憑依

「うぇるかむ?それに、深海?」

「そうだ!」


目の前にいる猫はそう胸を張りながら答える。


「てか、もう一回聞くけどなんで猫が喋ってんだよ!」

「何でって、猫又だから?」


猫又?

そう猫が言うと尻尾を見た。

尻尾の数は…2本。


「…普通の猫じゃない。」

「さっきからそう言ってんだろ!」


猫が何処からか取り出したハリセンで頭を叩いてくる。

地味に痛い。

もう一度、猫をよく観察してみる。

毛並みが綺麗な黒猫で、金色の目、二足歩行、尻尾が2つ、黒地に金のラインと鯉の刺繍がされているスカジャン。

うん、こんな猫見たことがない。


「自己紹介してにゃかったな、オイラは黒猫又!周りからはクロって呼ばれてる!」

「呼ばれてるって、名前無いのか?」

「基本的に、妖怪は持ってないぞ。」


妖怪には名前が無いのか。

取り敢えず、この猫のことは周りと同じように黒と呼ぼう。


「なぁクロ、ここってなんなんだ?」

「さっきも言ったろ、ここは深海。簡単に言えば、オイラ達みたいな妖怪とかが集まるところだ。」

「深海…聞いたことないぞ。」

「そうにゃのか?許可証持ってるから、てっきり自分からここに来たんだと思ってたぞ。」

「許可証?」

「それ、その鈴だよ。」


黒に言われて、握っていた鈴を見る。

何の変哲もないただの小さい鈴だ。

ただ、俺はこの鈴に見覚えが一切ない。

なんで俺はこの鈴持ってるんだ?

