第35話 俺らはどうする2
こうして家族の協力を得た波瑠止。
しかし、その顔は未だ不安で一杯だった。
「茅は、大丈夫だろうか?」
思わず波瑠止が弱音を吐く。
すると和止が近寄り彼の肩を思い切り叩いた。
「恐らく、大丈夫だ。秘密をばらされることを恐れるなら、まだ殺さない」
「いや、でもだって」
波瑠止が言うと、和止は黙るように促す。
「向こうの策に乗せられてどうする?」
「その通りだけど……」
「茅を奪われたが、逆に言えば其処まで向こうは追い込まれているという事だ」
「……何で?」
波瑠止の疑問に答えたのは止正である。
「自分の立場を思い出せ、波瑠止」
「親父、そう言うけど……俺は本家当主で」
そうして凹んでいく主を見て、ジョージは察した。
「ああ、なるほど」
「おいジョージ、なる程ってなんだよ!」
ジョージに対して波瑠止が憤慨すると、ソレをたしなめながら止正が言う。
「波瑠止は落ち着け。ジョージは言葉が足りないぞ?」
自覚があるのかジョージは沈黙する。
「で、波瑠止、なんで向こうはお前を呼び出したと思う?」
そう父に言われ、波瑠止は考える。
名指しで呼び出されたのだ。
向こうは十中八九自分の命を狙っていると思われる。
そこまでして俺を殺したいと言うのは…
「お家断絶を狙ってる?」
波瑠止が言うと、止正は首を振る。
「正解だが、大きく足りない」
「足りないって」
「正しくは、領主のお前が死ぬ前に幕府に報告するのを恐れている、だ」
「いや待ってくれよ」
彼は混乱していた。
「俺以外も知ってることだぞ、麻薬の一件は。それこそ、上杉すら」
そこへ口を挟んだのは和止である。
「ああそうだ。彼らも知ってはいる。けれどな、彼らは直参ではない」
「そりゃ、外様だろうけど……」
「大樹とのホットラインはあるが、彼らは幕府の外だ」
そう言われれば、波瑠止も理解した。
「御恩と奉公? 違う、お目見えか!」
お目見え、将軍謁見が旗本の権利だ。
象徴としての権利だが、政治的な影響力が皆無ではなかった。
嘆願が通ることも、確かにある。
……将軍に無実を訴える。
確かに旗本当主である波瑠止にしか出来ない。
「まってくれよ、爺ちゃん。それが今、何の関係が?」
将軍に嘆願しても、即座に事態が好転する訳ではないのだ。
それに将軍へ謁見するのも容易なことではない。
そんな彼を、和止が嗜める。
「焦り過ぎだ、落ち着け。向こうが恐れてるのは幕府の介入だ」
「でも、その前に俺が幕府に報告を上げたら」
「普通はせんよ。こうして、お前が来たのもそうだろう?」
メンツが許さないからな、そう彼は補足した。
和止は幕府の動きを予測する。
「お前が言う麻薬製造が露見したらなら、確実に幕府は動く」
葉巻の灰を捨てながら和止は孫へと諭す。
「続けざまに当主が不祥事をやったなら余計にだ」
そう和止に言われた波瑠止も一度は納得し、また疑問が浮かんだ。
「でも向こうは俺を殺したいんじゃ?」
「ああ、そうだろう。けれどそれを隠して失踪したことにすれば?」
祖父の疑問提起で波瑠止は理解した。
「……なるほどね。幕府に事態を露見させない時間稼ぎが出来ると」
「その通り。後はじっくり料理すればいい」
そこでジョージが口を開く。
「とは言え、先代様、当代様。となると姉を生かす理由は無いのでは?」
これに答えたのは和止である。
「それがそうとは言えんのだ。仮に私が向こうの立場なら、生かしておく」
老練な政治家でもある彼は、相応の経験があった。
「まず、真っ当な当主なら現場に向かわない」
和止は止正を見る。止正も頷くと、補足する。
「私も行かないだろう。となると、どうすると思う?」
若者二人は答えが浮かばなかった。
暫くして止正が答えを口にした。
「拷問の映像か体の一部でも向こうは送って来るだろう」
