帰宅

「ゼェ…ゼェ…撒いたか?」

(近くにアイツはいないぞ。)


あの後、また朱の盆と遭遇したがなんとか逃げ延びた。

そして目の前には、公園にある滝と池があった。


「クロ、これ隠してくれ。」

(おう!)


体から炎が出てきて俺を包むと、尻尾や耳が消えた。


(消えたっていうか、見えなくなっただけだから触れはするぞ。)

「あ、ほんとだ。」


頭や腰辺りを触ると、確かにあった。

これは人混みに行くと直ぐバレそうだな。

服装は少しイカついが問題はないだろうし、片目は瞑るか眼帯すれば誤魔化せるだろ。


「よし、行くぞ!」


意を決して池に飛び込むと、そこには不思議な世界が広がっていた。

呼吸は出来ないが、周りには暗い青一色の水、沈んでいるが浮いている感覚、上と下どちらにも同じ景色。


(スッゲェ…)


そう思っていると、目の前に出口らしき光が見えてきた。

息もキツくなってきたので、急いでそこに向かう。

水面から出ると、陽の光が目に入ってくる。

車や人の声が聞こえてくる。


「も、戻ってこれたー!」


池から出て地面に寝転ぶ。

思ったままのことを叫ぶと、周りから冷たい視線を浴びる感覚を覚えた。

このままでいると某SNSに載せられそうなので急いでそこから離れる。

取り敢えず、人目を避けるために路地裏に入る。

そう言えば、さっきからクロが静かだな。


「クロ、生きてるか?」


話しかけるが、反応がない。

…本当に死んだのか?

頭を触ってみると、まだ耳の感覚があるので憑依は解けていない。

つまりクロはまだ体の中にいるのだろう。

心配になっていると、体の中が熱くなってくる。

…この熱、身に覚えがあるぞ。


(陸だー!)

「熱い熱い熱い!」


体があの黒く、金色に輝く炎に包まれる。

どうやらクロは感動のあまり放心状態だったらしい。

このままだと焼死体になりかねないのでクロを落ち着かせる。


(ご、ごめん、つい興奮しちゃって…)

「いや、俺もさっき叫んでたし責められないから。」


落ち着いたのでひとまずスマホを開くと、メールや電話の履歴がエグいことになっていた。

メールには最初の方は怒り心頭って感じだったが、新しい方になると心配のメールとなっている。


「量やばいな…取り敢えず、もう遅い時間だから帰るか。」

(アキラ!オイラ焼き鳥が食べたい!)

「焼き鳥?コンビニでいいか。」


…クロ、どうやって焼き鳥食うんだ?

近くのファミリーなマートに行って焼き鳥等を買い、帰宅する。


「ただいま〜、誰もいないけど。」

(狭い家だな〜。)

「やかましい。」


男の一人暮らしには小さめのアパートぐらいが丁度いいんだよ。

流石に風呂とトイレは別にしたがな。

リビングにある机に買った物を置いて鏡をクローゼットの隅から引っ張り出す。

その鏡を見ると、いつもより黒くなった髪と金のオッドアイになっている自分が写っている。


「まじでどうなってんだよこれ…」

(そろそろ術解いてもいいか?流石に疲れてきた。)

「あぁ、もう大丈夫だ。」


隠す時と同じ炎が体から出て、尻尾や耳が見えるようになった。

意識すれば動くし、触れば少しくすぐったい。


「たく、こんなん誰得だよ。」

(ダレトク?なんだそれ?)

「聞くな、お前は知らなくていい。」


机の上に置いた焼き鳥を取り出して食べる。


(やっぱ焼き鳥は最高だ〜。)

「…食ってる物は共有されるのか。」


ふざけて冷蔵庫の中に置いてあったレモン果汁をとって舐めると、頭の中でそれなりの叫び声が聞こえた。

部屋が狭いといった罰だ。

クロの叫び具合に笑っていると、体から炎が出ると同時に何かが抜けていく感覚がした。

後ろを振り向くと、クロが口を押さえて転げ回っている。


「…意外と簡単に出れたな。」

「ふざけんじゃねぇー!」


ふしゃーと、完全にこちらを威嚇しながらクロは叫ぶ。

多分、クロが驚くレベルの何かが起これば出れるのだろう。

お詫びとして焼き鳥をもう一本クロに渡すと、先ほどの怒りが嘘のように喜んでいる。

コイツちょろいな。


「お前レモン駄目なのか。」

「猫科の生物は柑橘類駄目だぞ。」

「あ、そうなの?」


初めて知ったわ。

もぐもぐと焼き鳥を頬張っているクロを横目に、スマホのメモアプリを開いて今日の出来事を打ち込む。

黒装束の人、小さな鈴、深海と陸、妖怪、クロ、憑依…etc

分からないことが多すぎる。

こんな漫画みたいな経験、したことないし聞いたこともない。

鈴を取り出すが、変なところはないただの鈴だ。


「まぁ、もう行くことも無いだろうし良いか。」


俺はスマホの電源を落とし、鈴をポケットに突っ込んでクロを見る。

…コイツを連れてきても良かったのだろうか。


「クロ、お前こっちに来て大丈夫だったのか?」

「おう、陸に来る妖怪は結構いるし、許可証もいらなかったはずだぞ。」

「そのうち俺の知らない機関とかがうちに押し寄せたりしないよな?」

「そんなこと起きる訳ないだろ。妖怪をなんだと思ってんだ。」


クロに真顔?で言われた。

そこまで言うなら、本当にそんなことは起きないのだろう。


「その言葉信じるぞ…もう今日は疲れた、寝るわ。」

「おう!あ、オイラテレビ見ても良いか?」

「いいぞ〜。」


歯を磨いて布団にダイブする。

服とかそのままだけど、めんどいからそのままでいいや。

クロがお笑いを見て笑っている声をBGMに、眠りに落ちる。


翌朝


「ちょっとアンタ!なんで陸にいるの!」

「はーなーせー!」


目の前には制服をきた女と、その女に掴まれているクロ。

一度目を擦ってみるが、見える風景は変わらない。

俺は現実逃避したいという気持ちを抑え、クロに話しかける。


「クロ、憑依。」

「お、おう!」

「あ、ちょっと!」


クロが炎となり、俺の中に入ったのを確認するとすぐさま女の背後に回り込み拳を構える。

狙うは脳天。


「くたばれ不法侵入者!」

「痛い!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る