そう記憶を遡っていると、ここに来る前のことを思い出した。


「そうだ、俺地面に押し込まれたんだ。」


あの黒装束の奴、アイツが俺にこの鈴を渡したんだろう。

実際、口に捩じ込まれたのも思い出した。


「なぁ、どうやったら元の場所に戻れるんだ?」

「陸に上がればいいんだぞ。」

「陸?」


話を聞くと元の世界は陸、ここは深海と呼ばれていて、この2つを繋ぐ通路があるらしい。


「その通路っていうのは?」

「大きな水溜まり。」

「水溜まりって、池とか?」

「そうそう、それと噴水とかも繋がってるはずだぞ。」


クロは近くの棚から地図を引っ張り出してきた。

位置を見ると、俺が先程いた初台駅の近くだった。

近くには…小学校に池が1つと、新宿中央公園の滝。

小学校ので出ると捕まる可能性があるため、公園の滝に行くしかないだろう。


「よし、この滝に行ってくる。」

「じゃあ、そこまで案内してやる!」

「いや、道ぐらい分かるぞ。」

「…ここに何がいるか忘れた訳じゃないよな?」


ここに何がいるか。

…妖怪。


「俺死ぬかも?」

「間違いなく餌になるぞ。」


クロに釘を刺されたので案内してもらう。


「てか、なんでお前は俺を襲わないんだ?」

「オイラに人を食べる趣味はないぞ。人よりも焼き鳥の方が上手いからな〜♪」

「それは間違いないだろうな。」


クロとそう喋りながら夜道を歩いて行く。

今の所、妖怪に会ってはいないが油断はできない。

ゆっくり進んでいくと、急にクロが足を止めた。


「どうした?」

「この道はまずいかもしれない…」


クロの発言に疑問を持った瞬間、ポツポツと雨が降ってきた。

雨かと思い、空を見上げると雲1つない星空。

…おかしい。

そう思うと、クロが俺の腕を引っ張って路地裏に隠れる。


「おい、どうしたんだよ。」

「しっ!狐の野郎だよ。」


先程の道を見ると、黒の言う通り多くの狐達が行進をしていた。

大量の狐に、雲無しの雨…これはもしかして、


「狐の嫁入り?」

「お、知ってるのか?」

「少しだけだけどな。」


暫くこの道は通れないらしいので、回り道をして進んでいく。


「本当に気をつけてくれよ、ここ最近おかしなことが起き続けてるんだ。」

「おかしなこと?」

「あぁ、なんでも朱の盆が出たらしいんだ。」

「朱の盆?」


聞いたことが無い妖怪だ。

簡単に言えば、驚かせて相手を殺す妖怪らしい。

タチの悪いことに、人だけでなく同族も殺しにかかるらしい。


「どんな見た目なんだ?」

「どんな見た目…あ、丁度あんな感じ…の……」


クロは遠くを見て固まる。

同じ方向を見ると、顔は赤く、口は大きく裂け、ツノが1本生えた妖怪がいた。


「…アレか。」

「…うん。」

「こっち見てるな。」

「なんなら近づいてきてる。」


俺は深く深呼吸をすると、黒を抱えて逃げ始める。


「これ大丈夫なのか?!」

「とにかく逃げろ!朱の盆に驚かされると100日後には死ぬぞ!」

「マジかよ!」


ひたすら走り続けるが、なかなか撒けない。

それどころか、距離が詰められてきた。

そろそろ俺の体力も尽きそうな時、黒に声をかけられる。


「人間!左手貸せ!」

「左手?!」


言われるがまま左手をクロの前に出すと、クロは自分の前足に黒と黄色の混ざった炎を纏い、俺の左手に触れる。

すると、触られたところに焼印のように2つの尻尾を持った招き猫のマークが現れた。


「何だこれ?」

「人間、ちょっと借りるぞ!」

「は?」


クロはそう言うと、炎となり俺の体に入っていった。

すると、眠るような感覚に襲われる。

突然のことで対処できずそのまま落ちると、直ぐに目を覚ます。


「ふはっ!寝ちゃダメだろ!」


急いでまた足を動かすと、先程とは比較にならない程に加速していく。


「うお、どうなってんだこれ!」

(オイラの力だ!)

「クロ!お前何処にいるんだ?」

(お前の体の中。俗に言う憑依ってやつだよ。まぁ、ここまで上手くいくとは思わなかったけど。)


走りながら、辺りの鏡やガラスの反射で自分の姿を見ると、クロと同じスカジャンを着て黒い耳と尻尾が2本生え、左目は金色に輝いている。


「スゲェ、まるでゲームのキャラになった気分だ!」


興奮しながら走り続ける。

一応後ろを確認すると、朱の盆の姿は無かった。


「よし、逃げ切れた。」

(オイラが手を貸したから当たり前だ!)

「そうだな、そろそろ出てきたらどうだ?」

(おう!)


クロは大きな返事をするが、一向に出てこない。


「クロ〜、どうした?」

(…出れにゃい。)

「は?」

(お前の体から離れらんにゃいんだよ!)


その言葉と同時に、体の中が燃えるような感覚を覚える。

クロが外に出ようと暴れているのだ。

あまりの熱さにその場で転がりまわってしまう。


「熱い熱い!一回落ち着け!てか、何で出る方法知らないんだよ!」

(初めてやったからだよ!)


取り敢えず、クロを宥めてどうするか考える。

この姿で陸に行ったら、即有名人になるだろうから、それだけは避けたい。

かと言って、ここにずっといるのも嫌だ。


「なんか、これ解く場所とか無いのか?」

(聞いたこと無い…)


俺は頭を抱える。

解く方法がないなら、この姿で出るしかない。

しかも、元々こっちに住んでいたクロを連れてだ。


(一応、オイラは化けることができるから、外に出ても問題は無いと思うぞ。)

「この耳と尻尾隠すってことか。」

(因みに、目は無理だぞ。)

「…まぁ、カラコンでもすれば何とかなるか。てか、その場合お前も陸に行くことになるんだぞ。」

(…逆に、連れて行って欲しい。オイラ、ずっとこの深海にいて、陸に行ったことがないんだ。)


クロは、何処か寂しそうに呟く。


「じゃあ、一緒に行くか。」

(…!おう!)


俺の誘いに、クロは嬉しそうな声をあげる。

俺は方角を確認すると、先程と同じスピードで目的地まで行く。

…また朱の盆に追われたのは内緒だ。

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