれど、せめてこれだけは成し遂げておけばよかった悔やんだ。
(ちゃんと名前で呼んであげればよかった。お嬢様じゃなくて…)
レインは目を瞑りさを受け入れようとした。
(さよなら、カイリ)
熱せられた金具がレインの胸部に落とされようとした時だった。ゴトンと重い金具が鈍い音を立てながら床に落ちた。
マージルの胸部から細い刃が背中から貫通し、白いローブに赤いシミを作らせていった。
「え?…かい…リ…?!」
「さようなら。叔父様。いえ、穀潰しの宗教野郎が」
「え…?!」
レインはそっと目を開けて、絶命したマージルが床に倒れてゆくのを目撃する。背後にいたのは、いつものドレスではなく黒色のズボンと茶色いブーツ、そして白シャツと灰色のジャケットを着たカイリがそこにいた。
髪は一つにまとめられ、手にはマージルの血に染まったレイピアを持っている。
「カイリお嬢様!!!」
ターンの恐怖と歓喜の混ざった声がカイリを呼ぶ。だが、カイリは落ちていた金具を持ち上げ、熱せられた先端をターンの顔に押し当てる。
ギャーっと煙を上げながら悲鳴を上げその場に倒れこむ。それを見ていた信者達も悲鳴を上げながら逃げ惑い始めた。辺りは騒然としている。
「カイリ…!!!カイリ・マリアネル…!!!あなた…!!!!」
「私は愛する者の為ならどんな罪も背負ってやるわ。貴女には無理でしょうけどっ!!!」
カイリはレイピアをミネアに振り下ろす。ミネアの腕に鮮血が溢れ出る。
痛がり動けなくなったミネアの隙をつき、カイリは
彼女の首筋に当て身を食らわせた。
(私に執着しなければ、こんな教えに狂わなければ貴女は立派なアンダース家の当主になれたはずなのに。残念だわ)
気絶し床に倒れ込んだミネアをカイリは憐れんだ。
カイリは欲しい物は何もかも手に入れているとミネアはずっと思い込んでいた。
誰からも愛されなかった憐れな令嬢の最期を思うとカイリは胸を締め付けられた。
気持ちを切り替える様に短く息を吐き、急いでレインの元は駆け寄る。
「レイン…!!!」
ようやく愛する人と再会できた喜びと、レインの手に食い込んでいる杭へのショックでカイリは目に涙を浮かべていた。
「あのぅ…本当にカイリ…だよな…?」
「レイン!!あぁ…良かった…!!間に合って良かった!!ごめんなさい、私貴方を守れなかった…!!約束したのに…!!」
「えっと…助けに来てくれただけで十分っす。それより腕のこれ抜いてくれない?これじゃ動けない」
改めて杭が打たれたレインの両手を見てカイリは憤怒した。あの3人には死だけでは許されない。もっと苦しんでもらわなければと。
怒りに燃えるカイリをレインは必死に宥めるがその優しさが更に怒りを増幅させた。
「と、とりあえず、一旦俺の手の杭抜いて?お願い」
「あ、ごめんなさい。そうよね。コレを抜いたらいろいろ暴れてやりましょう?」
(怖…)
「もう少ししたら整備隊の方々も来るからすぐに収まるわ。痛いけど我慢してね。後で治してあげるから」
「あ、はい(ぜってーこの人を怒らせてはダメだ…下手したら死ぬ。気をつけよう…)」
カイリは祭壇近くに置いてあった工具で杭を抜いてゆく。再び激しい痛みが全身に走るがレインは必死に耐えた。
そんな二人の背後を顔を焼かれた男が許すはずがなかった。
「どうしてそいつなんだ!!!!僕の方が貴女のことを愛しているのにぃぃーー!!!!」
発狂したターンがカイリに近付き、彼女の髪を乱暴に掴み引っ張り上げる。短い悲鳴を上げたカイリは無理矢理立ち上がらされターンの方に引き寄せられた。
「カイリ!!!」
「やめ、痛い…!!は、離して…!!」
「ずっと僕は貴女を見てきた!!ずっと貴女と夫婦になるのを夢見てたのに…いい加減素直になって僕を夫にするって言ってください!!!こんな奴隷ではなく僕を…」
喚き散らすターンをカイリは蔑むまで見る。ターンが一番望まない目だった。
ターンは、レインに向けられていた愛でる目で自分を見て欲しかった。だが、その願いはもう叶うことはない。