波瑠止とジョージは視線を交わした。十二分にあり得る予想だった。
実際、髪が送り付けられてきたのだらか。
「婿殿の続きは私が話そう」
紫煙を揺らしながら、彼は孫を見る。
「もし、そんなことされたら? 波瑠止だって分かってるだろう?」
「……向こうを皆殺しにしようとすると思う」
物騒なことを死んだ目で口にした波瑠止の肩を和止はまた叩いた。
「お前の言葉通りだな。出入りか、規模が大きければ戦争だな」
この時代の武士なら誰もがそうするだろう。
だからこそ、保険を講じると和止は言った。
「さて、その時、万一負けた時の和睦の為に、予防策が欲しい」
「やってることの割には最後悲観的じゃないか、爺ちゃん?」
「いやいや、絶対はないのだからな」
和止は言う。
「停戦の為に人質を生かすと言うのはあり得ると思わないか?」
無言の孫へと、和止は続けた。
「それだけ周到にやるべきことなのだよ、ヤクザもんが旗本に喧嘩売るってのは。お目見えで現将軍に嘆願でもされたら、ひとたまりも無い」
止正も義父の言葉を補足する。
「検非違使に公儀同心、止めに怒り狂った武家を相手にするんだぞ?」
まず普通にやっては勝ち目はないだろうなと、止正は結ぶ。
それを引き継ぐ形で和止は断言した。
「だから小賢しいやつなら人質は生かす。ケツ持ちがいて、そこで初めて殺しを考えるくらいだ」
波瑠止とジョージは、自分たちが視野狭窄に陥っていたことに気づいた。
落ち着いて考えると、波瑠止の脳裏で仕出かした候補者が絞られていく。
………現地の団体は可能性あり、だが実力行使に出たとなると?
背後に誰かがいる。
麻薬の露見で追い詰められていて、かつ自領で騒ぎを起こして得を得る人間。
なおかつ幕府に伝手がありそうな人物。
………遠藤の捜査を握りつぶせるとの条件も、あったな。
波瑠止の脳細胞は答えを出した。
「林殿か?」
「そう思われるな。思えば奴はお前を排除したかったのだろうよ」
和止も、孫と同様の答えを導き出していた。
しかし波瑠止は半信半疑であった。
「エリートの彼が、何故」
その呟きに、和止は不機嫌そうに答えた。
「さあな? 葬儀に始まり、コマロク商会、そして今回だ」
何か企んだが、それとも別か。そう、ぼやき和止は続ける。
「仮に林でなくとも、お前を殺せなくても、だ。今回の一件が表沙汰になれば、幕府の介入は確定するだろう。焦ったのだろうよ」
和止がそう言うと、止正は頷く。
「最後の最後で雑になったので、何かがあったのでしょうね」
「底辺旗本と甘く見過ぎだな」
「しかり」
両者は納得しつつあったが、ジョージが疑問を挟む。
「御二方、それって想像ではないですか、姉が既に害されてる可能性も――」
そう言いかけたジョージを、何故か波瑠止が制した。
「否定は出来ないけど、可能性は薄いだろう」
ジョージは怪訝そうな顔をした。
「どうして断言できるんですか?」
「誘拐犯から、今の今メールが届いた……」
全員がギョッとして波瑠止を見た。
どうやって知り得たのか?
個人用アドレスに送り付けて来た人物の文面を波瑠止は読み上げた。
「いかがお過ごしかな? 悪徳官吏の余興に付き合うことにしてみた」
全員、無言だ。
「上手く立ち回りしていた心算なのだろうが、最後の最後で雑になった」
端末上の文面を読み上げる波瑠止の手は震えていた。
「バカが踊るのを見るのは愉快だが、役者が足りない」
皆が顔を見合わせる中で波瑠止は表情を厳しくしていく。
「女中は無事なので、主演を務めては如何?……だそうだ」
上杉平次からの挑戦状、そして林にコケにされたことで波瑠止は怒っていた。
青筋を浮かべた波瑠止は言う。
「カチコミだ」
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