逃亡

目の前には頭を抑えて蹲っている制服姿の女が1人。

不法侵入者だ。


「おい嬢ちゃん、どっから入った?」

『この人間、玄関壊して入って来たぞ』


クロの言葉を聞いて玄関を見ると、ドアはバラバラに砕けている。


「…これ、このチビがやったのか?」

「今チビって言いました?!」


あ、復活した。

女は涙目になりながらもこっちを睨んでくる。


「貴方がさっきの猫又を匿っているんですか?」

「まぁ、そうだな」

「今すぐその猫又をこちらに渡してください」

「クロを?」

「はい、陸に妖怪がいると一般市民にどんな影響を及ぼすかわからないので、駆除するか元の場所に返すようになっているんです。基本例外はありません。それに、妖怪を保護するなんて頭おかしいんじゃないんですか?」


野犬か野良猫かよ。

ドアを壊され不法侵入、それに加え罵倒されたので少し頭に来た。

女も俺の顔を見て警戒態勢をとる。


「その顔は、猫又は渡さないってことですか?」

「渡すも何も、人ん家のドア壊した奴にいい顔する馬鹿はいない。後クロはやらん。」

「そうですか…では実力行使でいきます」


女はそう言うと、自分の左肩に手を当てる。

すると、周りの気温が下がったように感じる。


『アキラ!この人間、おいら達と同じだ!』

「同じって、憑依か!」


急いで玄関に走り外に出ようとすると、後ろから冷たい何かにぶっ飛ばされる。

二階から一階に落ちるが猫の身体能力を活かしてうまいこと着地できた。


「背中痛い…」

『アキラ上!次が来てるぞ!』


クロの声を聞いて上を見ると、人なんて簡単に押し潰せる大きさの氷塊が降って来ている。

横に転がることで避けれはしたが、氷塊が当たったところが凍り始める。

掠っただけでも大怪我、下手したら氷像になってしまうだろう。


「殺す気満々じゃん。」

「意外としぶといなぁ。」


二階からさっきの女が降りてくる。

見た目は憑依によって変化しており、髪は白く、着物を上に羽織っている。


『あの見た目と氷、もしかして雪女か?』

「雪女?」

「あら、もうバレたん?」


女が喋るが、さっきのような高圧的な態度じゃないし口調も違う。

まるで人が変わったかのようだ。

いや、実際に変わったのだろう。

さっき話していたのは女本人の人格だが、今話しているのは恐らく雪女の人格だろう。


「人格って変われんの?」

「普通は憑依した側が表になるんよ。見た限り、あんさんらは違うみたいやねぇ。」


女こと雪女は懐から扇子を取り出し、口を隠しながらクスクスと笑う。


「自己紹介しとらんかったなぁ。うちはセツ、この子はフブキや。」

「…アキラ、猫又はクロ。」


そうかそうかと、雪女は頷きながら聞く。


「うちは2人に恨みもなんもありゃせん。せやけど、フブキが張り切っとるさかい大人しく捕まってくれん?」


雪女ことセツは申し訳なさそうにしながら頼んでくる。

だが、俺はその頼みをキッパリと断る。

人の家を壊し、ぶっ飛ばしてきた奴の頼みなんて聞くわけがない。

俺の答えに雪女はため息を吐くと、彼女を中心に肌が痛くなる程に冷たい風が吹き始める。


「そうかい…なら、凍っといてもらおうかねぇ。」


セツが扇子をこちらに向けると辺り一面が凍り始める。


「周りのことはお構いなしかよ!」


巻き込まれないようその場から離れるが、思ったよりも凍る速度が速い。

アパートを見れば一階は殆どが凍っている。


「クロ!お前確か火出せたよな?アイツの氷溶かせるか?」

『少しならなんとかなるぞ!』

「なら足に纏わせてくれ!」


足に火を纏わせておけば、動きを止められる心配は無くなるだろう。

かなり熱いが、氷像になるよりはマシだ。


「まるで火車やねぇ…」


一般人を巻き込まないように人がいない路地裏を通って逃げるが冷気や氷、雪の攻撃は衰えることなくこちらに飛んでくる。

クロの火でなんとか防げてはいるが、手数は圧倒的にあっちの方が上で処理も間に合わなくなってくる。

そして火を出し続けているせいでクロの体力が底を尽きそうだ。


「クロ、後どれぐらい保つ?」

『が、頑張って5分…』

「それまでに撒けるか?」

「逃すと思っとるん?」


後ろからパチンッと音が鳴ると、目の前に氷と雪でできた壁が現れ退路を塞いでくる。

前には壁、後ろには雪女。

急いで壁を蹴って溶かすが、分厚いだけでなく溶けた箇所はすぐに新しい雪や氷で修復される。

それに加え、溶かした時に出た水が地面や服に飛んで濡れた。

このままだと服が凍って動けなくなりそうだ。


「…絶体絶命ってやつ?」

「別に殺しはせんよ、凍ってもらうだけ。」

「いや、それ凍死じゃん。」


他に逃げ道がないか探ると、どこからか鈴の音が聞こえた。


「鈴の音…クロ、今出せる全力の火を頼む。」

『まさか、アイツを倒す気か?』

「いや、逃げるんだよ。」


俺はまた氷雪の壁を蹴って溶かしていく。

溶けた水はアスファルトの地面に染み込み、集まり、小さな水溜りを作り出した。

ポケットに手を突っ込んで鈴を取り出すと、鳴らしながら叫ぶ。


「繋がれ!」


すると体が地面に勢いよく沈み始める。


「まさかの鈴持ちとは…」


セツは急いで地面の水を凍らせるが、クロの火のおかげで凍らない。

あの急ぎ用からして、深海には行けないのだろう。


「じゃあな!」


俺はセツにそう告げると、あの不思議な空間に潜り込んだ。

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