そんな目で見るなと叫び、ターンはカイリの頬を思いっきり叩いた。バランスを崩したカイリはその場に倒れ込み赤くなった頰を抑える。
「てめ…っ!!」
レインは咄嗟に起き上がり、鮮血に染まり風穴が開いたその手でターンを顔面を殴りつけた。その一発はあまりにも強烈だったのだろう。一回殴られただけでのびてしまった。
レインの血でターンの頬を赤く汚す。その血を触れてターンは情けない叫び声を上げた。
「ひ、ひぃいい!!!き、汚い!!!汚い!!!!」
(情けねー奴。俺はこんなやつに攫われて怪我負わされたんか…)
発狂するターンの髪を鷲掴みレインは彼の耳元で警告する。
「これ以上、俺の女房に付きまとうようなら貴様を殺す。俺の事は何言っても構わない。だが、カイリ・マリアネルを陥れる様ならこっちも容赦しねーからな」
「ひぃ…!!!」
もうカイリとの結婚と身分の違いという迷いに染まっていたレイン・バスラはいなかった。そこに居たのは、高貴なマリアネル家女公爵の夫に相応しい強くも凛々しい青年。両手を鮮血に染めながら愚か者を見下ろしていた。
「アンタなんかにあの女の旦那なんて務まる訳ねーだろ。俺があの彼女だったら顔殴られただけでチビる様な男なんざ願い下げ」
さっきまで生贄として捧げられていた男に、ましてや生まれながらの貴族でもない男に容赦なく殴られたターンはやり返せない自分自身の弱さに対しての絶望と目の前の男への恐怖心で情けなく失神してしまった。
レインは自分はこんな奴らに捕まって両手に風穴開けられたのかと呆れて深くため息をついた。
(まぁ…突然の襲撃だったから仕方がないわけだけども…)
すると、レインの視界がぐらっと歪んだ。フラつき地面に膝をつく。
(あ、ヤバい。血の流し過ぎだこれ。軽くクラクラする…)
「レイン…!」
貧血気味になってしゃがみ込むレインにカイリは慌てて駆け寄る。今にも泣きそうな顔をしたカイリは、レインの風穴が開き血で染まった両手を優しく握り治癒のギフトを発揮させた。淡い白い光が深い傷を癒してゆく。
「もう会えないと思った。貴方が消えたって聞いた時、私がプレゼントしたブローチしか残っていないって聞かされて、どうしたらいいか分からなくて」
「うん」
「私がギフト所有者じゃなかったから此処に辿り着くことも見つけることもできなかった」
「……うん」
「私、やっと貴方に会えて変わったの。貴方は初めて本当に心の底から好きになった人。命に換えても守りたい人」
涙で声を震わせながらレインとの再会に感謝するカイリに彼は優しく微笑む。レインも同じ気持ちだった。
この国に来て、彼女に見初められたレインの人生は一変したのだから。
もう、月夜の宝石と呼ばれた女公爵の夫となろうとしている使用人の青年はすでに決意を固めていた。その目に少しも迷いはなかった。
「カイリ。俺さ、あの時、迷ったままプロポーズを受けてた。身分も低い、ギフトがなきゃ何もできないなんの価値のない人間って決めつけてたから。だから…本当にこんな俺を愛してくれるか怖かった」
「レイン…」
「アイツらに捕まった時もこのまま死ぬんだって思ってた。でも、貴女はちゃんと俺を見つけてくれた…だから改めて言わせてほしい」
カイリの異能によって傷が癒えた手で、レインは彼女の両手を包み込んだ。そして、一息置き真剣な眼差しでゆっくりを口を開いた。
「カイリ・マリアネル。貴女のことを愛しています。こんな俺だけど…貴女との結婚受けさせてください」
初めてのプロポーズで見せていた戸惑いの表情ではなく、マリアネル家の一員に相応しい表情へと姿を変えた。レインの言葉に偽りはない。
彼の誠心誠意の言葉を聞き、目に涙を浮かべたカイリは堪らず彼をギュッと抱きしめた。レインは彼女の背中に手を回した。
「愛してるわ。レイン」
「うん。俺も愛してる」
ゆっくりと身体を離し、お互いの顔を見つめ合う。2人共幸せに満ちた表情だった。
