プロポーズ

「そんな諦めないって……俺なんかが貴女の旦那になるなんて絶対に無理ですよ!いろいろと無理があり過ぎる!!!」


レインは諦めるという文字が存在しないカイリに必死に抵抗していた。

幾ら運命の番に選ばれたとはいえ、やはり身分の違いと種族の違いが今後カイリの足を引っ張ることになるのだと悟っていたからだ。

だが、レインのその考えはこの女公爵にはやはり通用しない。寧ろ、彼女にやる気をさらに与えてしまったと言っても過言ではなかった。

やる気に満ちたその目にレインは恐怖を感じていた。


「何故そう言い切れるの?」

「いや、考えれば分かるでしょ!?身分も低いし、人種も違うし!!」

「…でも、ギフトを持ってるじゃない」

「それだけでしょ?!ギフトを持ってるからって貴女と結婚していい理由なんて…」

「あるわよ。私と結婚すれば貴方を守ることができる」

「その…一体誰から守ると?」

「知っている筈よ。貴方と私達のギフトを付け狙う輩共のことを」


レインはカイリのその言葉に思い当たる節があった。

マグアにいた頃もその危機は何度もあった。ギフトを持っているだけで彼を襲った正体。

神々から授かったギフトを本来の持ち主に返すべきだと主張する異端者達。

一番最初にギフトを授かった使者のひとりが行動、それは身分が低い者にもギフトを教え、そして、後継させ繁栄させたこと。

だが、ギフトは神の物だと認識し信仰している異端者達。

少しでもギフト所有者だと疑いがある者には容赦なく危害を加えている。

ギフト所有者と判明するとすぐさま捕らえ、拷問し、最終的には生贄として神に異能を返すという名目で殺す。それが一種のカルト教団と化した奴らのやり方だ。

その被害は貴族であるカイリにも及んでいて、爵位を受け継ぎ公爵となった今は鳴りを潜めているもののいつまた彼女を襲うか分からない。マリアネル邸に使用人としてやってきたレインも例外ではないだろう。


「まさか、本当にあなたの言う通りに結婚すれば俺を守ってくれるとでも?」

「ご名答。このマリアネルの名と、私の公爵の爵位の地位があれば貴方を守れる。奴らも身分の高い貴族にはそう簡単には手は出さない筈」

「仮にそうだとしてもそれが結婚していい理由には…」

「なる。それに私は貴方に初めて会った時から好きになってしまったの。所謂、一目惚れってやつね」

(まさかあのカフェで会った時の?え…?パンケーキに夢中になってた奴のどこに惚れたんだ…?)


レインはカイリを惚れさせるような仕草をした覚えは全くなかった。紳士の様にエスコートした覚えも、誰かに絡まれているところを助けたという様なヒーローじみたこともしていない。

ただ、ガイアの隣でバターの匂いと蜂蜜がたっぷりかかったふっくらパンケーキを夢中で頬張っていたことしか覚えていない。レインは更に困惑した。


「あと、貴方と結婚すればいろいろと解決することもあるのよ」

(解決?俺と結婚すれば解決するってどんな問題だよ)

「ターン令息の隣にいた男のこと覚えてる?」

「えっと…ああ…なんか胡散臭そうな奴がいましたけど、それが?」


カイリは困った様にはぁっとため息をついた。目の前の愛する人に紹介したくない人物を話すのは気が滅入るからだ。カイリは決意を固め重い口を開いた。


「マージル・マリアネル。あの男は父の弟で私の叔父なのよ。私の面倒を見てくれた人でもあるわね」

(え"?あの人叔父だったの?全然見えなかった。ヤバそうな詐欺師かな?って思っちゃったよ)

「あの男は自分より身分が低い者にはあんな態度をとるのよ。ほら…変に横暴だったでしょ?いつもああなの」

(確かに。変に俺ら使用人にキツく当たってからな。やっぱりそういうことか)


カイリの言う通り、マージルもターンと同じで自分より身分が低い者には遠慮がなかった。

紅茶の味が気に入らないもしくは冷めていただけで突然紅茶を浴びせてきたり、来るのが遅いからと怒鳴りつけ最悪の場合はビンタをかましてくる等目に余る行為を平気でしてくる男だった。

