生活の一変

カイリとの婚約が決まったレインの生活は一変していた。

突然貴族の仲間入りを確約されたことを未だ信じられずにいるレインを置き去りにして事はどんどん進んでゆく。


「俺はこれからこんな広い部屋で住むってこと…だよな…」

「すげー…まさか俺の親友が大出世して、しかもカイリお嬢様と逆玉婚なんて…やべ、なんか嬉しくて泣けてきた」

「え、待って、ちょ、泣くな泣くな(寧ろ泣きたいのはこっちだよ)」


マリアネル家の当主の婿になる人をいつまでも狭い使用人用の部屋に住まわす訳にはいかないと、あらかじめ用意された自室にいた。

カイリの部屋と同じぐらい広く、いろんな作家で高価な家具や装飾品に囲まれた部屋にレインはこれから住むことになる。とても現実味が感じられないレインは呆気に取られるばかりだった。

そんなレインにケヴィンはどういう訳か感動していた。

まさか、自分の初めての友人が逆玉の輿に乗ることができ幸せの階段を駆け上がり始めるのを自分の目で見守れるのがとても嬉しかったのだ。嫉妬という言葉は最初からなく、本心からレインを祝福していた。


「でもさ…レインはこれからはカイリお嬢様の旦那様になるから僕とはあまり話とかできなくなっちゃうね。そこはちょっと寂しいかな」


同じ使用人として友人としてずっと側に居たレインが手の届かない所に行ってしまったら、前みたいに冗談を言い合ったりできない寂しさだけは拭えなかった。

大切な親友が成り上がって幸せになるのはとても喜ばしいことだが、ケヴィンはその寂しさを酷く感じ取っていた。

けれど、レインは諦めていなかった。寧ろ、ケヴィンの絆を更に深める方法をすでに見出していたのだ。


「その件なんだけど、あのさ、ケヴィン。一つだけ我儘聞いて欲しいんだけど。いい?」

「え?何?」

「これはカイリ様とエドワードさんに聞かなきゃいけないからどうなるか分からんけど、もし、俺の従者になって欲しいって言われたらどう?」

「……え?ええ?!!」

「それなら離れ離れにならんだろ?」


レインから思わぬ申し出にケヴィンは驚いて言葉を失ってしまったが、大好きな親友の側にいられるならこのチャンスを逃す訳にはいかないとすぐに我に帰った。答えはもうとっくに決まっていた。


「もちろんイエスだわ!!!でも、本当に僕でいいの?まだ見習いなのに。絶対いろいろ迷惑かけちゃうよ?」

「ケヴィンだからお願いしてるんだ。見習いでも別に構わない。俺もそうだから」


近しく親しい人が側に居てくれればお互い助けになる。レインがラクサに来て一番実感した一つ。

突然全てが一変しても大事な仲間がいれば乗り越えられる。レインがケヴィンを自分の従者に決めた一手だった。


(それにまだあのお嬢様のこと何も知らないし、一人で不安になってパニクるよりかはまし…)


幾ら夫婦になるとはいえ、まだお互いのことをよく知らない。

その不安を一人で抱えるより親しい誰かに相談できるツテが欲しかったのもあった。

何度もカイリのプロポーズを思い出してはなんとかその不安を拭うべきだと考えるが1人ではそう簡単にはいかないだろう。


(俺の我儘をなんでも聞いてくれそうな気がするの何だろうな。ちょっと怖い)

「それじゃあ、早速エドワードさんに聞いてみよう!!あと、お嬢様にも!!」

「お、おう」


お互い学んでゆき成長してゆくしかない。

自分が女公爵の夫に相応しい男なのか、何故月夜の宝石が自分を選んだのかまだ分からず手探りの状態だ。けれど、ここで悩んで立ち止まっていても何も始まらない。

目の前にいる親友の様な前向きさに憧れながらレインはエドワードの元に急いだのだった。





カイリは侍女のリンを連れて街に繰り出していた。その理由はある大事な物を作りにジュエリーショップに行くからだ。

その大事な物とは、彼女の婚約者となったレインへのプレゼント。一言で言えば、婚約指輪をまだ使っていなかったからだと言った方が正確だろう。

けれど、カイリは少し引っ掛かりを感じていた。それは。


「……う〜〜ん…」

「どうしたんですかお嬢様?」

「まぁ、ちょっとね…なんか違う気がして…」

「違う?何がですか?」

「指輪のこと。指輪じゃなくて他のアクセサリーの方が似合う気がして。あと、あるモノをモチーフにしたアクセサリーの方がいい気がしてならないのよ。でも、考えが纏まらなくって…」


悩むカイリにリンはそのあるモノが何か問う。


「庭に咲いてるアガパンサス。今、見頃の薄紫の花。彼の出身地のマグアが原産地みたいなの。だからアガパンサスをモチーフにした物にしようかなって…」

「まぁ!!それは良いアイデアですね!!とても素敵ですよ!!」

「それをモチーフに指輪で作ろうかと思ったけど、何か違う気がして。リン、何か良い案ない?」


カイリから提案されてリンはうーんっと目を閉じてじっくり考える。

ふと、リンの脳裏にあるアクセサリーが頭を過ぎる。それは、よく貴族の男性が身に付けている宝石のブローチだった。

これならお嬢様も納得してくれるとすぐにその答えを彼女に伝えた。


「ブローチなんてどうですか?薄紫のアガパンサスをモチーフにしたブローチとかとても素敵だと思います」

「ブローチね…」

「ほら、胸の辺り付ければ結構目立ちますし、お嬢様の婚約者だという証にもなる気がするのですが」

(私の婚約者だという証…)


その言葉が繰り返し頭に響く。引っかかっていたものが一気に削ぎと落とされ悩みが吹き飛んだ。

レインを他の者に奪われない為の独占欲の具現化を見せつけるのには最適だとカイリはほくそ笑んだ。


「ありがとうリン。貴女のお陰で全て解決したわ。これでジュエリーショップで悩み込まなくてすむわ」

「いえいえ。悩める主人を救うのも仕事のうちの一つですから♪」

「フフ。本当にありがとね。助かったわ」




マリアネル邸にて。外は暑いというのにレインは一瞬だけだが鋭い悪寒を感じ身震いした。


「ひぇ。なんだ?」

「どうしたん?」

「あ、いや、なんか今悪寒が…(なんだろ…?)」


レインは腕を摩りながら胸騒ぎを覚え腕を摩った。


彼の見えないところで計画は着々と進んでゆく。

レインがもう一つの宝石と出会うまであと少し。

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