悪意の祝福

レインがカイリにプロポーズされてから少し経った頃。

女公爵の夫に相応しい人間になる為に花婿修行を半強制的に始められていた。

その理由は、レインが自分の婚約者になったことを他の貴族に披露するからだ。それも手紙などではなく人目がつくパーティーの場で。

たった2週間の間にできるだけ多くの事を覚えて欲しいと怒涛のスケジュールを組まれることになりレインは気が滅入っていた。


(幾らギフトがあるからって、これはヤバいって)


正直、使用人の時よりもハードではと思えるほどの修行にレインは逃げ出したいという考えがいつも過るようになった。

まずは、基本的な礼儀作法は難なくこなせたが、貴族の名前を覚える事と、ダンスに関してはレインの悩みの種となっていた。

記憶のギフトを使っても覚える事が多過ぎるせいか、その日の修行が終わると夕食も食べずにそのままベッドに寝てしまう事が多くなってしまっていた。

ケヴィンも従者として見習いなりにレインを支えていた。


(このお披露目会が終わったらしばらく花婿修行は休ませてもらおう…この怒涛さは死ぬ…頭がパンクしそうや…)




女公爵の自室兼仕事場。

婚約者となったカイリにもここ数日はあまり会えていない。彼女も仕事が立て込んでいるせいか、なかなかレインに会えずじまいで苛立っていた。


「レインに会いたい…エドワード、レインを呼んでちょうだい」

「ダメですよ、お嬢様。彼にはこの短い期間でいろいろ覚えてもらわないとならない事があるのですから。邪魔してはなりません」

「うぐ〜〜!!なんでよぉ〜少しぐらい良いじゃない〜」

「いけません。ギフトを酷使しながら必死に花婿修行に励んでいるのです。今は優しく見守ってやってください。それに、その仕事の量を終えなきゃ彼に会えませんよ?」

「分かってるわよ…。他の人に任せられないものばかりだし仕方ないわ…。はぁ〜それでも会いたい」

「もう少しの辛抱です。あ、そうそう」


エドワードはある事を思い出すと、先ほどリンから受け取ったある箱をカイリの机の上に置いた。


「もしかしたらコレって…」

「はい。先程、リンがお嬢様の代わりに受け取って来てくれたので。やっとですね」


カイリは一旦仕事の手を止めて、ある物が入った箱をそっと開ける。

その中身はカイリを納得させる作りになっていて満足の出来となってやってきた。


「完璧よ。後はレインに渡すだけね。絶対に気に入ってくれるわ」


月夜の宝石ことナイトも箱の中身の物に関心を持った。


『まだおぼっこい声だが、まぁあの男にはぴったりだな』


ギフトを待つ者にしか聞こえない宝石の声。その声は所有者の守護となってどんな危機からも守ってくれる。そして、幸福へ導く声にもなる。

亡くなった母から教わったギフトと宝石のお話。

皆は、それはただの迷信だと言っていたが、レインを見つけてくれたことで迷信なんかではなく事実だったと思い知らされた。

宝石はゆっくりと結びを深めてゆく奇跡の鉱物なのだとカイリは思った。


「そのブローチ。披露会の時に渡すのですか?」

「ええ。そのつもりよ。皆に認められる夜に渡そうと思ってるの。絶対に似合うわ。彼の花をモチーフにしたもの」


彼女の中でアガパンサスはレインを連想させる物となっていた。

マグアが原産地であることもあるが、あの出来事があった日も庭園のアガパンサスが綺麗に咲き誇っていたのが印象的だった。


「さて、早く仕事を終わらせなきゃね」

「そうですよお嬢様。彼も頑張ってますから」


カイリは再びペンを持ち目の前の仕事をこなしてゆくのだった。







「マージル様!!!どういうことですか?!!カイリお嬢様があんな奴隷と婚約なんて!!!!」


マージルの邸にやって来たターン令息は取り乱しながら彼に問い詰めた。

まだ他の貴族に伝えていない筈の情報をどこからか得たのだろう。ターンはレインがカイリの婚約者になった事に憤怒した。

本来ならそのポジションは自分の筈なのに何故奴隷の地と言われるマグアの男に取られるのだと憤慨したのた。

マージルも必死に怒りを抑えながら紅茶を飲む。


「私も今知ったのだ。デマの可能性もあるだろう?」

「っ!!!デマなんかじゃありません!!忍び込ませたメイドが教えてくれたのですから!!!クッソ!!なんで……」

(……この男の話が本当なら…。あの子娘。マリアネル家の恥晒しが)


