第34話 俺らはどうする1

 深夜にも拘わらず、波瑠止は動いた。

 自身で自家用航空機をかっ飛ばして分家柳井に戻る。

 共連れはジョージのみ、主従だけの強行であった。



 分家柳井の使用人は、かつての若様の突然の帰宅に目を白黒させていた。

 が、そのまま通した。異様な雰囲気を感じ取ってだ。

 波瑠止は無言で、遊戯室へと向かった。

 祖父と父がいるだろうと信じて。


「波瑠止? 何用だ?」


 酒を賭けてバックギャモンを楽しんでいた止正と和止。

 二人は、唐突な波瑠止の訪問に驚いた。

 それなりに酒が入っているようだが、酷く酔いが回っている様子はない。

 波瑠止はそんな二人を見て、土下座した。


「先代、当代、頼みがございます」


 波瑠止の突然の行動に、二人は慌てて立ち上がった。


「やめろ、いきなりどうした!」


 孫の土下座に驚いた和止がまず声を出す。

 同じく止正も困惑しながらも、息子に駆け寄った。


「どうしたんだ? お前が土下座だなんて」


 波瑠止は頭を下げたまま、口を開く。


「茅が攫われた。麻薬製造を公表するなら命はないと」


 この発言で二人は固まった。

 波瑠止は畳み掛ける。


「麻薬撲滅、そして彼女の身柄のために兵をお貸しください。その結果での悪名、責任は全て自分が背負います」


 流石に年の功か、止正より先に早く回復した和止。

 孫から視線を外した彼は、ジョージを剣呑な目で見る。


「それは、真か?」

「はい」


 和止は、崩れるように椅子に深く腰を落とした。


「なんたる…こと…だ」


 目元を抑えた和止とは違い、泡を食ったのは止正である。


「ジョージ、ソレは嘘だろう? まさか、ウチでそんな」


 止正は実家の裏家業が信じられず、ジョージの肩を掴んで揺する。

 ソレを止めたのは、和止であった。


「止正、やめよ」

「しかし! どこかの家が!」

「やめんか!」


 怒号に止正は怯んだ。

 入り婿を黙らせた和止は、土下座したままの波瑠止に視線をやった。


「波瑠止、その事実の上で頭を下げてるのなら……わかってるな」


 波瑠止は、血のにじむような声音で答えた。


「出入りの兵隊と武器をお借りした後、良き時に腹を切ります」


 一度は沈黙した止正だったが、再度声を荒げた。


「それッ、波瑠止お前、自領をどうするつもりだ?!」


 波瑠止に変わって、ジョージが答えた。


「幕府へ返上する、と」


 怒りの沸点に達した止正が、ジョージを張り飛ばした。

 ジョージは抵抗することなく受け入れ、そのまま床へと転がった。


「ジョージ! お前は何故諫めない!?」


 甘んじて殴打を受けたジョージは、口の端から血を流しても口を噤んだ。

 和止は、再度止正が暴行に出たら止める気でいたが、口を挟まなかった。

 止正は再び暴力を振るおうとして、声にならない声を上げて辞めた。

 何とか娘婿が思いとどまったのを見てから、和止は再度、孫を見る。

 

―――思えば、波瑠止は不憫な子であった。


 男子に恵まれなかった自分。

 そんな自分が長女の婿に望んだ止正は、彼から見て無難な当主であった。

 可もなく不可もなく、人並みの情、そして倫理観。

 旗本当主には珍しい資質を止正は備えていた。


 その愛情が悪だとは、和止は思わなかった。

 だが、長女を亡くした時から何かが波瑠止に不足していたのだろう。

 父では足りなかったのか、それとも欠けたか、今では分からん。


………元より、孫は何かが抜け落ちていたように思える。


 それが母と幼くして離別したからなのかは不明だ。

 だが事実として、一般的な感性の止正に孫は似なかった。

 そして気づけば旗本当主として妙な気質を備えるようになった。

 

―――犠牲を厭う人並みの感性を持ちながら、損な方を選ぶ。

 

 歪んだ家族愛だと、和止は孫の気質を看破した。

 それは茅やジョージとの出会いで緩和されたかと思った。

 だが、違ったらしい。

 この己を蔑ろにすることを躊躇わないと言う根。

 それは少しも解消されてないようだった。


 仮にも家や領地を背負うならば、だ。

 時に批判や憎しみを承知で非常な手段を選ぶべきである。


 なのに、孫はソレを身を切ることで解決しようとする。

 和止は、悔いた。

 

 自分の血と家庭環境が、孫を損な性格に育んでしまったのではないか?