マグアにいた頃に見た貴族達も同じだった。レインを優しくしてくれたのはごく一部の人間だったのだと改めて思い知らされた。

けれど、それが自分との結婚とどう影響するのかレインにはまだ分からなかった。


「マージルの目的はマリアネルの正式な後継者になって全ての権限を自分のものにすること。そして、公爵の名を私から奪い取ること」

「でも、マリアネル家の後継者は貴女であることも爵位だって貴女のお父様も意思もあって受け継いだって知ってる筈じゃ…」

「私が女だから気に入らないの。まぁ、それ以外もあるけれど。血の繋がった兄弟で、忙しい父の代わりに私の面倒をずっと見てくれていた。だけど、父は彼を見限った。家の地位も爵位も財産も全て私に残したくれた。逆にマージルには何も残してくれなかった」

(つまり、全然信用されてなかったってことか。納得)

「いろいろやらかしてたから当たり前なんだけど」


カイラのその一言にもレインは変に納得してしまった。


「面倒見てくれたけどいい気はしなかったわね。父の目が見えないところで叩いてもきたし、それ以外もいろいろされたから。今もだけどね」

「とんだ最低野郎ですね」

「そこにあの見合いよ。自分に有利な人間と無理矢理結婚させて、私を形だけの存在にさせてすべてを牛耳ろうとしてる。さっきの見合いも同じ。私の意思も愛もない道具にさせるための結婚。逃げたくて仕方がなかった。でもね」

「え?」

「そんな時に貴方が現れた。月夜の宝石を光を灯し、私の心を一目で奪った貴方が私の前に現れてくれたの。これは運命なのよ。レイン・バスラ」

「う、運命なんてそんな…」


目を輝かせながらレインを両手を掴むカイリにレインは圧倒される。

彼女の言葉に嘘は見えなかった。確かにマージルという叔父とギフト所有者を付け狙う異端者に命を狙われているということは分かった。

特に、後者はカイリと同じギフト所有者であるレインも他人事ではなかったからだろう。

それでもレインを決断させるにはあと一つ足りないものがあった。


「とりあえず話は分かりました。けど、使用人の俺を夫にしたらもっと泥沼化しそうなんですけど…」

「一旦、マージル達にギャフンと言わせたいから気にしなくていいわ。いろいろ手は打ってあるし」

「それに…絶対俺なんかをマリアネル家に迎えたら他の貴族から何か言われるんじゃ…好奇の目で貴女を見る様になるかも…」

「そんな愚か者に負ける様な私ではないわ。それだけで貴方を守りきれなかったらマリアネルの名に泥を塗るようなものだもの」

「でも…っ!!!」

「私と結婚したくない理由がまだあるの?」


悲しげな目に切り替わるカイリにレインは何も言えなくなった。

このままこの結婚を受け入れれば一気に貴族の仲間入りとなる。今までの生活が全て一変するだろう。

けれど、平民から成り上がった自分のせいで後ろ指を刺され、見た目で差別する者の目も彼女にも降りかかってしまうのが嫌だった。

そして、レインに向けられている好意も一時的なモノだったとしたらと思うと安易に首を縦に振らなかった。

まだ、カイリの様な想いには至っていない。けれど、彼女が歩んできた人生を聞いてからレインは少しでも力になりたいと思っていた。

帽子を拾っただけの自分をここまで愛そうとしてくれる彼女に見放されたらという恐怖はまだ拭えない。


「本当に俺のことが好きなんですか?」

「大好きよ。初めて会った時からね」

「月夜の宝石を光らせた……運命の番として宝石に選ばれたからってだけじゃないってことですよね…?」

「当たり前じゃない!彼が選んだだけじゃない!私が心の底から好きになったからこうして結婚を申し込んでるのよ!!」


嘘偽りのないカイリの一言一言にレインの疑念は少しずつ薄れてゆく。

レインは決意を固め一番不安になっていた思いを彼女にぶつけた。


「……本当に俺を…、奴隷の地で生まれた俺を本当に一生かけて愛してくれるんですか?」

「……」


レインの声が恐怖で震える。

今までレインという一人の人間として愛してくれる人なんていなかった。ギフトを持っていたから愛してくれた人は大勢いたが、レイン自身を愛してくれる人は初めて友人となったケヴィンぐらいだった。

