血に染まる宝石

カイリはなかなか広間に戻ってこないレインとケヴィンが心配で仕方がなかった。それは執事のエドワードとリンも一緒だった。


(レインどうして戻ってこないの?まさか、そんなに私との結婚が嫌なの?)


不安で押し潰されそうなカイリにリンと信頼している夫人達が寄り添う。

カイリは少しでも気持ちを和らげるようと月夜の宝石を握る。

すると、メイドの1人が宝石に手を伸ばそうとした。


「……やはりターン様の言う通り。そんな物があるからあんな奴隷に夢中になるのよお嬢様」

(え…)


ネックレスのチェーンを握られ引っ張られる。カイリは必死に抵抗しメイドを押し除けようとする。

何をしているんだ!!っと、周りの使用人と男性の客人達がカイリからメイドを引き剥がす。その時、ブチっとチェーンが切れてしまい月夜の宝石が大理石の床にカシャンと音を立てながら落ちた。


「そんな石が選んだ男を婚約者にするなんて!!!!ターン・ブリクという素晴らしい人がいるのにどうして!!!どうして!!!!」

「暴れるんじゃない!!!早く別部屋に連れて行け!!!出られないように鍵をしろ!!!」

「カイリ・マリアネル!!!全部貴女のせいよ!!あの奴隷の血も貴女のせいで死ぬのよ!!!」

「待って、それどう言うこと…?どうしてレインが死ぬのよ…?!!」


使用人達に捕らえられたターンの部下であるメイドは、髪を振り乱しながら狂気に満ちた真実を話し始める。周りの客人はザワザワと驚きつつも彼女の話に耳を傾ける。


「マージル様とミネア様は誤ってギフトを手に入れたあの男をこの世から粛清してくれる。そして、ギフトは神に返させる。本来持つべき者の手に渡るの!!!高貴な貴族の血にね!!!!あははは!!!」

(まさか…オルロフ…)


カイリは床に落ちていた月夜の宝石を拾い上げ、右手に握ったまま踵を返し急いで広間を出る。背後から「お嬢様!!!」と悲鳴に近いリンの呼び止める声をわざと聞かないふりをして外に出る。


「ナイト、ナイト、レインはどこ?私のレインはどこにいるの…?!!」

『落ち着けカイリ。まだ死んではいないが急いだ方がいい。アガパンサスが植えられている花壇とガゼボの方に行け。リーナが我らを呼んでいる』

(リーナって確か私がレインに渡したブローチの宝石の名前…あの子ならもしかしたら…)