ターンがカイリの動向を知る為にメイドを装って送った密偵が掴んだ情報だ。ターンに忠を尽くしている者の情報に偽りはないだろう。

密偵が掴んだ情報が書かれた紙をマージルに渡す。

マージルは少しずつ怒りを滲ませ、持っていた紙にシワを作らせた。


「本当…なのだな……」


マージルの怒りの雰囲気にターンは恐怖で一瞬だけ言葉を失う。恐怖に襲われながら辿々しく、なんとか言葉を続けようとする。


「ほ、本当です!!カイリお嬢様はあんな下級の者を婚約者にすると使用人達の前で宣言したと…」

「そうか…」

「このままではマリアネルの名も、神聖なギフトも卑しい血で汚れてしまう…!!何か策を…」


マージルは持っていたティーカップを怒りに任せておもいっきり床に叩きつけた。パリンと傷一つなかったティーカップは呆気なく砕け散った。

ターンはその様子を呆然と見ているしかなかった。


「すまない。見苦しいところを見せてしまった」

「あ、そんなこと…仕方ありませんよ。あんな事されたら僕ら以外の貴族達も怒りますよ」

「そうか。でも…あんな小娘にここまで手こずらせられるなんてな。私のした事が。あそこまで大切に育てて来たのに失敗してしまった」

「マージル様は何も悪くありません!!カイリお嬢様の婚約もきっとあの奴隷が唆したに決まってます!!」

「そうだといいがな。……そう言えば、さっき見せてもらった資料の中に書いてあったのだが」

「え?」

「私達にとって有利となる事が一つ書いてあった。ターン令息の密偵は本当に有能だな」


マージルはくしゃくしゃになってしまった資料をテーブルの上に置きある文章に指をさす。

そこに書かれていた文にターンは目を通す。彼はその一行に驚愕し目を大きく見開いた。


「う、嘘だ!!どうしてあんな奴隷がギフトを?!しかも神々に選ばれた使者の子孫しか持たない筈の《記憶》のギフトをなんで?!!!」

「それは私にも分からん。だが、一つだけ分かっていることがある」

「あの奴隷からギフトを取り上げる…否、取り戻すこと…」

「あんな卑しい血が通う者が持っていい異能ではない。高貴な血を持つ者にしか許されない。神々もそれを望んでいるだろう」

「でも、取り戻すって言ってもどうしたら…」


マージルは不安なターンに対して、ニヤリと何か企んでいる様な笑みを浮かべた。

すると、マージルは左手に嵌められていた黒革の手袋を外し始めた。


「この紋章に見覚えがあるだろう?」


マージルは手の甲に彫られた黒色の何かの紋章の刺青をターンに見せた。


「っ!!!これは…!!!」


刺青を見たターンから一気に不安が払拭された瞬間だった。彼もニヤリと不敵に笑う。


「ギフトを神に返し、ギフト所有者が最も恐れる存在で救済者である教団オルロフの力があれば両方共取り戻すことができる」


マージルが所属しているオルロフこそ、カイリが言っていた異端者だった。

神々にギフトを返すと名目で所有者を捕らえ、拷問をしたのち最終的に生贄として殺す。特に身分が低いギフト所有者には容赦がなく、遺体が残らないもしくは原型を留めないほど酷い状態で見つかることが多い。

ここまで残酷な行為を行っているというのに、高位な貴族ばかりが集まるその教団を断罪することはできない。権力と金を使い証拠は全て改竄され、大勢の無実の人間を何度も断頭台に送ってきた。