 そう内心で彼は思い悩むも、表には出さないまま口を開いた。


「波瑠止、お前は自分が何を口にしているのか分かっているのか?」

「………勿論です」


 ため息が出た。


「お前の願いは、自らを無能だと周囲に吹聴するだけじゃない」


 諭すように和止は続ける。

 孫は沈黙したまま伏せている。

 それでも周囲が見えては、いるらしい。


「本家の悪事を暴くとは言え、だ」


 何とも気が重い。和止は続けた。


「お前も加担していたと見なされる可能性も高いのだぞ」

「分かっています」


 ここで、止正が口を挟んだ。


「待ってくれ波瑠止、義父上!」


 止正は和止には多大な恩義を感じていた。

 単なる婿として受け入れられただけではないのだ。

 

 部屋済みの自分を、当主にさせてくれた人なのだ!


 本来なら、妻が当主。

 自分は入り婿でも問題なかったのに、だ。

 

 鬱屈していた自分の人生の陰を払ってくれた和止。

 尊敬する義父へ感謝の思いは、彼にもあった。

 だが、ソレでも止正は父親として言った。


「当主としては、義父上や波瑠止が正しい。けど、私たちは家族じゃないか!」


 止正は、義父が何を考えてるか分からない。

 けれども、それでも、自慢の息子を立たせつつ和止へと言った。


「私だって無関係じゃないですか!」


 和止は目を閉じた。

 波瑠止は、父親を納得いかない顔で面倒そうに見ている。

 だが、それでも止正は言った。


「ジョージもだ! どうして周囲を頼らない? 私は頼りない人間か?」


 無言となった先代と若様に変わって、ジョージが答えた。


「違います」


 止正は顔を真っ赤にしながら吠えた。


「そうだとも! 私は、無役だ。だが大人だ!」


 ジョージは無言を保つ。波瑠止も同様である。和止は目を閉じた。


「波瑠止! お前の度胸と蛮勇は当主向きだが、少しは周囲の事を考えろ!」

 

 感情のまま、止正はぶちまける。


「葬式しかり、戦争しかり。私や義父上が心配しないとでも思ったか?!」


 指摘が痛い、波瑠止は難しい顔を浮かべたが押し黙った。

 止正は義父へ向き直ると、強く詰った。


「義父上もです! 貴方は孫を見捨てるんですか!?」

「必要があるのならば」


 和止も、口を開いた。

 が、何時までも声は出さず、そのまま黙った。

 

「ジョージ、君もだ! 茅の心配するのは分かってる」


 怒りが収まらない止正はジョージの肩を掴んで揺さぶる。


「だが、君は従者であっても波瑠止の友じゃないと言うのか?!」

「………私は、臣下です」

「臣下と言うなら、主君を諌めるべきだ!」

 

 感情のまま、止正は叫ぶ。


「皆、役割に押し込められてる! 違うか!?」


 そこまで言い切り、止正は口を閉ざした。

 やあって、口を開いたのは波瑠止である。


「……そう言っても」


 息子の言葉を最後まで言わせず、止正は口を挟んだ。


「子供は大人を頼っていいんだ。私も実父には散々迷惑をかけた」


 止正は波瑠止の背を叩く。

 その光景を見た和止は、大きく息を吐いた。


「ジョージ、葉巻だ。あと、お前の祖母は元気か?」


 何とも脈絡のない発言である。

 ジョージはビクと肩を揺らせたものの、問いに答えようと確認した。


「祖母が、どうしました?」

「うんむ、若い頃の話だが……懸想しててな」


 これには皆が和止を見た。


「結局、結婚は出来なんだ」


 葉巻を用意しながら和止は続ける。


「不幸にも兄弟を亡くして一人残った長子同士であったしな」


 シガーカッターで葉巻を切り落としながら、彼は言う。


「婿入りも嫁取りも、あの糞忌々しい親父のせいで叶わなかったのだよ」


 葉巻を咥えた和止は、そこで波瑠止を見た。


「波瑠止、これは無念を代わりに晴らす機会だ。何、お前は死ぬらしいが、名前を変えてお前によく似た男と茅によく似た女が夫婦になるそうだ」


 波瑠止はいまいち理解できてなかった。

 その話が、何の意味があったのか? 

 彼は思考を巡らせ、やがて合点すると和止を見た。


「爺ちゃん」


 咳払いが聞こえた。


「私を忘れてもらっては困る……後妻の子の代わりに養子、と言うこともある」


 波瑠止とジョージも、止正を見た。


「本家周囲や家臣の情報など、お前ら必要だろう?」


 波瑠止は父を見た。止正は不器用に笑うと、肩に手を置いた。


「一人で頑張るのもいい、けれどお前たちは周囲を省みるべきだな」


 波瑠止は黙った。  

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