ドレスをたくし上げ、コツコツとヒールの音を立てながら庭園を走る。

整っていた髪は少し崩れ、さっきまであった余裕がもうなかった。

レインへのプロポーズと婚約の宣言で彼を守ると誓ったばかりなのに、守り切ることができなかった自分に怒りと自責の念にかられた。

息を切らしながらガゼボがある方向に急ぐ。

すると、少し遠くの方で弱々しい声がナイトの耳に入る。


『カイリ。ガゼボで誰か倒れている。血の匂いもする』

「血の匂い…?そんなレイン…!!!」


胸騒ぎを覚えながらカイリは走る。

ガゼボに着き、最初に目に飛び込んできたのは頭から血を流しながら倒れていたケヴィンだった。


「ケヴィン?!!」

「あ…おじょ…さま…」

「酷い傷…!!待ってて!!今治すから!!」


カイリはケヴィンに駆け寄り急いでギフトを発動させる。カイリの右手から放たれる優しい光がケヴィンの頭部に当てられる。

彼女のギフトである《治癒》はどんな怪我も病気を治す万能の異能。

初めてその力を目の当たりにするケヴィンはボヤける意識の中でもその力の偉大さを感じとり驚愕した。


「す、すげぇ…頭が引いてく…」

「もう少しで全て治りますから……あの…」


ギフトを発動しながら今にも泣きそうなカイリの表情にケヴィンは途切れかけていた意識を無理矢理叩き起こす。

すぐにその理由が愛するレインの為だ悟ったからだ。ケヴィンは先ほどの惨劇を興奮混じりに語り始める。


「あ、あの、俺のことなんかより、は、早く、レインを助けてください…!!俺達をこうしたはアイツら…」

「アイツら…?誰なの?」

「た…ターンって奴と、今日披露会に来てたあの美人さんで…殴ってきたのは2人の部下っぽい奴らだったんですけど…」

「……もしかして、この異能ギフトのことは言ってた?」

「途切れ途切れに覚えてるだけでアレなんですけど確か言ってました。マージルだかなんだとか…」

「ありがとう。もう分かったわ。後は私に任せて」

「そ、そうだ、あと、お嬢様がレインに渡したあのブローチなんですけど、さっきガゼボから転がり落ちて、下の紫色の花の花壇にあるかもです」


リーナの気配を感じていたナイトはケヴィンの話を聞き、アガパンサスの花壇に考えを集中させる。

宝石は、ギフト所有者で自らの主人の痕跡と同胞の痕跡を見ることができる。そのお陰か、リーナを探すのにあまり苦労をかけることはなさそうだ。

ケヴィン頭を治しきると同時にエドワード達がカイリ達を追ってきた。


「お嬢様。ここにいましたか」

「エドワード、ケヴィンをお願い。怪我は私が治したから。早く彼を休ませてあげて」

「一体何があったのです」

「マージル。あと、盲点だったのはミネア・アンダースよ。アイツらが全てしたこと」

「まさかオルロフ…?!いけませんお嬢様。これ以上は他の者に任せるべきです。奴らはギフト所有者を…!!」

「承知の上でやるのよ。レインは私が取り戻す。彼を幸せにするなら私はこの命を彼に捧げるわ」


カイリはケヴィンをエドワードに任せ、リーナが落ちているであろうアガパンサスの花壇に向かう。

しゃがみ込み、ブローチである彼女を探す。


『そこにいる』


カイリはナイトが教えてくれた方に目を向けるとそこにはキラキラと輝くアガパンサスも摸した紫色の宝石のブローチが落ちていた。そっとブローチを拾い、付いてしまった土を払う。


『っ!!!カイリ…お嬢様…よ、ね…?どうしよう!レインが変な奴らに捕まっちゃって!!!でも、アタシ何もできなくって…!!!どうしよう!!レインが殺されちゃうヨォ…!!!』

「安心してリーナ。もう目星はついてる。後は貴女の力をいる。レインを救い出すには貴女が必要なの」

『私の…?でも、アタシ、まだ未熟者だから未来は完璧に見えない…』

「でも、主人のレインの痕跡は追えるでしょ?それだけで十分よ。大丈夫。後は私とナイトに任せてくれる?」


どんなに彼女を止めようとしても通用なんかしない。例えそれがどんなに親しい者でも。

歪な思想と信仰、そして、差別に染められた者に大事な人を奪われた人間は制御なんかできやしない。

死が隣り合わせの危険な状況でも彼女は突き進む。

全ては愛するレインに誓った約束の為。

披露会で見せた美しい女公爵のドレスは土で薄汚れ、髪も少し乱れている。けれど、愛する人を奪われた今はそんな美しさは何の価値はない。


(マージル・マリアネル、ターン・ブリク。そして、あの偽善者ミネア・アンダース。お前達の生と死は私が握っているのよ。お前達が信仰する神は助けてくれないわよ)


カイリはブローチを強く握り、全ての元凶である3人に悪態つく。

今までもオルロフに信仰していた信者が生死を彷徨っていた際に、彼らが敬う神に助けを乞うが結局死に陥った。

それでも奴らは目に見えない神に貢ぎ信仰し続ける。


(なんて愚かな人々だろう)


その目には諦めという光はない。希望の光で満ちた目はここにはいないレインに捧げられたのであった。


「待っててレイン。すぐに行くわ」

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