レインに対して愛を説いていたカイリに実は冗談だった、全て嘘だったと言われてしまうのではないかとずっと疑心暗鬼になっていた。

彼女の沈黙が恐怖にしか感じない。今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。

カイリの優しい声が凍てついた沈黙を破る。


「レイン・バスラ」

「……はい…」

「私は月夜の宝石が選んだから貴方に求婚したんじゃない。本当に貴方を愛してしまったから申し込んでいるの」

「嘘だ」

「嘘なんかじゃない。私はそこらの貴族共と一緒にしないで頂戴。私は身分なんていうものなんか必要ないって思ってる。確かに利用できるけど、ただの枷にしか思えない」


あまりにも眩しくも凛々しい目にレインは釘付けになっま。

あの帽子を拾った時、ターン令息を圧倒させていた彼女こそまさにマリアネル家当主、そして、女公爵に相応しい。そう思える程、カイリ・マリアネルの嘘偽りなき告白は少しずつ疑念に満ちていたレインの心を解いてゆく。

求婚を断ろうとした気持ちがどんどん揺らいでゆくがもう止められなかった。


「私は一生をかけて貴方を幸せにする。絶対に悲しませたりしない。どんな脅威からも守り切ってみせる。だから改めて言わせて」


レインはある一言を思い出す。



『私の可愛いレイン。私の可愛いアガパンサス。誰よりも幸せになってね』



いつも夢の中で母が囁く言葉。

その言葉通りの人生がもう目の前にある。その手を払いのける理由なんてもう彼にはなかった。


「レイン。私の愛しい人。どうか私と結婚してくれませんか?」


改めて告げられたカイリからのプロポーズ。

レインは本当は自分から言わなきゃいけないのにと感じていた。けれど、その目にもう恐怖と不安はもうなかった。



「……これからすんごい迷惑かけると思うし、公爵である貴女の立派な夫になれるかまだ分からない。でも、こんな俺をそこまで想ってくれる貴女となら楽しい一生になれるかも」

「ってことは…」


緊張気味な表情のカイリにレインは微笑んだ。


「カイリ・マリアネル様。俺も貴女を幸せにしてあげたい。その言葉に嘘がないなら受けます。結婚しましょう」


カイリはレインの応えに一瞬だけ驚きを見せたがすぐに我に返り、嬉しさが爆発し、小さく嬉しい悲鳴を上げながらガバッと彼を抱きしめた。


(く、苦しい…!!!)

「ありがとう!!本当に嬉しいわ!!!私、断られたら絶対立ち直れなかった。大好きよ!!!」

「あ、あはは。そ、そりゃよかったです。あの、俺達、まだお互いのことよく分かってないんでゆっくり…」

「そうよね!たっぷり時間はあるもの!!もっとレインのこと知りたい」

(愛がすごい。俺の何がこの人をこうさせたんや…)


ぱぁっと太陽の様な笑顔のカイリに少しドキッとしてしまったが今は知らないふりをする。きっとそれがバレてしまったらややこしい事になるとレインは悟っていたからだ。


(初めての感覚にいろいろ追いつかない…)

「これからもっと忙しくなるわね。貴方との婚約をいろんな人に広めなきゃだし、結婚式もとても素敵なものにしなきゃだし…」

「…そんなに焦らなくても俺は逃げませんから、ゆっくり考えましょう?ほら、さっき言ったでしょう?時間はまだあるって」

「そうだけど、嬉しくて気持ちばかりが先走っちゃって。でも、本当に、本当にありがとうレイン。私を選んでくれてありがとう…!!!」

「あ、あはは…」

「そうと決まれば、みんなに報告しなきゃね」

(ん?報告?)


すると、レインの腕を掴みそのまま引っ張られる様に部屋から出る。


「え?!ちょっとカイリお嬢様ぁ?!!」

「ほら!!早くマリアネル邸にいる皆に教えなきゃ!!」

「一旦秘密にしません?!つか、俺自身全然心の準備が…!!」

「大丈夫。私がいるもの」

(そうゆう問題じゃね〜〜!!!!)


その後、ロビーにてマリアネル邸で働く者全員に婚約をした事を告げられた。

皆、婿になる人が自分達の同僚だとは予想していなかったせいで大変驚いていた。レインはその様子を見て"穴があったら入りたい"という気持ちに駆られた。

レインの耳に月夜の宝石ことナイトの声が聞こえる。


『貴様がちゃんとカイリを幸せにするまで逃さぬ。その逆も然りだが』


レインは改めて自分はもうこの女公爵から逃れることができないだろうと諦めのため息をついた。

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