カイリは両手でレインの顔に触れる。レインも彼女の右頬に優しく触れた。
遂に夫婦となった2人は口付けを交わす。
見ていたのは、カイリの首にかけられている月夜の宝石だけだった。
その後、エドワードとケヴィンとリン、大勢の警備隊が救助に現れ、レインはようやく地獄を脱したのだ。
そして、今回の騒動に関わった信者達は全員警備隊によって検挙された。
マージル・マリアネルは死亡が確認され、ミネア・アンダースとターン・ブリクは捕らえられた。
裁判にかけられ、それぞれの処分が決まった。
ターンは当然廃摘となり、ラクサを追われ辺境の地に追いやられることとなった。ターンがこれから住む古城は住むにはあまりにも劣悪で、治安が悪く、罪を犯した貴族の死に場所とも言われるほど劣悪な環境の土地がターンの終の住処になるだろう。
ミネアは、家族にした行いと、無実の人間を信仰の為に虐殺した罪で斬首刑が言い渡された。
裁判所で極刑が下された時の彼女の表情はどこか穏やかだった。やっと肩の荷が降りたようなすっきりとした表情だった。
罪を重ねてきた自分は死によってようやく解放されるのだと悟っていたのだろう。死に対する恐怖なんて微塵も感じていない。寧ろ求めていたのだ。
美しかったミネア・アンダースの最期姿は、いつも綺麗に整えられていた髪はボサボサに乱れ、派手やかでパールやレースが装飾されたドレスからボロ切れでできた囚人服と変貌していた。
厳しい尋問や粗悪な環境で綺麗だった肌も傷つき煤等で汚れたまま。
そんな姿までもミネアは受け入れていたのだ。
処刑当日。
カイリは処刑場に来ていた。レインも出席する予定だったが大事をとってエドワード達と邸宅で留守番となった。
大勢の民衆から罵倒され投石を受けながらミネアは断頭台の上に立つ。
処刑人に「最期に言いたい事はないか?」と告げられ、ミネアは微笑みながら口を開く。
ミネアの処刑の様子に来ていたカイリに目を向ける。
「カイリ・マリアネルにお伝えください。"私はずっと貴女を見ています。貴女の記憶の中で私はずっと生き続けることを忘れないで。私は貴女の幸せを願わないから"と伝えてください。私からは以上ですわ」
言葉を言い終えると、ミネアの身体は乱暴に断頭台へと固定される。後は真上にある刃が落ちたらミネア・アンダースの、長年続いたアンダース家の終わりを告げるのだ。
(貴女達がギフトを持ち続ける限りオロルフは消えない。私は彼らの血肉になって助け続けるのよ)
遂に刃が勢いよく落ち、ミネアの首を容赦なく切り落とした。
ミネアは最期まで微笑んでいた。呪詛のような言葉を遺し、ミネアは断頭台で命を散らしたのだ。
歪な教えによって狂ってしまった女性の最期だった。
処刑の様子を見ていたカイリは、一度も顔を背けることなくミネアの最期を見届けた。
民衆の叫びを聞きながらその場を後にする。
(レインを連れて来なくてよかった。ミネア・アンダースはオロルフの狙いを諦めていない。死を目前にしてもね)
入信して後悔するどころか更に心酔して死んでいったミネアに哀れみを感じた。そんな姿をレインに見せなくて正解だったとカイリは思った。
(私は貴女を忘れてやります。もちろんレインの記憶の中からもね。絶対に彼と一緒に幸せになってやるから。その姿を見ながら死んでゆきなさい。ミネア・アンダース)
人間の死は肉体の死だけではない。本当の死は誰からも忘れ去られること。
ミネアの呪詛通りにならないと誓ったカイリは女公爵として死にゆくミネアを見たかったのだった。
だが、3人がこの世の表舞台から消えたとはいえオロルフがなくなる事はない。また新たな優秀な人材を見つけて活動を続けてゆくだろう。
完全に脅威が消えたわけではないが、しばらく大きな活動をできないぐらいには打撃を与えられたのは確かだった。
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