その魔の手を身勝手な野望に満ちていたマージル達はレインとカイリへと伸ばそうとしていた。


「あの奴隷の血をマリアネルに混じらせる前に手を打たねば。やはり、彼女をここ呼んで正解だった」


すると、マージルは部屋の端で控えていた従者を呼び寄せ耳打ちをする。命令を受けた従者は早歩きで部屋を出て行った。


「誰か僕以外に来客でも?」

「ああ。もしもの事もあってと思って。安心しろ。彼女も私達のオルロフの仲間だ」


少し経って、コンコンっとノック音が扉からした。

音が止んだと同時に扉が開き、マージルの従者と共に入って来たのは赤いドレスに美しい金髪の一本の三つ編みを肩から垂らした女性だった。ターンはそのあまりの美しさに姿にドキッとしてしまった。


「(なんて美しいんだ…!!)ま、マージル様!この方は…!!」

「彼女は、オルロフの幹部の一人アンダース伯爵のご令嬢ミネア様だ。彼女もオルロフを信仰している仲間だよ」

「初めましてターン・ブリク令息様。わたくし名は、ミネア・アンダース。以後お見知り置きを」

「彼女の力があればあの奴隷を捕らえることなど容易い事。そして、神々にいち早くギフトを返すことができる」

「話は聞かせてもらいましたわ。確かに、由緒正しいマリアネルの血から一刻も早く卑しく汚い血を排除せねばなりませんね。カイリ様にも貴族として再教育しないと。彼女は身を弁えてもらわないと」


どこか怒りを込めた静かな口調のミネアにターンは賛同する。


「ほ、本当にその通りです。カイリ様は一番爵位が高い公爵というだけで好き勝手やってきた。僕との結婚も台無しにして…!!」

「その悔しさ、とてもよく伝わります。それはそれは辛かったでしょう。でも、もう大丈夫ですわ。後は私とマージル様、そして、素晴らしいオルロフの力で全てやり直しますから」

(ミネア様…!!)

「だから私を信じてください。ターン様。必ず貴方の望む未来にしますわ。私達貴族が未来永劫明るい未来を歩む為に」


ウフフっとミネアは笑う。その笑顔はまさに可憐と言えた。

だが、その笑顔の裏では黒く悍ましい思想が蠢いていた。


(あの女、やってくれるじゃない。本当にマリアネルの当主としても女公爵としても似合わない女ね。いつも私を逆撫でさせる事ばかりやって。私が欲しい物を全て手に入れて…。でも、それももう終わる。今度は私があの女から全てを奪ってやるのよ。カイリ・マリアネルを私の足元にひれ伏させてやるの)


ミネアの脳裏に凛々しい顔付きで彼女を見つめるカイリが過ぎる。だが、すぐにミネアの妄想が侵食し泣きながら土下座をし彼女に許しを得るカイリの姿に切り替わる。

ミネアは思わず笑い上げそうになったが、すぐに持っていた扇子で口元で隠し笑いを抑えた。

もう少しでその妄想が現実になると思うと笑いが止まらなかった。


(あの女が選んだマグア人もギフト持ちなんて。神様はとんでもない間違いをしてくれたわ。でも、私達オルロフが修正する。そして、あの女が入れ込んでるそのマグア人を目の前で殺してあげなきゃ)

「あの、早速話を進めましょう!!!ミネア様!!早くカイリお嬢様の目を覚まさせないと」

「……落ち着きなさってターン様。この賭けは私達の勝利であることはもう確定しているのですから。焦りは禁物と言うでしょ?」

「ミネア殿の言う通りだ。ここで焦れば裏目に出る。ここはじっくりと練ろう」


ミネアは黒いレースの手袋を外し、左手の甲のマージルと同じ紋章の刺青を見せ教団に忠誠を誓う。


「全ては神々とオルロフの為」

「我ら貴族の未来とマリアネル家の栄光の為に」

(ぼ、僕とカイリお嬢様様の未来の為に…!!!)


それぞれの漆黒で歪んだ誓いが立てられる。

マージルとミネアの左手に刻まれた紋章は血塗られた歴史を物語せている。




ゆっくりと幸せな道を踏み入れようとしていたレインとカイリに魔の手が忍び寄っていたのだった。

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